第26話・ゼノンの記憶 2

 俺たちは紫の髪の男ウィリアム隊長に保護された。兵士用の宿舎に住まわせてもらい、掃除や洗濯、装備の手入れなどを手伝う。最初のうちは警戒していた兵士たちも次第に打ち解け、手があいた時に剣の扱い方を教えてくれた。


 時々寝ぐらにしていた廃屋の様子を見に行ったが、ヴァーロが帰ってきた痕跡はない。戦争はまだ続いている。行き帰りの途中で戦闘に巻き込まれたのかもしれない。どこかで怪我をして動けなくなっているのかもしれない。探すために旅に出たい衝動に駆られたが、シオンとレイのことでウィリアムに恩を返すと自分の意志で決めている。まだ治安が乱れている中で当てもなく探す勇気はなかった。


 しばらくして、元気になったシオンとレイは王都の孤児院へと移った。短い付き合いだったが、一緒に過ごした時間を思い返すと泣きそうになる。二人の乗った馬車が街道の向こうに消えるまで見送ってから涙をこぼす俺の肩を、ウィリアム隊長がポンポンと叩いた。なぐさめてくれているのだと分かり、また涙がこぼれる。


「血の繋がりはなくとも君たちは家族同然だったからね。別れは寂しくて当たり前だよ」

「家族……」

「そうとも。これからは警備隊ここが君の家であり、隊員たちが君の家族だ。もちろん私もね」


 俺の本当の家族はもういない。父親は徴兵され、その後母親と妹は流行り病にかかって死んだ。俺は生き残ったが、感染を恐れた大人たちによって故郷の村から追い出された。放浪しているうちにヴァーロに出会った。幾つか年上の彼に生きるすべを学び、共に過ごした日々は楽しかった。頼れる兄のような存在だと今でも思っている。


 でも、ヴァーロはもう居ない。ここはウィリアム隊長が与えてくれた俺の新たな居場所だ。今度こそ家族と居場所を守ろうと強く誓った。


 数年後、正規隊員になった俺は日々の任務に精を出していた。その頃にはウィリアム隊長が分隊長から警備隊の最高責任者に就いた。国境警備隊の役割にも変化が起きた。これまでのロトム王国の残党や野盗の討伐ではなく、魔素溜まりの浄化が主な任務となった。ごく稀に発生する程度だった魔素溜まりが戦後頻繁に見つかるようになったからだ。魔素にあてられた動物は凶暴な魔獣と化す。人々の暮らしを守るため、俺たちみたいな孤児を出さないためにも魔素溜まりは全て浄化しなければならない。


 任務から帰る途中、街道の外れで倒れている男を見つけて宿舎に連れ帰った。同期入隊のベニートからは放っておけと言われたが、見捨てるなんて選択肢は俺にはない。


 男はディノと名乗った。裕福な商家のせがれで、戦時中に攻めてきたロトム王国の兵士によって略奪ついでに家族を殺され、連れ去られた。国境近くの集落で監禁されていたが、隙をみて逃げてきたという。柔らかそうな金の髪と白い肌、男にしては可愛らしい顔立ち。よほど酷い目に遭わされてきたようで、背中に残る鞭の痕が痛々しかった。


 ウィリアム隊長は彼の境遇に同情した。ディノは人当たりが良く賢い。回復後に良い勤め先を紹介するという話になったが、ディノは断った。助けられた恩に報いたいから国境警備隊で働かせてくれ、と自ら志願したのだ。小柄な彼には兵士など務まらないのではと危惧したが、ディノは持ち前の器用さを発揮して細身の剣の扱いをすぐに習得した。身を守り、抗う術を欲していたのだろう。


 昼間は明るく元気だが、夜になるとうなされることが多い。最初の頃は何度も夜中に飛び起きて、その度に俺の姿を探してすがりついてきた。親をなくしたばかりの子どものようで放っておけず、時々添い寝して落ち着かせてやった。


 ウィリアム隊長に保護されてから十年が経った。俺は二十四になり、当時より身長が伸びて筋肉もついた。頼れる仲間たちと任務にあたり、笑い合って過ごしていた。でも、頭の片隅はいつもヴァーロのことを考え、目は勝手に彼の姿を探していた。


 いつものように任務を終えて帰る途中、町の通りですれ違った男に目を奪われた。厩舎で馬と装備を返してからすぐ通りに引き返す。朝もやが煙る中を走り回って薄汚れたマントの男の背を見つけた時、心臓が大きく跳ねた。


「ヴァーロ!」


 俺の声に足を止め、マントの男が振り返る。右眼を眼帯で覆った、紺の髪の青年。間違いない、ヴァーロ本人だ。彼は俺の顔を見て、眼帯に覆われていないほうの目を驚きで丸くした。


「おまえ、まさかゼノンか」

「ああ、俺だよ。ゼノンだ」


 十年ぶりの再会に、うまく言葉が出てこない。互いの無事を喜び、肩を抱いて涙する。しばらくこの町に滞在するというので、時々予定を合わせて会おうと約束を交わした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る