第8話

 財布を差し出してサコットの反応をまつ。顔を見ていられなくて床ばかり見てしまうのは態度が悪いだろうか。でも急にこんなもの差し出されても困るだろうなとか、本当はもっといいもの持っているんじゃないかな、とか、いくつも怖い想像が浮かんだけれど、そのどれもかき消すようにサコットは歓声を上げた。恐る恐る顔を上げると、本当に驚いているようだった。

「え、これ凄いな、中が六つに分かれてる、ああ、種類で分けられるのか、めちゃくちゃ便利だな。君が作ってくれたの?」

「あ、はい、オレも、こういうの使ってて、買い物が楽なので」

「いや、この前シキアに叱られたから、あれからはちゃんと自分で革袋からぴったり探して買い物してたんだよね。でも面倒で。これならすぐ払えるな。凄いな、君が考えたの?」

「楽がしたくて」

「本当に嬉しいよ、何かお礼をしなくちゃね」

「いえ、これは、お礼で」

「じゃあお礼貰いすぎだから返さなきゃね。何か欲しいものとかある?」

「ないです大丈夫ですだってこれはオレの気持ちだったから」

 お礼にお礼を貰ったらもう訳が分からない。でも、サコットは納得してくれそうにない。何度も何か欲しいものはないかと聞かれるので、シキアが折れることにした。ヒアミックもだが、サコットも言い出したら聞かないみたいだ。

「あの、じゃあ」

「うん、なんでも言って」

「けん、剣技を、みて、欲しいです」

「ん? そんなんでいいの?」

「それが、いいです」

 剣技は独学でずっと磨いてきたつもりだ。サコット隊に入りたかったから。最近はあまり鍛錬をしていないが、十五までは本当に懸命にやっていた。あの頃の自分が報われる気がする。

「分かった、でも本当にそんなんでいいのか?」

「いいです、だって、その、本当に、凄いと思っていてずっと憧れてて、いつかサコット隊に入れたら、とか、昔は夢みてて、いや、今は違います、ちゃんと分かっているんで、こんな風に話せるだけでも満足でその」

 何を言っているんだオレは。こんなふうに本人に全部伝えるなんて恥ずかしくてたまらない。でも、サコットが笑うから、嬉しそうに笑うから、止まらなくなったのだ。

「そうなの? 良かった、嫌われてなかった」

「嫌いなわけないです! 魔法が使えないのに騎士になって、そんなサコット様に憧れない不良者なんていないです」

 瞬間、さっきまで微笑んでいたサコットの表情が微かに曇った。光と共にある青い目に闇がともったように。あれ?と思ったときには消えてしまったが。

「そんなに言われたら照れるなあ。ここでは剣を触れないから、あの中庭にでも行こうか?」

「あ、はい!」

 サコットの後ろに続きながら、さっきの違和感が忘れられずにいる。このあと剣技を見てくれて、指導までしてくれたサコットはいつも通りで光のようだった。でも、確かにさっき見た表情は、ひとの感情を察することが苦手なシキアでもわかるくらいに、確かなサコットの陰だった。

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