第17話 友人たちの提案
翌日。
約束通り、俺と瑠衣姉は、八女先生のガーリー計画を実行していくため、具体的な作戦を立てていくことになった。
放課後になったら八女先生も呼んで、空き教室を使って三人で話し合おう。とのこと。
それまでに、いくつか案を考えていて欲しいとも言われたけど……。
「うーん……」
やはりというかなんというか。
朝のホームルームが終わり、俺はさっそく懊悩していた。
案を考えておいて、と言われても、そんな簡単に浮かんでこない。
机に肘をつき、眉間にしわを寄せて考えていた。
あのイケメン王子がどうすれば女性らしくなれるか。
「よっ、どしたよ林太? さっそく朝から浮かない顔してさ」
「愚か者、麦丘。そんなこと、聞かなくてもわかるだろう? 三代のことだ。どうせまた攻略対象のギャルゲキャラがすんなりと好意を抱いてくれなくて悩んでいるだけだ。三次元の女はもちろんのこと、二次元の女も攻略できんとはこいつらしい。放っておいてやるのが吉なんだよ」
やって来ましたよ、こいつら……。
特に今の大丸の発言は普通にイラっとしたけど、もうそんな真剣に構ってる場合じゃない。
俺は大まじめに考え事をしてる。
してるからこそ、苛立ちを抑えて、落ち着いた口調で問いかけた。
「……なあ、大丸?」
「ん。何だ、両次元童貞?」
「おい、当たり前のように失礼な呼び方するのやめろ。それはいくら何でもスルーできねーわ」
童貞なのは三次元だけだ。二次元なら何人も攻略してる。あんまりバカにするな。
「まあいいや。ちょっと質問があるんだけどさ」
「うむ。何だ? 何でも言ってみろ」
「例えばなんだけど、イケメン王子系のキャラが実は女の子で、その女の子から甘えた声で『私のこと、女の子っぽくしてぇ?』って言われたら、具体的にどういう方法で女の子っぽくしてあげる?」
「セ●クスする」
「あー、ごめん。お前に訊いた俺がバカだった。麦丘。麦丘ならどうする? どうやって女の子っぽくしてあげる?」
質問を投げかけると、クール系バカの横にいた麦丘は「んー」と宙を見て考えてくれる。
バカの方は、「貴様、質問したのなら俺の発言の意図までしっかり訊くべきであろうが!」とか言って抗議してきたけど無視。
深く訊いて、また周囲の女子から冷ややかな視線を頂戴するのだけは勘弁だ。これ以上自分の株を下げたくない。何なら、大丸とは教室で絡みたくないまである。教室外友達として通していきたい。
「まあ、真面目に答えるならよ、その子に似合った可愛い服を選んであげる、とかじゃね?」
「可愛い服、か……」
その言葉の意図を噛み砕くように俺が呟くと、麦丘は頷いた。
「イケメン王子系っていうんなら、ショートヘアの黒髪を俺はイメージしてんだけどさ、夏なら割とイメージ沸くよな。フリフリのTブラウスにホットパンツ、それからヒール付きのサンダル、みたいな」
「ふむふむ」
「他の季節でも色々似合うファッションはありそうだけど、とにかく俺はファッション責めしたいかな。恰好から入れば、人間気持ちも徐々に変わってくる、みたいなところあるし」
「なるほど。確かに一理ある」
麦丘の提示した服を頭の中で八女先生に着せたのだが、かなり可愛い気がした。
俺の頭の中でこれだ。実際に着てもらうと、その破壊力がより一層増すかもしれない。
「なら、口調はどうする? その女の子が自分のことを『僕』って言ってたら」
「そんなのむしろ高得点であろうがァ!」
俺を放っておくな、とばかりに大丸が割って入って来る。
声がでかいよ……。
俺はわざとらしく上体をうしろへ逸らしながら、迷惑げに奴を見やった。
麦丘は苦笑いを浮かべて頬を掻いている。
「お前は本当に愚かだな、三代! イケメン王子系だが実は女の子、のヒロインが自分のことを『僕』と言い、『僕、可愛くなれたかな?』なんて言ってる姿を想像してみろ! たまらんぞ! 俺は普通に死ねる!」
「死ねるってお前……」
なんて言いつつも、頭の中で八女先生が着ているワイシャツをはだけさせながら、『可愛い?』と訊いてきてくれているシーンを思い浮かべると、鼻血が出そうになった。
先生、シンプルに可愛いです……。
俺には心に決めた人がいるっていうのに、思わず鼻を抑えてしまう。出てないよな、血。
「いやー、でもさすが慎太郎。俺、それヤバい。めちゃくちゃグッとくる」
「当たり前だ。俺のシチュ作成力を舐めるな。他にもこういう女子とありがちなのはだな、男の洋式和式トイレを開けたら女モノのおパンツを身に付けたイケメン系彼女がいたとかっていうのも――」
「ブフッ!」
「おわぁ! な、なな、何だ三代!? 貴様、いきなり吹き出すとは!」
「り、林太!? お前、大丈夫かよ!?」
「ゲホッ! ゲホゲホッ! ゲホッ!」
ちょうど何気なしに飲んでいた水筒のお茶を吹き出してしまった。
いくら何でもピンポイント過ぎる。
動揺しかなかった。実際にそれを俺は体験したのだから。
「わ、悪い……ゲホッ! ちょ、ちょっとその……お、大丸の言ったシチュが笑えて……」
「わ、笑えて、だと? 笑える要素などどこにもなかったはずだが?」
「い、いや、笑える! 笑えるんだよ! はっははー! って。はは、はははは……!」
「「……???」」
ぎこちない俺の作り笑いは、二人にとって疑いの種でしかなかったと思う。
仕切り直すかのように、俺は咳払いした。
「と、とりあえず、だ。やっぱりイケメン系の彼女を女の子っぽくさせるには、恰好から選んであげるのが一番って感じだな?」
「まあ、そうだとは思うけど……」
釈然としない。
そんな思いを瞳に浮かべ、麦丘が頷く。
その隣にいた大丸は腕組みし、訝し気に俺へ問うてきた。
「しかし、三代。お前、そんなことを訊いてどうする?」
「……え?」
「現実でまるでモテないお前だ。お前の周りにそんな子がいるとも思えん。しかし、妙に三次元の話のような匂いを感じさせてくれる」
「ギクッ……」
ってバカか俺は。何で口で「ギクッ」とか言ってんの。また怪しまれるでしょうに!
「む……。何だ、今の『ギクッ』は? お前、何か隠しているな……?」
「さすがに今のは聞き逃せないぞ、林太? 何があった? 言ってみろよ?」
「あ……え、えーっと……その……」
「言え。正直に言え。さもなくば、お前の性癖を校内の女子全員にバラして回る」
「お前は鬼か! 絶対にやめれ、そんなの!」
大丸はどこまで行っても大丸だ。本当にやりかねないからこいつはヤバい。
「林太。何があったんだよ?」「ならば言え……! 俺たちに言うのだ……!」
二人がジリジリと接近し、圧を掛けてくる。
こ、ここはもう……!
「っ……!」
「「あっ……!」」
逃げた。ダッシュで。
一限が間もなく始まるっていうのに、俺は教室から一人出て行くのだった。
「「待てヤァぁぁぁぁ!」」
いや、一人じゃない。
おバカ二人もだ。
友と書いてバカと読む二人が、後ろから追いかけて来る。
俺はそれから必死になって逃げるのだった。
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