Ep.300 アズマの本心
翌日が訪れ、空を見上げれば快晴。
僕達はオブリム火口への備えを整え、リムデルタ帝国の帝都の門前に立った。
「勇者様、精霊の調査に出向くとお聞きしておりますが、どうかお気をつけて!」
門番の兵士達が綺麗に揃った敬礼を僕達に向ける。
僕の目的に同行する旅を、表向きは、瘴気の影響が出ていないか、念の為精霊の調査に向かうという、便宜上の理由にしたそうだ。
そして僕は精霊に知識がある冒険者で、今回は同行してもらうという立ち位置だ。……少し無理があるような気がするけど…………。
「ありがとう。魔族への対処を頼むよ」
「はっ! ――勇者様御一行が通られる! 開門!」
大声が響き、重厚な門の鉄製扉がギギギギッと軋む音をさせて開いていった。
「勇者様ー! また帝都へいらして下さいねー!」
「聖女様ー!」
僕達の旅立ちに偶然居合わせた住民が歓声をあげて送り出してくれる。
勇者であるアズマや聖女と呼ばれているサリアはもちろんのこと、勇者パーティ赫灼のメンバーはそれぞれファンがついていたようで、声援の中で皆の名前を呼ぶ声は確かにきこえた。
当然その中に僕に向けた声はなく、僕は自分だけ場違いな気がして、少し肩身が狭くなるような、気恥ずかしい面持ちでいた。
だがそれは仕方がないことだ。
これは彼らが世界の為に成した結果なのだから。
僕の時代で勇者を継いだ時、僕に向けられた期待の声援とは違う、感謝の念が籠った声援だった。
僕は卑屈になることなく、目標にする事で前を向く。
この希望に満ちた声を背に受けて、僕達は門を潜り、帝都リムデルタを後にしたのだった。
帝都リムデルタからオブリム火口へは、2日程飛んで接近したあと、地上に降りて徒歩で祖精霊がいる洞窟まで向かうことになる。
火口まで飛べれば早いのだが、熱と煙のせいで空から接近するにも限界があるのだ。
なのでオブリム地方の山岳地帯の手前で降りて、そこから徒歩でさらに1日かけて火口入口の洞窟に辿り着くそうだ。
火の祖精霊の力の影響で気候はすっかり灼熱で、周辺は生き物は皆無の、火の精霊にとっての聖域だ。
ここから僕の目的の為の旅が始まるのだ。
交わるはずの無い、精霊暦の勇者と太陽暦の勇者が、それぞれの神剣を携えて…………。
「――だから火の祖精霊を怒らせたらいけないよ。……下手すると山が噴火して大陸に甚大な被害を被るからね……」
道中、空を飛行しながらアズマが僕に教えてくれた。
「……き、気をつけます」
僕はそう言う他無く、これから向かう場所の危険さを改めて認識して身震いをするのであった。
アズマはそんな僕を見ながら目を細めて微笑を零す。
「アズマ? 僕何か変だった?」
「……いやいや、すまない。クサビは昔の僕のようだと思ってね、つい懐かしく思ったのさ」
「……昔のアズマのこと、聞いても?」
アズマは穏やかに頷いた。
「ああ。僕が勇者じゃなく冒険者として世界を巡っていた時、世界中で魔族の侵攻は絶えずあったけれども、冒険して見た場所や経験に目を輝かせていたものさ」
アズマは前を向きながら、懐かしむように言葉を紡ぐ。
「様々な逸話に驚き、時には身震いしたりね。何もかもが新鮮だったんだ。今のクサビみたいにね」
僕は少し笑みを浮かべてアズマを見る。
「そして、やがて僕は勇者と呼ばれるようになって世界の為に戦った。魔王を封印して、魔物の数も減るだろう。世界はこれからきっと平和になるんだ」
「勇者として立派にやり遂げたんですね」
アズマはどこか寂しそうに眉尻を下げながら苦笑する。
「……ははは。それはどうかわからないけれどね。でもね、僕は魔王を封印した時、寂しいと思ったんだ」
「え?」
アズマの意外な言葉に僕は首を傾げる。
魔王を封印した後のことなんて考えた事も無いが、それは喜ばしいことではないのか……。
アズマは僕の疑問を感じ取って、言葉を続ける。
「……ああ、これでこのパーティも解散かってね」
「…………」
僕はそれ以上何も言わなかった。
きっと僕達が魔王を倒した時、僕は同じ思いになるだろうな、と思ったからだ……。
平和が訪れて勇者アズマとしての役割はやがて終わり、仲間達はそれぞれの場所に帰っていく。それが堪らなく寂しくなったのだ。
「だから、クサビが現れたことは僕にとっては想定外の僥倖だったんだ。まだ、この仲間達と一緒に冒険ができるって思ったからね」
アズマは皆を見渡した後、僕に向き直って微笑む。凛々しくも優しげな笑顔だ。
「僕は本来、心躍るような冒険に憧れて冒険者になった。それを大切な仲間達とできるなんて、これほど嬉しいことはないんだ。……それに、未来から自分の子孫が会いに来るなんて、誰にも出来ない経験さ!」
「……ふふっ」
僕はアズマの楽しげな笑みを見て思わず笑ってしまう。
「素敵な機会を与えてくれてありがとう。クサビ。君にとっては世界を救う為の旅であるのは分かっているけれど、それでも僕は嬉しいんだ」
「…………っ」
僕は胸に押し寄せる感情を押し殺すように、アズマの真っ直ぐな眼差しにただ頷いた。アズマの純粋さと思いが伝わってきたのだ。
アズマは勇者だ。それは歴史が証明している。
だけど当の本人は、冒険を愛するただの人間だったんだと、……本来の僕と同じように。
勇者を継いだ冒険者という、境遇が重なった僕達にしかわからない思いがそこにはあった。
「……それに、どうやら僕は生涯独身じゃないみたいで安心したしね! はははっ」
アズマはしんみりした気分を払うようにそう言って笑ってみせる。僕はそれに釣られて吹き出した。
「……ぷっ! そうですね! それは僕が保証しますよ」
僕とアズマは顔を見合わせて笑い合った。
「なになに? 生涯独身って何の話なのっ?」
僕達の笑い声に気付いたのか、サリアが僅かに頬を赤くして、不思議そうに声を掛けてきた。
「え、ああ、僕の存在がアズマが生涯独身じゃないっていう証明ですよって話ですよ」
「ふ、ふぅん……? ……ね、ねえクサビ」
「……? なんでしょう」
サリアが僕の服の裾をくいっと引っ張り、耳元に顔を近づけてくる。そして小声でささやいた。
「あのっ……聞いちゃいけないんだろうけど……未来の文献にはアズマの……その……お嫁さんの名前って……書かれてるの?」
「え、ええっと〜……」
僕が読んだ文献では、聖女サリアは勇者アズマに密かに想いを寄せていたが、生涯独身を貫いたとあった……。
アズマの伴侶の名前も記されていない。
だが、それはサリアではない…………。
僕はサリアのアズマに対する想いを知っていた。だから返答に困ったのだ。
歴史が変わってしまう恐れがあるので未来の事をこれ以上伝えてはいけないし、貴女ではないなどとは、人の心としてもとても伝えられない。
そしてその想いの成就を手助けすることは歴史改変に繋がってしまう。だから出来ない。いや、むしろ……。
…………アズマとサリアは結ばれてはならない……。
僕はサリアの情を見て見ぬふりするしかないのだ。
「すみません、名前までは分からなくて……」
「そ、そうなのねっ! ごめんね変なこと聞いて」
「……いえいえ…………」
僕がそう言うと、サリアは残念そうな顔をしつつもそれ以上聞く事は無かった。
「そろそろ休憩にしようか」
「ええっ! そうねっ」
その時丁度、アズマが僕達の近くに来てそう言って、サリアは弾かれたように返事をしたのだった。
僕はなんだかやるせない思いになってしまったが、迷いを払うように首を振って、降りていく皆の後を追うのだった。
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜 過去編
第1章『精霊の勇者、太陽の勇者』 了
次回 第2章『再封印を成す為に』
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