第11話 このケーキはあなたが今食べたのより、ずっと甘いんです

「お客さま、お好みのものがあればお持ちしますよ」

「ああ、じゃあ俺は……焼きパイナップルお願いしていいですか?」

 八代さんはほぼ満腹らしく、回ってくる肉類はもう大体断っていた。俺はまだ入りそうだが、2時間コースなので、ラストオーダーもそろそろ近いかも知れない。

「アキラくん何食べる?時間近いからいっぱい頼んじゃいな」

 スタッフさんも笑顔でオーダーを待っていてくれている。俺は慌ててメニューを見た。

「ピッカーニャとアルカトラと、ガーリックステーキ……あとズッキーニお願いします」

「かしこまりました」

 オーダー入りまーす、と元気に言いながら、キッチンに戻っていく背中を見送る。

 ピッカーニャはイチボ、アルカトラはランプ、ガーリックステーキは何処なんだろう。何にしても、今日だけで1ヶ月分位の牛肉を食べた気がする。

「ほんと気持ちいいくらいよく食べるね、俺もうおなかいっぱいだよ」

「んー……でもそろそろ俺もおなかいっぱいかなあ、さすがに。めちゃくちゃ美味しかったです」

 カナタさんは薄くスライスされる焼きパイナップルを受け取りながら、店員さんに何か耳打ちした。

「なんかありました?」

「ん?まあ、頼んだの食べてからね」

 イタズラっぽく笑う優しいお兄さんは、何処までも俺に甘い。一体何処を気に入ってくれたんだろうか。

 そう言えば、今日は出てくる食事が楽しすぎて、あんまり話が出来なかった様な気がする。

「カナタさん、今日はありがとうございました……あの、なんで誘ってくれたんですか?」

「え?」

 かくんと首を傾げる。

 だってわからないのだ。俺に会いたい理由はなんだろう。

 女のコ達は俺と付き合ってみたいとか単に連れて歩きたいとか。

 男友達はどうだろう。

 今日みたいに下心がある日もあれば、単に遊ぶのに誘ってくれる時もあるから、一応一緒にいて楽しいと思ってくれてると思う。

 俺だって同年代の友達とくだらない話で笑うのは楽しい。あんまり大きい声で笑うタイプじゃないけれど。

 ああでも、カケル達とダンスの練習をしてる時は、自分らしくなく大声出して笑ってたな。

 盛大にすっ転んで、コンクリートが固くて馬鹿みたいに痛くて、無様だけど自分でなんだか面白くなっちゃって、そうして皆で笑って。

 そんなのも、ずっと前の話だ。

「うーん……単に会いたかったからかなあ、たまたま誕生日だったから、ダメ元で誘っちゃった」

「あ、ありがとうございます?おれそんなに愛想ないし、大丈夫なのかなと思って……」

 あっさり会いたいと言われてちょっとドキッとした。でも、何で俺なんだろう。

 αの見ててくれの良い男、という評価はいつでもついてまわる。

 優秀と言われるが単に小器用なだけで、実際は努力しないとすぐ振り落とされそうなのが現実だ。

 βは俺に夢を持っているが、その実、何もしなかったら残る強みは暴力性しかない。

 自分で思って、少し怖くなった。俺も威吠グレアが使える。あの日、会議室でドアを蹴っていた男と、根っこの部分では同じ攻撃性を持っている。

 この人はΩだ。俺の事が怖くないのだろうか。

 何より俺は場合によっては暴力を振るっている。例え怖い先輩のお誘いとは言え、俺が手を下している事実はそこにあるのだ。

 そんな事、この人には絶対に言えない。

「愛想はあるでしょ、いっつもにこにこしてるよ?」

「えっ、そうですか?」

「うん、食べてる時はとっても幸せそう。俺、それ見るのが楽しくて。ふふ、ごめんね、実はさ、なんか見てて癒されるんだよね」

 俺はつい自分の顔をぺたぺた触った。そんなにニヤニヤしてるんだろうか。大分恥ずかしい。

「ええ……なんかそれは恥ずいかも、ちょっと気を付けようかな」

「えーそんな事言わないで!ほらお肉来たよ! 」

「あっはい!」

 スタッフさんが二人来て、オーダーしたものを取り分けてくれる。目の前の肉汁したたる肉と、美味しさを知ってしまったズッキーニの炙り。

「ほら、可愛い顔してる。あ、セクハラじゃないよ?年相応で可愛いって事だよ」

 カナタさんこそにやにやしているが、俺は諦めて、ナイフとフォークを取った。食事も終盤、ソースは白ワインビネガーとオニオンでさっぱりいただくことにする。

 ナイフを引くと、やっぱりちょっとニヤニヤしているのが自分でわかる。気持ち悪くないか、俺?

「綺麗に食べるね」

「からかわないでください、食べにくいって」

「ホントだよ?」

 まったくもう、と思いながら見たカナタさんは、何故か一瞬、寂しそうに見えた。口元は笑っているのに、眉を少し寄せて。

 しかし、本当に一瞬だった。

 気になりながらも、目の前の皿を味わう事に集中せねばならない。折角食べるなら、温かいうちに食べなくては、提供してくれる人に失礼な気もする。

 昔の彼女を思い出す。食べる前に満足いくまで料理の写真を撮って、それをSNSに上げるのが生き甲斐みたいな子だった。

 ちょっと良いバーガーレストランに行った時も、やたらでかいプレートを頼んだと思ったら、食べ切れないと言って半分も残した。

 俺は写真に付き合わされてちょっと冷めたハンバーガーを食べて、ついでに彼女が残したのも平らげて、その日帰り道に彼女と別れた。

 色々言われたが、こんな事されてたらこの先耐えられないと思ったのだ。

 温かい料理は温かいうちに。だって、料理をする人は、一番美味しいタイミングで持ってきてくれるんだから。

「ランプ、うま……」

 しっかりとした噛みごたえがあるのに柔らかくて、噛むたび旨みが溢れる。

「あんまり可愛いって言うと嫌われちゃう、もう言わない」

 カナタさんはすっかり皿を空にして、俺が食べるのを寛いで見ている。

 多少恥ずかしいけど、もういいや。肉が美味いしズッキーニも美味い。

「俺の事可愛いっていうのはカナタさんくらいです」

「うそ」

「ほんとです。俺は無愛想で何考えてるかわかんないって言われてるんです。これでも」

「えーほんと?」

 俺はすっかり皿を空にして、ナイフとフォークを皿に並べた。

「ごちそうさまでした」

「足りた?」

 カナタさんがまた小首を傾げる。そういう仕草をすると子供っぽい人だ。なんというか、幼い瞬間がある。

「おなかいっぱいです」

「えー困る」

「……困る?」

 店内がふっと暗くなる。

 え、と思ってキョロキョロしてみると、他のテーブルもザワザワしていた。

 厨房から明かりが見える。

 ロウソクだ。

 ハッピーバースデー トゥーユー ハッピーバースデー トゥーユー

 スタッフさんが歌いながら、ロウソクの点いたプレートを運んでくる。周りの客も、ノリで一緒に歌い始めた。

 カナタさんも一緒に歌っている。

 ハッピーバースデーディア

「アキラくん」

 コトン、と俺の前にプレートが置かれた。皿にチョコレートで、Happy birthday と描かれた、デザートプレートだった。

 ハッピーバースデートゥーユー

「消して?」

 カナタさんが小声で言うのを聞いて、慌ててロウソクの火を吹き消した。店内に居る人がささやかに拍手をしてくれる。

 パチンと電気が点いて、スタッフさんがご協力ありがとうございましたと一声かけると、店内はすぐ、元の穏やかなざわめきを取り戻した。

 目の前には、幾つもの小さなケーキとフルーツ、ホイップクリームが盛り合わせになった、俺の為のプレート。

「顔真っ赤」

「ずるいです、こんなの」

 恥ずかしいから真っ赤なんだと言うことにして欲しい。自分の為に丁寧に用意された優しさに、少し涙が出そうになったなんて言えない。

 カラオケで出てきたハニートースト、ほとんど食べてないけど、結局誰が食べたんだろう。別に独り占めしたかった訳じゃない。ただ、ほんの少しだけ、大切にして欲しかった。

「……一緒に食べましょう?」

「じゃあ、少しだけもらおうかな、味見くらいね」

 フォークを取る手は、多分俺より小さい。でも、この人は俺の何倍もオトナなのだ。それがなんだか、とても嬉しかった。

 小さなチョコレートケーキを、更に半分にして、フォークで刺す。

「美味しい。今日すごく楽しかった。ねえ、またどっかご飯食べに行こうよ」

「……カナタさんが良いなら行きます」

「じゃあまた誘っちゃうよ?」

 俺は、この人に甘えたいのかも知れない。


 呼ばれた先は、焼き鳥の美味い、ちょっとオシャレな居酒屋だった。

 この辺りはリョージさんの居る組のシマ、らしい。あんまり突っ込んだことは聞かないが、どうしても耳には入ってくるものだ。

「アキラってば酷いんですよ?俺たちと遊んでたのに、途中で抜けて年上のおにーさんと飯食ってんすよ、酷くないっすか?」

「お前レモンサワー一杯で良くそんなに酔えんな」

 高校生が酒を飲んでいるのはまずいが、個室なので咎められることも無かった。

 リョージさんはタバコに火をつけながら、何ともない顔で俺に話を合わせている。別に用事があった訳では無く、連れが先に帰って暇だったから呼んだらしい。

「アキラなんかもうしらねえんだから!いつもスカしてんのになんか嬉しそうにしちゃって、ぜってーヤってますよアレは!」

「おにーさんとはやんないでしょ、アキラってバイなん?」

「だって、そのおにーさんΩなんっすよ!?」

「へえ」

「ぜってー俺にも紹介させますから!おれもΩのおにーさんにベッドでヨチヨチされたい!」

 リョージさんは、煙を吐くと同時に、小さく言った。

「俺も紹介してもらおうかな」


 続 

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