第6話 盗撮魔な瑠衣姉と仮恋人契約

「恋人でいてくれませんか? りん君が、同じ歳くらいの女の子を好きになる日まででいいから」


 切実に懇願してくる瑠衣姉の表情は、まるで捨てられた子犬のようで、子猫のようで。


 無意識なのか、両手をお腹の前で絡ませ、俺のことを懸命に見つめてくれていた。


 胸が締め付けられるような思いに駆られる。


 これだと、俺が彼女の告白を嫌々受けているみたいだ。


 全然そんなことはないのに。


 俺も瑠衣姉のことが好きで、好きで、大好きで、地位とか年齢差とか、そんなのを一切気にしなくてもいいのなら、すぐにでも喜んでお付き合いをしているはずなのに。


 嫌になった。


 こんなにも幸せな状況で、瑠衣姉のお願いを仕方なしに受け入れる演技をしなければならない現実に。


 頭を抱えてしまいたくなる。


 本当にごめん、瑠衣姉。


 いつか……いつか……近いうちに必ず俺の本音を余すことなく伝えるから。


「そ……それなら……いいけど? 要するに……恋人の演技をする、みたいな感じなんだよね? 本当に付き合うわけじゃなく」


 腕組みし、仕方ないとばかりに言う俺。


 表情も呆れてる風なのを作って見せてるつもりだけど、しっかりできてるだろうか。


 瑠衣姉はそんな俺を見て、こくこくと頭を縦に振る。


 安堵したような顔だった。


「う、うん。本当の交際とか結婚は……りん君からしてみれば、きっと迷惑でしかないと思うし」


「っ……。そ、それは……」


 そんなことない。


 本当は瑠衣姉を彼女にしたくてしたくてたまらない。


 でも、それを口にはできなかった。


 唇を結び、肯定とも、否定とも取れない曖昧な反応で誤魔化す。


「安心して? お姉ちゃんね、やっと冷静になれたの。どさくさに紛れてりん君の寝込みを襲ったりなんてしない」


「……え?」


「りん君のことを盗撮しまくってその写真を部屋中に貼り付けたり、りん君が本当に私と結婚したくなるような惚れ薬を料理に混入させたりとか、絶対絶対、ぜーったいにしないって誓うから」


「いや、それは誓わずとも自重して!? なんかえらく具体的だけど!」


「ぐ、ぐたっ……!? べ、別に今の段階でやってるから具体的なことが言えたってわけじゃないからね!? ち、ちちち、違うよ!?」


「……」


 怪しい。とても怪しい。


 挙動不審になって俺から目を逸らす瑠衣姉のことを、ジト目でジッと見つめる。


「だ、だって考えてみて、りん君! 朝起きたらお姉ちゃんが裸ワイシャツのまま横で眠ってました、なんてこと今まで無かったでしょ!? 離れ離れで暮らしてたんだし!」


「そうだね。無かったね」


 あってたまるもんか。


 そんなことがあったら……俺だってヤバいよ。色々と。


「だだ、だから、寝込みを襲う、なんてことはしてないでしょ~!?」


「じゃあ、盗撮は?」


「ふぇ……!?」


 瑠衣姉の顔が引きつる。


 俺は続けた。


「盗撮をして、写真を部屋中に貼り付けるってこともさすがにしてない?」


「え、えぅ……! う、うんっ……! それもしてないよ!」


 なんか今、若干怪しい間があったな。


「瑠衣姉の部屋とか、俺あんまり入った経験無いけど。本当に信じて大丈夫?」


「そ、それはもちろんっ! 信じて大丈夫だよ! 昔からお姉ちゃん、りん君に嘘ついたことあんまり無いし~!」


「まあ、そっか。確かに瑠衣姉が嘘つくってあんまり無かった」


「で、でしょ~? りん君を騙すなんて、お姉ちゃんそんなひどいことしないよ~」


「じゃあさ、瑠衣姉?」


「ん? なあに、りん君?」


「そのスカートのポケットから見えてるスマホ、何?」


「……へ……!?」


「気のせいかな? カメラモードになってない?」


「――っ!!!」


 一気に冷や汗を浮かべる瑠衣お姉様。


 俺は深々とため息をついた。


「ち、違うの、りん君! こ、これはその、りん君を盗撮しようとしてたわけじゃなくて!」


「盗撮しようとしてたわけじゃなくて?」


「あ、あの……え、ええっと……」


 しどろもどろになりながら、瑠衣姉はどうにかこうにか続ける。


「そ、そう! たまたま! たまたまカメラのアプリが開いちゃってたんだよ! 私の意思とは別! 困っちゃうよね、現代の利器って! 便利過ぎて、時折タッチしてないのにタッチしたことになって――」


「部屋、明日行っていい?」


「え!? へ、部屋!? あああ、明日!?」


「もちろん、瑠衣姉の。一人暮らしのアパートの部屋。さすがに実家の部屋で壁中に写真貼り付けてることなんてないだろうから」


「ちょ、えっ、う、嘘……!? ま、待って、りん君!? 部屋はダメ! 私の部屋に来るの、今は――」


「いいじゃん。俺たち、今恋人同士なんだから」


「――!?!?!?」


 言って、俺は自分の心臓が破裂しそうなのを我慢し、瑠衣姉との距離を縮める。


 顔が熱くて仕方ない。きっと真っ赤なはず。


 でも、そんな顔を、俺は瑠衣姉の顔にゆっくりと近付けた。


 瑠衣姉も瑠衣姉だ。


 真っ赤になって口をパクパクさせ、硬直しきってる。


 瞬きだって忘れてた。若干目が血走ってて、それが少し面白い。笑ってしまいそうになった。


「……瑠衣姉……」


 好きだ。


 大好き。


「俺……たぶん同い歳の子なんて……好きにならないと思う……」


「は……わわ……わ……」


「瑠衣姉との『仮恋人』、しっかりやるよ。だから――」


 今はまだ、これで許して欲しい。


 最大限勇気を振り絞り、俺は――




「ふぇ……?」




 瑠衣姉の額にキスをした。


 前髪をかき分けてあげ、本当に唇が軽く触れる程度。


 けれど、その後瑠衣姉が気を失ってしまったのはここだけの話だ。






●〇●〇●〇●






 気絶してしまった瑠衣姉が目覚めたのは、それから二時間ほど経ってからだった。


 時刻は夕方の四時半くらい。


 それくらいの時間になると、さすがに出掛けてた俺の両親も家へ帰って来る。


 面倒なことになりそうなので、なるべく父さんと母さんに瑠衣姉は会わせたくなかったのだが、そういうわけにもいかなかった。


 瑠衣姉が自室で寝てることを伝えると、両親は謎にテンション爆上がり。


 まあ、会うの自体久しぶりだからってのはあった。


 父さんは「大人の女性になったんだなぁ」なんてセクハラな独り言をかまし、母さんはそんな父さんを諫めつつ、少し豪勢な夕飯を作り始めた。もちろん、瑠衣姉に食べさせてあげるためだ。


「でも林太、もっと早く瑠衣ちゃんが来てること言ってくれればよかったのに。そしたらお母さん、出掛けた先で色んな食材買って来たわよ」


「……言えるわけないって、そんなの……」


「はぁ? 何でよ?」


「何でもだって」


 言えるわけがない。


 いや、言いたくなかった。瑠衣姉が家に来てるなんて。


 母さんたちに報告なんてしたら、恐らく買い物するどころか、予定よりも早く家へ帰って来てたはずだ。


 二人きりでいたかったんだ。


 もっと、瑠衣姉と。


 そしたら……。


 ……なんて。


 バカだな、俺。そんなの、絶対ダメに決まってるのに。

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