第15話 マッチングアプリでも

「どう……かな? 僕がもしも……仮に告白したとして……君はどう応えてくれる……?」


「そ、そんな……俺は……!」


「君の応え……聞きたいな……」


 本当にどういう状況だ。


 三代林太、高校二年。男。


 現在、夜の二十一時半頃。


 ファミレスの一席にて、仮恋人として契約してる二十八歳のお姉ちゃん以外に、男だと思っていた二十八歳の女性体育教師から言い寄られてる(?)。


 通常なら、先生ってこういう場合、「早く家に帰りなさい!」とか、「高校生がこんな時間に何してるの!」なんて言って怒るものじゃないんだろうか。


 酔ってるとはいえ、明らかに教師としての道から外れてる二人。


 そりゃわかりますよ……?


 自分たちの境遇が境遇で、焦りまくってて、それで冷静な判断ができないってことくらい。


 事実、俺だって瑠衣姉や八女先生のことを考えるなら、「大人としての自覚を持ってください!」とか、「そんなことしてたら教師クビになりますよ!」みたいな言葉を速攻で返すべきなんだと思う。


 でも、それをすぐにせず、ただうろたえている。


 どうして……?


 いや、決まってる。


 俺は……。


 俺は……!


「ご、ごめんなさい!」


「「――!?」」


 ゴンっと音がするくらい机に額をくっつけて謝罪。


 湧き出る想いと言葉と、それから事実を述べようとする口は止まらなかった。


「お、俺は、ここにいる俺の体は、意識は、既にもう瑠衣姉のモノなんです! 契約しちゃってるんです!」


「……け……契約……?」


 ポカンとしていた八女先生が、ゆっくりとその言葉を噛み締めるかのように呟く。


 俺は頭を下げたまま、「はい」と同調する。


「そ、その、俺と瑠衣姉、今、ちょ、ちょっとした遊び……そ、そう、ゲーム! ゲームみたいなことをしてて、『仮』で恋人として生活してるんです!」


「……へ……!?」


「も、もちろんヤバいことしてるのはわかってます! 瑠衣姉が俺なんかといかがわしいことをしたら教師クビになるし、恋愛関係を築いてるってなったら大問題だ!」


「そ……そうだよ! そうなんだぞ!?」


 自分のことを棚に上げて、結構な勢いで同意してくる八女先生。


 この人、たった今俺に「告白したらどうする?」的なことを聞いてきてたってのに。まあいいんだけど……。


「でも、これに関しては、瑠衣姉は一つも悪くない! 理由は簡単です! 俺が……! 俺が好きだから! 瑠衣姉のことっ!」


「んぇぇ!?」「ふぇぇ!?」


 情けない驚き声を出す八女先生と瑠衣姉。


 俺は顔を上げ、勢いのままに続ける。


「俺が一方的に好きって言ってるから、瑠衣姉は仕方なく付き合ってくれてるんです! 本気はヤバいし、あくまでも『恋人ごっこ』という形で!」


「ご……ごっこ……」「り、りん君っ……!? そ、そのっ、私っ……!」


 あたふたしながら、今にも「そうじゃなくて、私も大好きだよ!?」なんて言い出しそうだったので、瑠衣姉の方をギラッと睨み付ける。


 するとまあ、彼女は「ひやぅっ……!」と悲鳴を漏らし、大人しく黙り込んでくれた。


 ごめん、瑠衣姉。今ばっかりはちょっと黙ってて。俺のやり方で通させて欲しい。


「で、ですから、俺は……俺っていう体と意識は……瑠衣姉のことでいっぱいなんです。正直、他の女の人のことなんて考えられなくて……」


「……そ……そっか……そう……なんだ……」


 明らかに声のトーンが落ちた。


 顔をうつむかせ、惨めすぎるほどに自虐的な笑みを浮かべる八女先生。


 そこには、普段のイケメン王子様体育教師の爽やかな面影などまるでなかった。


 あるのは、崖っぷちの婚活にも失敗し、人生に絶望してるアラサー未婚女子の図……。


 なんか見てるこっちが泣きそうになってくる。可哀想すぎて。


「で、でも、八女先生は綺麗な方ですから! きっと俺なんかを相手にしなくたって、同じ歳くらいの良い男性は先生とお付き合いしたいって死ぬほど思ってるはずです!」


「………………かな………………?」


「は、はい! それはもう! 良い男性はその辺りゴロゴロしてます! 安心してください! 俺じゃなくてもいいんです!」


「……………………」


「……あ、あの……八女先生……?」


 うつむいた状態で静かになる八女先生。


 心配になり、呼び掛けると、彼女は顔をゆっくりと上げ、


「ぇぐっ……! ぐすっ……! それ……まっちんぐあぷりでも……ごかいれんぞくでおなじこといわれた……」


「……え……えぇ……」


 ガチ泣きだった。


 悲壮感がヤバい。


 胸がキュウと締め付けられる。


「みんな……ほかにもいいだんせいがいますよ……とか……ひっぐ……! おうじけいすぎてじょせいとしてあつかえないとかっ……んぐっ……! ぼくのこと……おとこにおもえてしまうってぇ……!」


「え……えっと……」


「ぼくは……ぼくは……もういいんだぁ……いっしょうこいびとなんてできずにおばあちゃんになってく……ひとりで……ひとりで……。あへ……あへへへへへ……へへぇぇぇん……!」


「あ……ああぁぁ……」


 笑ってるのか泣いてるのかどっちなのか。


 いや、見た感じ泣いてるようだった。


 机に突っ伏し、号泣。


 八女先生……。


 これはもう見てられない。


 でも、俺の言ってしまったことは撤回できないし……。


 いったいどうすればいいんだ。この状況。


「や、八女先生っ……!」


 どうしていいのかわからない。


 そうやって俺が頭を抱えそうになってた時だ。


 彼女の隣に座っていた瑠衣姉が八女先生の名前を呼ぶ。


「だ、大丈夫! 大丈夫だよ! 私に考えがあるから!」


「かんがえ……? おばあちゃんじゃなくて、おじいちゃんとしていきればいいってていあんかな……? えへへへへぇ……」


 この人はもうダメだ。早く何とかしてあげないと……。


「そ、そうじゃなくて! そ、そのっ!」


 瑠衣姉は意を決して提案する。


「わ、私とりん君で、一緒に八女先生を女性らしくチェンジさせるから! 見た目も、言葉遣いも、全部!」


 ……え……?


 シンとなった場にぽつりと発せられたのは、俺の頓狂な疑問符だけだった。

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