第2話 奇襲

「仕事が……ない……」


 俺は街中の噴水に腰を掛け、今の状況に絶望し頭を抱えていた。

 冒険者ギルドでパーティーメンバーを募集しているところを探しても、そもそも魔法すら使えない俺は門前払いだった。

 

 この世界では俺が前いた日本とは違い、魔法という不思議な、まるで妖怪が使うような力のようなものがある。

 火を発生させてそれをぶつけたり、氷柱を飛ばして突き刺したり、戦闘以外でも自動で物を綺麗にしたりなど用途の幅はとても広い。

 

 魔法には向き不向きがあり、炎を扱うのが得意なのに、雷などを扱う魔法は全くダメといった感じだ。

 みんな得意な属性や魔法が一つくらいはあるのだが、俺は日本から転生して来てしまったせいか魔法が一切使えなかった。

 

 前世では一つくらい何かの才能がなくても、武器の扱いや乗り物の運転技術など他の得意分野でカバーできた。しかしこの世界においては魔法の存在があまりにも大きすぎた。


「くらえ! 必殺のシャボン攻撃ー!」


 俺の隣で子供がはしゃいで遊んでいる。歳は五歳くらいに見えるが、そんな小さな子供でも泡を高速で出すくらいのことはできる。 

 なのに俺ときたら本当に一切魔法が使えないのだ。こんな人間は世界で初めてのようで、バニスも最初は罵倒よりも先に困惑の声が出ていたくらいだ。

 

 もう一人で薬草採集とか、もしくは他の仕事を探すべきかな? どのみち早く行動しないと無一文だしまずいよな……

 

「あのー、ちょっといいかな?」


 悩ませている頭に響いた女の子の声に少々驚きつつも、俺は下を向いていた顔を上げその声の主の方を見る。

 そこにいたのは、明るい紫色の長髪の女の子だった。歳は俺の少し下、つまり十八くらいに見え、男ならつい振り返ってしまうような美貌を持った子だった。


「もしかして……俺?」


 彼女は真っ直ぐ俺の方を見ていたが、面識もなくこんな可愛い子に話しかけられる覚えもないので、つい聞き返してしまう。


「あなた以外誰がいるの?」

「だよな……ごめん。それで何の用……というより先に、君は誰かな?」


 いつものくせですぐに用件を聞き出そうとしてしまったが、先に自己紹介でもしといた方が良いだろうと思い話を方向転換させる。


「私はミーア。今私情で特別な薬草を探しているの。それでギルドで良い人がいないか探していたのだけれど、聞いた話によるとあなた今フリーでしかも薬草の知識もあるらしいわね」

「よほど専門的なものじゃなければ分かると思うけど」


 俺はこの世界に来てバニスに拾われてから、魔法が使えない分せめて雑用は頑張ろうと薬草など仕事に使えそうな知識はこの半年でかなりの量を学んだ。

 もちろん単純にこの世界は日本とどう違うのだろうという好奇心もあったが。


「なら大丈夫そうね。私が欲しいのはそこまでマイナーなものじゃないから。それにしても本当に運が良かったわ。偶然薬草の知識がある人がフリーで」


 その悪意のなかったであろう一言は俺の胸に深く突き刺さる。


「あれ……どうかしたの?」


 その感情が顔に出てしまっていたのか、彼女が心配そうにしてくれる。


「実は俺ついさっきパーティーをクビになったんだ。魔法が使えないからって」

「魔法が使えない? それってどんな簡単なものも?」

「うん。全部ダメなんだ。どれだけ試しても、練習しても一切使える気配がなかった」


 ミーアはあの時のバニス同様、信じられないといった感じで驚いている。

 

「ま、まぁ今から行く薬草採集は魔法は必要ないから大丈夫よ。報酬もちゃんと出すし、魔法が使えなくても大丈夫だから来てくれるかな?」

「もちろんいいよ。今仕事なくて困ってたし助かるよ」


 こうして俺達は互いに目的が一致し、早速今からその薬草が生えている山へと赴く。

 

「ここら辺にしましょうか」


 山に入って一時間程が経過して、俺達は道を外れて人気が一切ない所まで来ていた。

 ミーアが探している薬草は人があまり通らず、陽があまり当たらないところに生える種類のものだからだ。

 

 草木も十二分にあるので俺達はここで採集を始め、三十分もしないうちに俺は木の下にあったお目当ての薬草を見つける。


「あったよ。これでいいんだよね?」

「そうそうこれ。これとポーションを調合させると効力が増すのよね」


 ポーションとは傷口にかけるだけで傷を癒すことができる優れもので、種類によって効力に差はあれど、よっぽどの怪我でない限りは大体これで治る。

 ただ効力が高いものは高価で、このようにそこそこの品質のポーションを自分で改良する人は少なくない。


 本当に便利だよなこれ。地球にもあったら怪我とかで死ぬ人も減っただろうに。


「私もある程度見つけたけど……うん。二人合わせてこれくらいあれば良さそうね」

「なら良かったよ。ここに長居する理由もないし街に戻ろうか」


 薬草をミーアに手渡し来た道を戻ろうとした時、俺は背後から何者かの気配を感じ取る。


 この感じ、そう離れてないところに誰かいるな。多分人間……か? 俺達みたいに薬草とかを探しに来た人なのか?


「ミーア。向こうの方、多分二十メートルくらい先に誰かいる。もしかしたら魔物かもしれない」

「え? それって……っていうよりどうしてそんなことが分かるの?」

「とにかく少し様子を見てくるよ」


 俺は誰かがいると思われる方向からなるべく死角になりやすい道を選び、気配がする方まで慎重に進む。


「あれはゴブリンか」


 木々の隙間から見えたのは三匹のゴブリン達だった。

 黄緑色の荒い肌にごつい棍棒を持っていて、息を荒くしていて目に見えて危険だと分かる。

 どうやら俺が感じ取った取った気配はこいつらのようだ。


 ここは一旦逃げた方が良さそうだな。ミーアもいることだし。彼女のところまで行ってゴブリンがいることを伝えて早くここから立ち去ろう。


 ゴブリン三匹程度なら魔法が使えない俺でも何とかなるが、他にもいるかもしれないし、仲間を呼ばれるかもしれない。

 そして何よりゴブリンには上位種がいる。

 珍しいがもしゴブリンロードやメイジゴブリンなどがいたら俺ではミーアを守り切れないだろう。


「ファイアボール」


 なるべく音を立てずに立ち去ろうとした時、突然横から炎の球体が飛んでくる。

 咄嗟に躱したが炎が少し髪に掠ってしまい焦げてしまう。


「よりによって一番面倒くさいメイジか」


 俺の予想は最悪な形で的中してしまっていた。

 少し離れたところから魔法で俺を攻撃してきたのは、ゴブリンの上位種である多彩な魔法を使うメイジゴブリンだった。

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