第48話 戦禍
「ディスティ!?」
俺はすぐさま彼女を抱き寄せエムスから距離を取る。血が止めどなく噴水のように溢れては雪の上に落ちていく。
「本当はこのまま戦いたいが、オレは今気分が良い。このまま引かせてもらうぜ」
奴は俺達に背を向けて逃げ出す。
「待ちなさい!!」
ミーアがすぐに追いかけるものの、ディスティの傷を思い出し追うことを諦めこちらに戻ってくる。
今俺の手の中で一つの命が消えかかっている。雪に包まれ彼女の体はどんどんと冷たくなっていく。
☆☆☆
あれから数時間後。ディスティはギリギリのところでなんとか一命を取り留め、今はシアが運んでくれたあの病院の一室で休ませてもらっている。
隣には虚な瞳をしたディスティが壁にもたれ掛かりベッドの上に座っている。
大司祭候補の人を接待するだけはあってそこそこ広く、いるのは俺達四人だけだ。
しばらくの間静寂がこの部屋を支配する。エムスのこと、シアのこと。そしてミーアが魔族になったこと。
話すべきことが多すぎてみんなどれから切り込んでいいか分からなかった。
「ねぇディスティ? 今でも魔族は憎いかしら?」
最初に話を切り出したのはミーアだ。気まずそうにしながらも真っ直ぐな視線を彼女に向ける。
「今まで魔族のせいだと思っていたことが、全部人間が起こした出来事で、そのせいでみんな死んでしまった。
もうワタクシの中では何が正しくて何が悪いのかなんて分かりません」
「そう……アキ? 扉を開けられないようにベッドとかで簡易的なバリケード作ってくれるかしら? 見られて騒ぎになっても面倒だから」
「は、はい!」
ミーアはアキが軽々とベッドを動かしたのを確認すると、また先程のように体を肥大化させ魔族の姿へと変わる。
「話せないなら無理には聞かないけど、ミーアは魔族だったのか?」
かなり繊細な話なので、俺は慎重に彼女の意思を尊重して話を進める。
「そうよ。独学で覚えた魔法で人間に擬態していたの。こっちの方が人間が多い場所では面倒事も少ないからね」
ガラスアは面倒事も上等のような危険思想の魔族だったが、ミーアは争いを嫌い平和や共存を志すタイプだ。不要な揉め事は避けたかったのだろう。
「今まで隠していてごめんなさい。でもこれで何か悪事を企んでいたりそういうつもりはなかったの」
「信じるよ。ミーアはそんなことする者じゃない」
「そうです! ミーア様は良い優しい魔族です!」
アキも同調するように信頼を彼女に示すが、俺の中では悪い癖が残っていて正直完全には信じていない。
だが誰かを疑うくらいなら信じて殺される方がマシで、寧ろそっちに転んでくれた方が嬉しいので合わせておく。
「ミーアさんとは短い付き合いですが、少なくとも悪意のようなものは感じ取れませんでしたし、そっちの二人への信頼や友情は確かに感じ取れました。
前までだったら信じていませんでしたが、今なら……信じられます」
相変わらずディスティの声には覇気がなく、まるで死人と会話しているようだ。
「私の戦争をなくして平和な世界にしたいって願いは覚えてるかしら?」
「もちろん。そのためにクリスタルを集めていたんだよね」
ミーアはクリスタルを集め魔王にその願いを叶えようとしていた。だから俺はその内容に共感し今彼女の手助けをしている。
その話にも何か別のニュアンスがあったのだろうか?
「その願い自体は嘘ではないのだけれど、その考えに辿り着くまでのことを話していなかったわね。
私はあの戦争の時まだ小さな子供で、争いに巻き込まれて家族を失っているの」
その話の内容に、いや何よりも戦争で家族を失ったというものに衝撃と後ろめたさを感じてしまう。
自分が責められているような錯覚に陥り額に汗が伝う。
「気は進まないけど、話すわね。あの日の出来事を、私が戦争という愚かなものを終わらせたい理由を」
空気が一層と重くなり、段々と明るくなり始める外とは対照的に俺達を包み込む雰囲気は暗くなっていくのだった。
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