第23話 下らんことするな

 私、エスティは昼休みを利用して第二訓練場で自主訓練をしていました。

 そこへデイルさんとお友達のお二人がやってきて私を取り囲みます。

 デイルさんは私と対戦した伯爵家のご子息です。

 身分平等とはいっても、とても逆らえる雰囲気ではありません。


「少しツラ貸せや」

「え、でも……。もうすぐお昼休みが終わりますし……」

「少しだよ、少し。それとも平民ごときに決着をつけられなかった貴族だと思って見下してんのか?」

「そ、そそそ、そんなことはありません!」


 こうして私は渋々デイルさん達についていくことになりました。

 第二訓練場を出たところに少し人の目につきにくい林があります。

 そこで私はデイルさん達に囲まれました。


「平民のくせに一丁前に訓練なんかしてんじゃねえよ」

「い、いえ、一丁前というか二丁前というか……」

「ここじゃ身分平等なんて言ってるけどな。だからといって身分差が消えてなくなるわけじゃねぇ。意味はわかるな?」

「はい……」


 デイルさん達がニヤニヤしています。

 なんだかとっても悪い予感がするのです。


「お前、次の模擬戦の授業で俺に負けろ」

「え、そ、そんなのはちょっと……」

「俺にはお前みたいな平民と違って輝かしい将来があるんだよ。それとも何か? お前は俺の将来より自分が大切ってか?」

「え、あぅ……そういうことは……言ってませんけど……」


 うぅ、なんでこんなことになっちゃったんだろ。

 あの自己紹介の模擬戦で私がしぶとかったのが相当気に入らなかったようです。

 私は戦闘経験なんかろくにありませんし、とにかく逃げ回っていただけなのに。


「お前の父親は確か木工工場で働いていたよな」

「な、なぜそれを!」

「あそこの工場は俺の親父が経営する商会の下請けなんだよ。何が言いたいと思う?」

「そんな……」


 なんで、なんで私がこんな目に。

 それにお父さんを巻き込むなんて。

 苦労して入学費用を出してくれた以上、絶対に迷惑はかけられません。

 誰か、誰か助けて――


            * * *


「そこまでです」


 オレ達がレティシアを尾行すると、なかなかの場面に出くわした。

 デイル達とエスティの前に颯爽と現れたのはレティシアだ。

 こっちはあえて見つからないように木陰に身を隠して様子をうかがうことにした。


「レティシア様! なぜここに!?」

「あなた達が強引にエスティさんを連れいくところを見たのです。来てみればやはりこのようなことになっていたのですね」

「ご、誤解ですよ。俺達は元々仲がいいんです。な?」


 デイルが取り繕うようにしてエスティに目線で脅迫していた。

 本当のことを言えばどうなるかわかるなと言わんばかりだ。


「エスティさん、そうなのですか?」

「わ、私の名前を、ご存じなのですか?」

「同じ学園に通う仲間です。全学年の方々はすべて知っています」

「すごい……」


 入学してからレティシアがまず最初にやったことは全生徒の名前の把握だ。

 ひたすら学園内を見て回り、顔と名前を頭に叩き込んでいた。

 それと訓練と並行しているんだから、この根性の座りようは他じゃなかなか見られない。


「それでエスティさん、どうなのですか?」

「……えっと」


 デイルが目で射竦めんばかりにエスティを睨みつけていた。

 そこへレティシアがエスティの手を握る。


「エスティさん、もう大丈夫なんですよ。あなたの勇気を私が導きます」


 エスティは唇を噛んだ後、堪えるようにして口を開いた。


「……脅されて、いました」

「はい。よくわかりました」


 エスティに微笑みかけた後、レティシアがデイル達を見た。

 その表情はエスティに見せた笑顔とは違う。

 まるで罪人でも見るかのような冷たい目だ。


 萎縮したデイル達はすっかり青ざめている。

 まぁ一国の王女様にここまで軽蔑されて平気な奴はいないわな。


「デイルさん、ケーターさん、ビズさん。あなた達はエスティさんを脅迫しました。これがどういうことか、わかりますか?」

「ち、違うんです……ちょっとふざけただけなんです……」

「このことは私のほうでしっかりと預かります」

「あの! 俺達はどうなるんでしょうか!?」


 この時、昼休み終了前の鐘が鳴った。

 これは昼休みが残り約10分で終わる合図だ。


「いけませんね。皆さん、午後からの授業が始まります。エスティさんも行きましょう」

「は、はいっ!」


 レティシア達が校舎のほうへ走っていった。

 まだ残っているのはデイル達だ。


「……クソッ! なんでこうなるんだよ!」

「デイルさん、まずいですよ。レティシア様に目をつけられたら終わりです」

「なんだってレティシア様はあんな平民を庇うんだ! 腹立つなぁ! マジでイライラする!」

「エスティのことは諦めましょう……」


 デイルが頭をくしゃくしゃと掻いている。

 なるほど、やっぱり反省はしていないと。

 思い出したけどこれは確かサブイベントだったな。


 確かエスティは名無しのモブだった。

 この後はどうなるかというと、オレにはわかっている。

 ゲームのアルフィスはノータッチだったけどオレは違う。


「よう、こんなところで何をしてるんだ?」

「お、お前は! いや、アルフィス……様!」

「名前を覚えてくれたか。そんなに怯えなくても、入学式前のことはなんとも思ってない。それでどうした?」

「い、いえ、少し休憩していただけです」


 校門付近でオレに絡んできた時はバルフォント家の人間だと知らなかったからな。

 今は明らかに萎縮している。レティシアに続いてオレが来たんだから、内心穏やかじゃないだろう。


「そうか。オレはてっきり何か悪だくみをしているんじゃないかと思ったよ」

「ハ、ハハ……そんなわけありませんって……」

「それならいいんだがお前ら、本当に気をつけろよ。場合によっては停学や退学どころじゃないからな」

「そう、そうですよね」


 青ざめたままのデイル達が愛想笑いをしている。

 一応登場して脅しかけてみたけど大した効果があるようには見えないな。

 これで改めてくれるとこっちも楽なんだが。

 これは本来もっと後に起こるサブイベントだから、この後の展開は今のレティシアだと少し厳しい。


「いくらエスティに負けて悔しいからって、くれぐれも報復しようなんて考えるなよ」

「えっ……いや、そんなのは、ないですって……ハハ……」

「そうだよな。適当に言ってみただけだからな」

「アハハ……あ! 授業が始まる!」


 青ざめて汗ダラダラのデイル達は逃げるようにして校舎に走っていった。

 すたこらさっさーとばかりにいなくなったな。

 さて、オレも戻るとするか。


「ルーシェル、足を魔力強化して戻るぞ。これも訓練だ」

「はいっ!」


 オレ達が魔力強化して走るとあっという間にレティシアやデイル達を追い抜いていった。

 こういう日常でも訓練を怠らないのが強くなる秘訣だ。

 さて、あのデイル達が大人しくなるわけがない。もう一仕事くらい頑張るか。

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