第9話 文の家




 放課後に、図書館の中で、彼と待ち合わせ、彼についていくと、一つのよくある住宅の前で、彼は立ち止まった。


「ここ、君の家?」


 そう言いながら、文くんに案内された家に入る。人の家の匂いは、不思議で、新鮮だった。


「はい」


「家族はいないの?」


「共働きなので、2人とも、いつも8時までは帰ってこないです」


「ふ〜ん」


 私は、あえて普段と違う性格を演じることによって、冷静さに努めようとする。


「こっちです」


 そう言って、彼は2階へと上がっていく。


 私は、その後を追っていく。3段を超えたあたりで踏み込むとともに、『ギシッ』と、音を鳴らした。


「あぁ、この家は古いですからね。ちょっと軋みがあったりするんですよ。気にしないでください。抜けるようなことはありませんから」


 そう、笑いながら、彼はこちらを流し見する。説明が終わると、言うことは終わったとばかりに、目線を戻して階段を登り始めた。


「そ、そうなんだ……」


 と言うしかない説明を聞き流しながら、後を追う。


 彼の部屋は、階段に一番近い扉にあった。彼は、部屋の中に私を案内すると『お茶を持ってきます』と言って1階に戻っていってしまった。


 私は『別に気にしなくていい』と言ったのだが、彼は『いいですから』と言って、行ってしまったのだ。


 おそらく彼自身、この状況を心の中で整理したいのだろう。そう思ったものの、どちらにせよ私は彼の部屋に一人取り残されたことに変わりはない。


 手持ち無沙汰になったので、しようがなく彼の部屋を眺めていく。


 青色のシーツのベット、薄茶色の本棚には、よく知らない漫画が並べられている。そして、勉強机の上には、無造作にこれまたよく知らない漫画が置いてあった。


 昨日の夜か、今日の朝読んだのだろうか?


 私は、彼の持っている本を眺めていく。中には、いわゆるライトノベルというやつも数冊置いてあった。私が知る限り、最終巻までいってたはずの作品も、2〜3巻までしかなかったが……。


 本棚を眺めていると、それなりに時間が経ったのか、彼が階段を登ってくるあの「ギシッ」という音がした。


 コンコン、と扉を叩く音がすると、ガチャリ、と扉が開いた。


「ちょっと、遅くなっちゃいましたかね」


 そう言いながら、彼は勉強机の上に、コップを二つ乗せたお盆を置く。


「……それじゃあ、見せてください」


 何を、と彼は言わなかった。私も、鞄から、スマホを取り出し、ライブラリを開く。


 日付を遡る必要もなく、それは見つかった。


「はい」


 極めて冷静に、私はスマホを差し出す。


 彼は無言で、私のスマホを受け取り、再生ボタンを押した。


 彼は、この動画をみて、『どう思うのだろう』と、その様子を見ながら思った。



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