第42話 死別
「うっ!? 遅かったか……」
中はもう既に火の手が周り出しており、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
「誰か助けて!!」
「いや! やめて! 来ないでぇぇぇ!!」
離れた所から悲鳴が聞こえてくる。勝てないかもしれないが時間稼ぎくらいはできるはずだ。俺は血相を変えて悲鳴の方向へと駆け出す。
開け放たれている部屋を何個も通り過ぎる中、俺は信じられないものを目撃する。
「え……シア?」
シアがベッドにもたれ掛かりダランと脱力して目を閉じている。それだけなら寝てしまっているようにも見えたかもしれない。
だが目の前の惨状がそう見させてはくれない。
ベッドのシーツが所々真っ赤に染め上げられ、多量の血が地面に飛び散っている。そしてダランと開かれた口にはあるはずのものがない。舌が抜き取られている。
「クソ……!!」
また一つの命を助けられなかった。その罪悪感が新たに一つ胸の中に放り込まれる。
だが悲しみに暮れる暇もない。これ以上被害を出さないためにも一早くエムスを捕らえなければいけない。
「これは……どういうことですか?」
振り返って悲鳴が聞こえる方へ再び向かおうとしたところ、いつのまにかディスティが背後にいたらしく彼女の見開かれた瞳とバッタリ目が合ってしまう。
丸く小さくなっていく二つの瞳はハッキリと妹の亡骸を捉えている。
「あ……あぁぁぁぁ!!」
数秒遅れてディスティの声が悲鳴の一つに加わる。絶叫と共に亡骸に走り寄りそれを抱き寄せる。
体に触れた際に冷たさでより妹の死を自覚してしまったせいか涙が更に溢れ出す。
「ディスティ……気持ちは痛いほど分かるよ。でも今はエムスを……」
自分でも残酷なことを言っているのは分かっている。それでもこれ以上の被害は食い止めなければならない。
「嫌だ……いやぁぁぁ!! なんで!? どうしてあなたも置いて行くの!?」
もはや彼女には俺の声は届いていない。目の前の現実を受け止められずただ泣きじゃくっている。
もうだめか……彼女は置いていくしかないな。
「リュージ!? これは一体……」
遅れてミーアとアキもやってくる。ミーアはこの惨状を見せないためにアキを抑え部屋に入れないようにする。
「エムスはもうここにいるはずだ。ディスティはもう……とにかく三人でも行こう!」
部屋を出て扉を閉め、三人で悲鳴が鳴り響く方へと走る。道中でアキが炎を吸い込んで消火してくれるがそれを上回る量で燃え盛っている。
何人もの惨殺死体を目の当たりにしながらも突き進んでいき、ディスティと初めて会った広場まで辿り着く。そこには真っ赤に染まったバールを握ったエムスが立っている。
「よぉお前ら……」
俺達は構えるが奴からは殺意をあまり感じられない。俺達に興味がないようだ。
「今お前達はどうでもいい。それよりディスティって奴を知らねぇか? あいつも殺してやらなきゃいけねぇんだよ」
「お前いい加減にしろよ……親が死んだことには同情するし、そのせいで辛かっただろうよ。でもこんなことするのは違うだろ!」
俺の叫びを聞いても奴は顔色一つ変えず、ただバールで地面を軽く叩くだけだ。
「死んだぁ? 殺されたんだよ俺の親は。それに正直もう親が殺された件についてはもうどうでもいい」
奴は薄ら笑いを顔に貼り付け、徐に近くにある柱に頭を強く打ち付ける。
「お前何やって……」
「親が殺された後、まだ弱かったオレはこいつらに半殺しにされて雪山に放り捨てられた。崖から投げ下ろされた。
あれは殺す気だったんだろうなぁ……だがオレは死ななかった」
聞いていた話と違う。大司祭様の話だとエムスは逆恨みで殺人を始めたはずだ。話が食い違っている。
「でもよ……あの日から寒いんだよ。凍え死にそうになってから、手足の痺れも治したはずなのにずぅーっとあの日の寒さが体から取れねぇ……取れねぇんだよ!!」
エムスは落ちている燃えている建材を掴みその炎を自分に押し当てる。服が燃え炎が広がるが、その熱に奴は痛がるどころか寧ろ喜んでいる。
「ダメだ……こんなんじゃ足りねぇ……あぁ!! イライラするぜぇ……!!」
奴がバールを一振りし、それによって生じた風圧だけで自分に纏わりつく炎を掻き消す。
「気が変わった……ディスティを殺す前にお前らで体を温めてやる。さぁ……オレを熱くさせてくれよぉ!!」
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