第37話


 通常の時間帯は図書館の仕事をして、昼と夜の決まった時間、配膳係として地下牢にもぐる。サコットの謹慎期間はあと七日ほどなので、できれば一日でもはやく出てきてほしかったが。そこはサコットが強情だった。

 サコットはシキアと顔を合わせるたびに体調を気遣って、そして謝罪をしてきた。そのたび、シキアも同じように体調を気遣って謝罪をする。

「君らは何をやっているんだ」

 今日は一緒に行くと、ついてきたヒアミックには、呆れたようにため息を吐かれた。

 仕方がないのだ、これはサコットとシキアがまた地上で笑いあえるようにするための儀式みたいなものなのだと、最近シキアには分かってきた。サコットの自責が消えることはないだろうが、少しでも薄れるなら、何度でも謝るし、謝られる。他からみれば馬鹿らしいかもしれないけれど、今のシキアにできることはそれくらいだ。

 サコットも少しづつ、会話をしてくれるようになった。あとは「騎士を辞めない」の言葉がきければいいのだけれど。

 それを待ちきれず業を煮やしたヒアミックがついてきたのが、今だ。ヒアミックはヒアミックで、王様からせっつかれているらしい。

「サコット、王は一日でも早くお前の復帰を願っている」

「謹慎期間はまだあけていない」

「それで、気は済みそうか」

「まさか。でも、騎士は王に尽くす、それが一番の仕事だからな。戻ったら粛々と王の命に従うさ」

「ようやくそれが聞けた。では私はすぐ報告にあげる。シキア、今日は半休だ。そのまま帰っていい」

 あわただしくヒアミックは去って、サコットが自嘲するように口の端をあげた。

「結局、あいつの思い通りにされてないか?」

「何言っているんですか、今回はサコット様の強情が勝っています」

「そうか?」

「先生、ここのところ研究に追われて寝ていません。それでもずっとサコット様のことばかり気にかけていましたよ」

 だから図書館の方は現在、荒れかけている。今日は半休だと言われたが、整頓して帰ろうとシキアは決めているのだ。

「君には迷惑をかけているな」

「もっと、かけてください、あ、いや、迷惑なんて思って無いです、その、もっと、オレ、サコット様の役に立ちたいから」

「役に立つ、なんて言わないで欲しいけどな。君のことを、そんな風に扱っているつもりはないんだ」

 見つめてくる眼が、優しい。嬉しくて手を伸ばしたら、やんわり拒まれた。

「ずっとここにいるからね、綺麗じゃないんだよ、触らないほうがいい」

「そんなことないです、魔法で洗って貰っているんですよね?」

 シキアもすれ違ったことがある。仕事が増えて大変だなと思ったが係のひとはサコットと触れ合えてうれしそうだった。その気持ちはよくわかる。けど、なんか、ちょっとだけ、嫉妬してしまう自分が情けない。

「洗体魔法はありがたいと思っているよ? それでも、だ。気になるんだよ、俺が。わかってくれ」

 本当は、触れ合いたいのに、もうずっと、触れてない。サコットも触れてこないから、寂しい気持ちになってくる。

「謹慎があけたら、触れてくれますか?」

 サコットは気まずげに咳払いをして、目をそらした。

「だから、そういう――君は案外、大胆だよね」

「あっ、いや、そんなつもりじゃ、いや、その、」

 そんなつもりじゃない、は嘘かもしれない。一度、図書館横の寝室で触れてくれた夜のこと、忘れたことなんてない。サコットは優しかったけれど、他にはきっと見せない獣の目を独り占めした夜だった。あの贅沢を忘れられるはずがない。

 思い出してしまえば、顔が熱くなる。あのとき、どんな姿をさらしたのかと考えただけで叫びたくなる。それはサコットも同じだったのか、またわざとらしい咳払いが聞こえた。

 なんだか甘い空気になった気がして、聞くのは今だと、思った。

「あの、サコット様、オレずっと、聞きたかったんです」

「ん、なに」

「どうして、オレを、その、選んで、くれたんですか」

 夢のようなこの現実、ずっと疑問だった。サコットに好かれるようなことをした覚えもない。見目が良いわけでもない。むしろ誰といても見劣りするくらいで。そんな自分がなぜサコットに触れてもらえるのか、疑問だった。でも、そんな怖いこと、聞けなくて。

 でも、今ならどんな答えでも受け止められると思う。サコットにどういわれようとシキアの想いは変わらないのだから。

「なんで、オレなんかを」

 サコットは目を細めて眉をしかめた。

 こんな言い方をサコットが好きじゃないのは知っている。それでも言わずにはいられなかった。

「シキア、なんか、じゃない」

「はい、すみません、でも、釣り合わないのは本当です」

「釣り合うって、なに?」

「サコット様は素晴らしいひとだから」

「君も素晴らしいひとだ」

「そう思えたらいいんですけど」

「そうだな、俺も、自分をそういう言葉で評されるに値しない人間だと思っていたよ」

 そういうことば?

 シキアが首をかしげるとサコットは小さく笑う。

 それからサコットは静かに話し始める。

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