10.夜明け

濁ったような暗い夜。


『魔女がっ……!ぐぁ……っ』


『ま、待てやめろ……!命だけは――――――』


しゃっ。

実に軽い音と共に、シルエットになった人達が振るわれた大鎌に首を刈り取られる。

その鎌の持ち主は、見覚えのある長い銀髪で………………



 

 

「………っ!!」


「起きたか。おはよう、月音ちゃん」


「ひ…………っ!」


ベッド横の椅子に座っている魔女と目が合う。さっきの悪夢と彼女の姿が重なって、反射的に身構える。

考えうる限り最悪の目覚めだった。


「ああ〜、その……ごめん」


 珍しく素直に謝った彼女。

 

「……おはようございます」


私が警戒を緩めたのを察してか、膝の上に開いていた本を閉じ、椅子から私の足元のベッドの淵に腰掛けて来る。


「昨日のことはすまなかったね、驚いたろ」


「正直…もう、何がなんだか。……あの人たち、何者ですか」


自分でも分かるほど声が震えていた。

それに釣られて小刻みに体も震えてしまう。暖かいベッドの中なのに。


「あいつらは……私のような魔女を狩りに来たんだ」


固い表情のまま彼女がポツリと漏らす。


「魔女、狩り……」


一呼吸置き、万を持したように言葉を続けた。


「――宗教国家リスルディア。今この世界で絶大な勢力を持つ国だ。そしてその頂点に立つ人間こそ……教皇」


心底うんざりした顔で首を横に振り、ミェルさんは続ける。


「教皇は近年、躍起になって魔女狩りをしてるもんでね……たまに来るんだ、ああいうヤツらが」


昨晩、最後に残った男の人は……確か神様に祈っていた。

『神様、どうか忌々しき魔女に制裁を……!』と。


「ヤツらの教義によれば軽々しく魔力を使ってはならないそうだ。だからこそ、好き勝手魔力を研究してる私みたいなのが許せないらしい。理解できないねぇ〜」


「なるほど……だから……」


とんでもないことに巻き込まれた。国家そのものに目をつけられてる魔女と、私は一緒に居るんだ。

彼女の実力の高さは昨日理解したが、それでもいつ綻ぶかは分からない。


「大丈夫なんですか、ミェルさん……ほんとに私、帰れるんですか」


意図せず弱音が口をついた。

そんな私の不安を見透かすように、飄々とした態度で彼女が返す。


「大丈夫だよ?だって君の隣にいるのは稀代の天才なんだから」


この期に及んで何を言ってるんだ、この人は。


「疑ってるだろ?現に私は100年近く前の初魔女狩り以来、1度もヤツらに負けてないよ」


「そりゃ、あなたが生きてるってことはそういうことでしょうけど―――」


言い終わらない内に、ミェルさんの手が私の顎にまで伸びグイッと持ち上げられる。

眼前まで迫ってきたミェルさんの赤い眼が視界いっぱいに広がって……


「私を信じろ」


「ッ……!」


命令するかのような冷たい口調。こわい。やっぱりこの人、悪い人だったんだ。


「なーんてね!!」


そんなことを思った矢先、いきなり手を離して愉快そうに笑顔を見せてきた。


「……は?え、正気……?」


「なんだ正気って。……ま、いつもの毒舌が戻ったようで何よりだ」


この人なりに私を元気づけようとした……?いや、いくらミェルさんとはいえあまりにも異常過ぎる。一体今のは……


「私の眼を通して軽い魔術を使わせて貰ったよ、君の負の感情だけ吸い出してそこの花に移してみた」


言われてみれば、ベッド横の花瓶の花が黒ずんで萎れていた。

それに、さっきまで感じていた圧迫感と不快感がすっと胸から離れていく感覚がある。


「クリアになった頭で考えたまえ、最適解を」


……現状、この世界から帰るにはミェルさんに頼らざるを得ない。信用出来ないとはいえ、今の私の唯一の生命線はこの人しかいない訳で、つまるところいちいち要らない心配をする必要はない、ということ。


「……おかげさまで、考えがまとまりました」


「そりゃなにより〜」


あっさりとした返事だけ返し、試すようにニヤリと口角を歪めるミェルさん。

何もかも彼女の手のひらの上……なんて思ってしまうほど、底知れなさを感じさせる笑みだった。

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