第9話

 近所に、いつもキチッとした服装の高齢女性(80才代くらい)がいる。ゴミ捨ての時も、近くのスーパーで見かけた時も、しっかりとお化粧をして、スーツ姿で、パンプスを履いていた。“これから会社に出勤します”と言う感じ。

 最初は「いつもキチンとしていらっしゃるなあ」と思っていたけれど、段々と、その場違いな服装に「おかしくないか?」と思い始めた。知人と立ち話しをしていた時に、その方を見かけ、知人が「あの方、大丈夫かしら…」と心配そうに言っていたので、他人から見ても、ちょっとおかしかったのだろう。 

 暫くして、その方の家にデイサービスの車がお迎えに来る様になった。最初はスーツ姿だったけれど、最近では、トレーニングウエアとスニーカーを履いて通っている。その姿は、いつもと違うので違和感があるが「良かった」と思う。別居しているご家族が、気が付いて対応されたんだろう。

 ご家族も、判断に難しかっただろうな。その状況が、認知症の症状なのか、いつもこうなのか…、判断するのって難しいよね。言い方に寄っては、傷つけちゃったり、相手が頑なになってしまう事もあるし。 

 高齢者施設で仕事をしていた時、利用者さんで、定年まで保育園の先生をされていた方がいた。認知症になりこの施設に通う事になったんだけど、毎朝、送迎バスから降りてくる利用者さん達を、玄関で「お迎え」していた。まるで、園児を迎える先生の様に。 

 高齢になってくると、人の記憶って一番マックスの所に戻って止まってしまうんだろうか? 充実していた時、幸せだった時、辛かった時、悲しかった時。出来れば、辛い思いではすべて消えてくれると良いんだけどなあ。戦後のいろいろな苦労を乗り越えてこられた世代の人達には、人生の最終章を穏やかな気持ちで過ごして欲しいと思う。 

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