第22話 風の翼

「あなた何者!?」

「もう分かってるくせに……水のクリスタル担当の、最強の魔族……かなっ!!」


 語尾を上げ、クロスボウから数本の矢を同時に放つ。魔法で作られたそれはそんな芸当も可能で、明確に俺の頭部や心臓を狙って飛んでくる。

 咄嗟に躱そうとするが、それでも頬に矢が擦り血が垂れる。どうやら氷で作られているとはいえ威力は普通の矢と同じ、いや魔力が込められている分それらより強力だ。


「お前いきなり何するんだ!!」

「さっきからお前とかあなたとか酷いなぁ。ワタシにはガラスアっていう名前があるんだからそっちで呼んでよ。まぁ呼ぶ機会はもうこれ以降ないと思うけどね」


 こちらはアキを除いても二人いるというのに、ガラスアはお構いなしに近づいてくる。


「アキ……村まではもう近い。走って逃げろ!」


 大胆不敵でありつつも隙がない構えと歩き方。それに先程の矢を放つ際の魔力の無駄のなさ。

 間違いなくこいつは強い。下手をした俺とミーア二人がかりでも勝てないかもしれない。だから俺はせめてアキだけでも逃がそうと地面に降ろし、彼女とガラスアの間に自分がくるように調整する。


「でも……」

「約束しただろ!? 君は逃げるんだ!!」


 俺が強く言えば、アキは何度も振り返りつつだがこの場から逃げ出してくれる。


「分かってるでしょうけれど、今回は相手を助けるなんて余裕はないわよ」

「不本意だけれど、手加減をしたらこっちが皆殺しだ。やるしかない……!!」


 こちらもクリスタルの力を解放しいつでも戦えるよう構える。その途端奴の両手が氷で覆われ、手に鉤爪のような装備が装着される。

 鋭利なそれは人の喉に突き立てれば簡単に命を刈り取ってしまいそうなもので、それを見た途端俺の中で緊張が一気に跳ね上がる。


「ラピッドショット!!」


 一番手に動いたのはミーアだ。右手の人差し指の前に風の弾丸を創り、左手で右腕を固定して高速の弾丸をガラスアに発射する。

 その威力はこの前の鹿とは比較にならず、まるで大砲のような威力だ。


「こんなのには当たらないよっと!」


 だがガラスアは鉤爪で弾丸を受け流してしまう。

 あの速さに対処したのもすごいが、何より目を見張るのが鉤爪の硬度だ。恐らくあの弾丸でヒビすら入らないのなら、俺の日本刀でも砕けないだろう。


 真っ先に攻めないでよかったな……砕くつもりで斬ってたら受け止められてカウンターをもらっていた……


 まだ攻撃を受けてすらないというのに、俺の額に冷や汗が流れる。

 

「面白い技使うじゃん。技術もそれなりにあるし……こっちもちょっと本気出しちゃおっかな……!!」


 その時ガラスアが足を一切動かさずにこちらに吹き飛んでくる。

 足で地面を蹴ったのなら分かる。クリスタルで身体能力が向上しているし、何より彼女は魔族だ。蹴るだけでこれだけの推進力を生み出すことくらいはできるだろう。

 だが彼女は一歩も、数ミリも足を動かさずにこちらに飛んできたのだ。


 しかし結論やることは同じだ。どんな攻撃にも対処し反撃の機会を伺う。それだけだ。


 奴の動きは的確で驚異的だった。まず俺の方に数本の氷の矢で牽制し、俺が下がったところでミーアの方に旋回して鉤爪を突き刺そうとする。

 ミーアはナイフを用い鉤爪による突きを防ごうとするが、筋力の差からか完全に勢いを殺すことはできず、喉に鉤爪の先が当たってしまう。

 鉤爪の上を一筋の赤い線が伝うが、氷はそれすらも凍りつかせる。


「ミーアから離れろ!!」


 俺は手から炎を吹き出させガラスアを炙ってやろうとする。

 もちろん距離がある上で放った攻撃など容易に躱すが、躱す際にミーアから離れてくれたので今はそれだけでよいだろう。


「大丈夫!?」

「え、えぇ……かなり危なかったわ。これはこっちも出し惜しみしてる場合じゃないわね」

「出し惜しみ……?」


 ミーアの全身、特に背中から力が溢れ出す。

 一気に圧が強まったかと思えば、ミーアの背中から黄緑色の半透明の翼が生えてくる。

 

「はあっ!!」


 掛け声と共に宙に舞い上がり、数メートル上で翼を羽撃かせ空中に留まる。

 これがミーアの奥の手なのだろう。空中を制するということは戦いにおいてとても重要な要素だ。

 それを自分自身の力だけでやってのけるのだ。クリスタルの力の偉大さを、そしてそれを完璧にコントロールする彼女の能力の高さを改めて実感させられる。

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