箱船のハトはトリあえず

五十貝ボタン

聖書の引用からはじめるとかっこいい

ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、

はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手を伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた。

それから七日待って再びはとを箱舟から放った。

はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った。

さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった。

(創世記 8章10ー12)



 🕊



 箱船から放たれたハトは、とりあえず高く飛んでみた。

「いやーひどいもんだねまったく……」

 見渡す限りの水、水、水。

 ハトが出てきた箱船が山の頂上のあたりにちょこんと乗っかっているだけで、他はみんな水没している。


「おうハトじゃねえか」

 先に偵察に出てきたカラスがやってきた。今更だが動物がしゃべるのはそういうものだと思っていただきたい。

「あっカラスさん。お疲れ様です。本日はお日柄もよく……」

「よせよせ、お前は真面目なところがいいとこだが、これでお日柄がいいってことはないだろ」

 二羽は並んでしばらく飛び回っていたが、やはり見渡す限り水である。


「なんでこんなことになったんっすかね?」

「今更だなぁ。なんでも神とかいう偉いのが人間を滅ぼすために大洪水を起こしたらしいぜ」

「えっ! じゃあなんで他の動物まで一緒に沈めたんですか?」

「よほどイライラしてたんだろ。ついでだよ」

「ついでで絶滅させられちゃタマったもんじゃないっすよ」

「まあなあ」

 飛び回っている内に、だんだんカラスは疲れてきたようだ。体は大きくても、ハトの方が長く飛び続けられるのだ。


「でもぼくらはラッキーですよね。ノアさんのおかげで箱船に乗せてもらって生き延びたし」

「おかげって言っても、無理やりつかまえられただけだろ。ノアってやつはどうもおっかないね。ラッセル・クロウの映画観た? 人間をつかんでブン投げてたぞ」

「創世記に映画があるわけないでしょ」

 世界観を破ろうとするカラスをいさめてから、ハトはもう一度まわりを見回した。しかしまだ水ばかりだ。


「陸地が出てきたら知らせろって言われたけど、ぜんぜんっすね」

「トリづかいが荒いよな。オレはもう付き合ってらんねえよ。箱船には戻らねえ」

「えっ、でもノアさんに怒られますよ」

「山の裏側にいればわかんねえよ。水がひいたらどっかに逃げればいいだけだ。そんじゃ、あとは任せたわ」

 そう言って、カラスは降りていった。ハトは気まずくなって船のまわりを飛び回っていたが、やがて疲れて船に戻った。



 🕊



「そういうわけで、カラスさんがどこか行っちゃって……」

「なにぃ?」

 ハトの報告を聞くと、ノアはハトをがしっと掴んだ。創世記に書いてある通りだ。

「追いかけなかったのか?」

 ノアは天啓に従って100年間も船を作り続けたり、このお話のあとで自分の孫を呪ったりするちょっとスゴい人で、目つきは尋常ではなかった。


「ちょっと追いつけなくて……」

「陸が見えたら帰って来いと言ったのに、疲れて仕事を放棄するとはカラスのやつめ。呪ってやろう」

「どんな呪いを?」

「体が真っ黒になって『ネヴァモア』としか言えなくなる呪いだ」

「それポーの詩だけですよ」

「わしは祈祷をはじめるから、お前がカラスの代わりに陸を探せ」

 ノアはもうハトの話を聞いていなかった。


「えぇ……」

 陸が見えるまで帰って来るなということである。競技鳩なら1日1,000キロは飛ぶことができるが、何日飛べばいいのか分からない状況ではメンタルへの影響が深刻である。

「できなかったらコンフィにして食ってやるからな!」

 おしゃれなフランス料理のレシピをなぜか知っていたノアに脅されては仕方ない。ハトはいやいやながら、ふたたび飛びたった。

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