第2話

訪問介護をしていた時の事。

 Oさん(90代、高齢者女性)は、とても立派な一軒家に、一人で住んでいた。隣に、娘さん一家が住んでいて、しょっちゅう様子を見に来ていらした。

 とてもお元気な方で、認知症もなく、45分と言う訪問介護時間を無駄にしない様に、計画的に指示をする方だった。昔は学校の先生をされていたそうだ。家の中のお掃除や、買い物が主な仕事内容だった。

 Oさんは、私が掃除をしている間、ずっと隣で様子を見ながら、お喋りをしていた。私が、お喋りの返事に顔を上げて手を休めると、「手は動かして」と注意する程の方。ワイドショーや国会中継が好きで、話しの内容も幅広く、いろいろな事を知っていて、話しを聞いていてとても楽しかった。

 自分の話しも良くしてくださった。広島に住んでいて、被爆者手帳を持っている。他界した夫も、被爆して、背中が焼けただれ、膿になってウジ虫がついて、それを私は箸でとったとおっしゃっていた。

 ある時、仕事が終わった帰り際に「これ、私の作文が載った文集。読んでみて」と渡された。そこには、被爆した時の事が書いてあり、Oさんは、原爆で幼かった息子さんを亡くされていた事を知った。「私は、子どもは娘一人だけよ」と言っていたOさん。どんな気持ちで、言っていたんだろう。息子さんの事を、忘れた訳ではないと思う。人は、あまりにも悲しい事があると、それを口に出して言う事が出来ない。息子さんの事は、悲しすぎて口に出して言えないのかも知れない。もしかしたら、年齢と共に、辛い思い出が消えてしまったのだろうか。

 何ヶ月か訪問させて頂いたが、順番待ちをしていた老人ホームに空きが出て、そちらに引っ越しされた。しばらくして「引っ越した先の老人ホームで人を募集しているから、あなたどう?」と連絡を下さった。夜勤がある所だったので、低調にお断りをしたが、もっといろいろなお話をお聞きしたかったなあと思う。

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