Ep.316 リップル族の隠れ里
僕達はユアさん先導のもと、族長がいる場所まで同行する事になった。
里は中では、木の幹の地中に穴を掘って、そこを生活の場所としているようだ。入口を葉っぱを被せて隠してあるのだ。
里を歩いていると、誰もが穴の中から僕達を見て驚いた顔をし、ユアさんを見つけると安堵した様子で駆け寄ってくる。
ユアさんは里の人達に笑みを返しながら彼らに状況を説明しながら、僕達を案内してくれた。
そして一際大きな木の下に隠された穴の中へ入っていく。
穴の中の様子はちゃんとした通路になっていて、その通路の横穴の部屋には生活に必要な道具などが置かれていた。
兎人族は地属性の魔術を使って住居を作り、潜みながら生活しているそうだ。
やがて通路の一番奥のドアに辿り着き、ユアさんは僕達に振り返った。
「ここが族長の部屋です。行きましょう」
「お嬢、俺らはここで待つ」
「ええ。では勇者様方、こちらへ」
イーアスさんがそう言ってエノケさんも頷いた。
ユアさんは二人に頷いて、ドアを開けた。
族長の部屋は壁や天井には動物の毛皮が敷かれていて、室内は温かかった。
その中央には簡易な寝台が置かれており、横たわっているのは壮年の男性だ。
ユアさんと同じ純白の毛並みの男で、左腕を包帯で覆っているのが見えた。
「族長、ユア、ただいま戻りましたっ!」
「おお……! ユア……よくぞ無事に戻った……! 怪我はないか?」
ユアさんの声に族長は体を起こして目を見開く。そして安堵した様子で笑みを浮かべた。
「……はい! 皆様のお陰です……!」
ユアさんは族長の視線を僕達に促すように腕を広げる。族長は僕達を凛々しい眼差しで一瞥した。
「私達は狼牙族に敗れ追われていたところを、かの勇者様方に救われましたっ! 命の恩人です!」
「……なんと、勇者様……とな……っ」
族長が信じられないというような声を漏らしながら目を見開く。そしてその頭を地面に付けるほどに深々と下げた。
「この度は、我らを……ユアをお救い下さり感謝申し上げます……! 族長ダリス・リップル……この御恩は決して忘れません……ッ!」
頭を下げるダリスさんにユアさんがそれに倣い、サリアが駆け寄りしゃがみこむ。そしてその手はダリスさんの左腕に添えられていた。
サリアの手から優しい光が溢れ出す。
「……頭をお上げください、お二人とも……」
「――こ、これは……っ」
光に包まれた腕が治っていく様を目にしダリスさんは驚きの表情を浮かべる。
サリアの唇は弧を描き、二つ名に違わぬ聖女のような微笑みを向けると、僕達の方に戻ってきた。
「我らには治癒できる者が居らず難儀しておりました……。聖女サリア様、重ねてお礼申し上げますッ!」
「と、当然の事をしたまでですので、聖女などと……っ」
サリアは困ったように眉尻を下げて謙遜していた。やっぱり聖女と呼ばれるのは不本意らしい。……行動はまさに聖女なんだけどなぁ。
「族長、勇者様方は我らに代わり狼牙族を退けて下さいました。この大恩を今こそ返す時ですっ!」
ユアさんが族長の腕を支えながら真剣な表情で言い放つと、ダリスさんは頷く。
「無論そのつもりだとも。……だが、我々は争いに敗れ、多くを失ってしまった。何でお返しすればいいやら……」
ダリスさんは悔しげに表情を歪める。
……その表情はきっと、里を守り切れなかった自責の念だろう……。
「その事なんだけど、僕からいいかな?」
アズマがいつもの涼やかな笑みでダリスさんに歩み寄り、続けて言葉を紡ぐ。
「僕達はシュミートブルクに用があってね、その近道への案内をユアさんがすると言ってくれたんだ。きっと義理堅い貴方々リップル族の皆は納得しないかもしれないが、案内として、僕達を助けてくれないかな?」
アズマの提案に族長は何かを言おうとしたが言い淀み、強く頷いた。
きっと恩返しにしてはその程度では釣り合わないと思ったのだろう。けれど今の状況ではこれ以上出来ることは少ない。
「……承知致しました。……しかし、現在シュミートブルクのツヴェルク族は、警戒体制を敷いております。ですが幸い我々はシュミートブルクと友好関係を築いております。せめて一筆認めさせて頂きたい。それがあればかの街への通過は心配はありますまい」
「ありがとうダリスさん。それはとても助かるよ!」
アズマはダリスさんに礼を述べると、族長はユアさんに視線を向ける。
「ユアよ。勇者様方をしっかりとご案内差し上げるのだぞ」
「……はいっ! お任せください!」
ダリスさんの言葉にユアさんは胸を張って頷いた。
その後、僕達は隠れ里で一泊することになった。
近道を使えばここからシュミートブルクへは1日あれば着くというのだから驚きだ。
一体どんなルートで進むのだろうと気になっていたが、ひとまず僕達はダリスさんから部屋を借りたので、僕は一息つくことにした。
部屋の中は質素なつくりだったが、寝るためのベッドにはふかふかの毛皮が敷かれていて快適そうだった。
皆はそれぞれ自由に里を見て回っているようだ。
サリアは腰を落ち着ける様子もなく、負傷した兎人族の人達を治療しに回っているようだ。
この里には神聖魔術の適正を持った人が居ないとダリスさんが言っていたから、きっとその時からサリアはこうするつもりでいたに違いない。
アズマは里を散策しているようで、兎人族の住まいに興味を示していた。
シェーデとウルグラムは周辺に狼牙族が潜んでいないか見てくると言っていた。僕も着いて行こうとしたんだけど、怒気を滲ませたウルグラムの様子を見て、今は近寄らない方がいいと判断してその場に留まった。
おそらくウルグラムは狼牙族に激しい憎悪を抱いている。それこそ見つけ次第抹殺するのではないかと思うほどに。
見回りというよりは、見つけた狼牙族を殺しに行くつもりでいる、というのが正しいのかもしれない。
……付き合いの長いシェーデなら、ウルグラムを上手くなだめてくれると信じよう。
そしてデインは、ふらっと何処かへ行ってしまった。何処で何をしてるのか皆目見当もつかない。
僕は一人ベッドに腰掛けながらこれからの事を考えることにした。
……シュミートブルクに行けば、義手というものの情報があるという希望に縋ってここまで来たが、果たしてあるだろうか……?
「…………っ」
そんな不安に駆られていると、無くなった筈の右腕の辺りが疼くんだ……。
おかしいだろう。何も無い所が疼くなど。
……もしかしたら義手があるかもしれない。そんな期待と不安が、ない交ぜになった思いが心を揺さぶってくる。
やはり一人の時間になると、気が滅入ってしまうな……。武器の手入れや支度にも、片腕では思うように出来なくて困る……。
「義手……か。あるといいな……」
僕は溜め息を吐いて独りごち、気を紛らわせるように武器の手入れを始めるのだった……。
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