041号室 義父との温泉

 クラウディアとの婚約が決まったその日の夜。僕は大浴場の露天風呂で1人温泉に浸かっていた。


「婚約か。自分事なのに、あんまり実感湧かないな」


 クラウディアから半ば脅されたような形になったからか、彼女の両親の圧が強かったせいなのか、会食が終わった後は婚約成立による多幸感に浸ることはなく、いつも通りの平常心でいることに自分自身驚いている。

 まぁでも、婚約を無かったことにする気はさらさら無いけどね。クラウディアと結婚すること自体、ちょっと楽しみに思っていたりするのだ。


「失礼。隣いいか?」


「フアンさん。どうぞ」


 そこへクラウディアの父フアンさんがやってきて、僕の隣で露天風呂に浸かった。


「お義父さんと呼んでくれてもいいんだぞ」


「まだ正式に結婚したわけではないですし、心の準備もありますので……」


「そうか。それにしても、ここの温泉は良いな。こういう文化が遠国にあると聞いたことはあるが、実際に体験するのは初めてだ」


「お褒めいただき、オーナーとして光栄です」


 それから少しフアンさんと雑談をしていたが、突然フアンさんがとんでもない発言をぶっ込んできた。


「ところで、クラウディアから何かされなかったか? 例えば、結婚するしかなくなるような状況に追い込まれたとか」


「そ、それは……」


 まさか、バレていた? あの会食の最後の辺りで、クラウディアの視線と僕の反応から?


「なるほど。やはり何かされていたか。やはり、クラウディアもマリアナの娘だったか」


 どうやらフアンさんの洞察力は鋭いらしく、僕が何も言わずともバレてしまった。

 しかし、マリアナ――クラウディアのお母さんの娘って、どういう意味だろう?


「マリアナはパラドール王国の侯爵家出身でな、私と出会ったのは王立高等学院だったが、始めはただの同級生の1人だった。

 だが、ある時困っていたマリアナを私が偶然見つけてな、少し手を貸したんだよ。そしたら――狙われた」


「狙われた? 穏やかじゃないですね」


「ま、そうだな。ある意味、私の学院生活は穏やかではなくなった。

 マリアナを助けて以降、なぜか私とマリアナが出会う頻度が上がった。しかも、ほぼ必ずマリアナの下着を不可抗力で見てしまうのだ」


 それって、いわゆるラッキースケベ……なのか? どうも話を聞いている限り、明らかに何か人為的なモノが働いているような……。


「しまいには、なぜか同時に同じ風呂に入る羽目になってしまった。

 そして学院の卒業直前、マリアナは私に結婚を申し込んだんだ。ある言葉と一緒にな」


「ある言葉……?」


 結婚を申し込むという緊張感漂うシーンだが、今感じている緊張感は恋愛映画系の緊張感ではない。どちらかというとホラー系の緊張感だ。

 そんな異様な雰囲気の中、フアンさんは口を開いた。


「『乙女の大事な姿を何度も目にしたのですから、お受けいただけますわね?』だ」


「それって、脅しじゃ……」


「そうだな。だが、私も脅されずともマリアナの事が嫌いではなくなっていてな……。貴族としての家格も釣り合いが取れているし、許嫁もいなかったからすぐ了承したよ。しかもこんなプロポーズを受けたのに、家庭が崩壊するようなケンカには今まで一度もなったことがない。相性が良かったんだ。

 まぁ、何が言いたいかというとだな。クラウディアも、マリアナの娘だ。とことん惚れた相手は、どんな手段を使おうとも手に入れようとする。しかも人を見る目がいいのかもしれない」


 なるほど。かつてマリアナさんがフアンさんに対して色々仕掛けていたように、クラウディアも僕に色々と仕掛けていたのか。僕も身に覚えが結構ある。

 逆に言えば、そんな行動に移さなかったジュリアン王子はクラウディアと合うはずがなかったのか。そう考えれば、クラディアが受けた婚約破棄は、結果だけ見れば良かったのかもしれない。


 そして同時に、こうも思う。僕はもう、クラウディアからは一生逃げられないし、逃げる気も無いのだと。




 本日、僕とクラウディアは白椿の部屋に泊まっている。ちなみにフアンさんとマリアナさん夫妻は桃椿で宿泊だ。実は、桃椿は椿部屋の中で唯一和洋室で、寝室が洋室になっている。

 和室での宿泊は馴れていないだろうから、という僕なりの配慮だ。


 部屋に戻ってきた僕は、寝室ですでに戻ってきていたクラウディアを見つけた。


「あれ、早かったんだね」


「ええ。母と温泉のことを評価していましたわ」


「そうか。夫婦揃って評価を受けるなんてありがたい限りだよ」


 そして僕は、フアンさんと大浴場で会った事を話した。


「実は、大浴場でフアンさんと会ったんだ。色々話をしたよ」


「まあ、お父様と。どんな話をされたんですの?」


「マリアナさん――クラウディアのお母さんの話をしていたよ。君のお母さん、若いときはお父さんを手に入れるためにあらゆる手段を使ったそうじゃないか。

 それに、そういった気質がクラウディアにもあるみたいな話もしてたね」


「なるほど。それでは……」


 すると、なんとクラウディアは僕を布団に押し倒したのだ!


「わたくしが母親似というのなら、これから何をするかおわかりですわよね?」


「あー、まあ……こういう経験無かったし、初めてで緊張してうまく出来るかわからないけど……よろしく頼む」


「大丈夫ですわ。わたくしも初めてですから。2人でゆっくりと、上手くなっていきましょう」


 そうして、僕とクラウディアは初めて、男女の関係になれた。

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