第9話 誕生日昼の部、あのでかいハニートーストの行方や如何に
あっという間に誕生日が来た。
『アキラ誕生日おめでとう!𝑯𝒂𝒑𝒑𝒚 𝒃𝒊𝒓𝒕𝒉𝒅𝒂𝒚!』
メッセージアプリに、二番目の兄ちゃんからのメッセージが来ていた。日付が変わってすぐに送ってくれたらしい。賑やかなスタンプが沢山押されたそれにお礼の返信をして、スマホを閉じる。
「おはよ、アキラおたおめ」
ルームメイトのカケルも、眠い目を擦りながらお祝いを言ってくれた。
色の抜けた金髪が寝乱れてもしゃもしゃしているのが面白い。ダースで居ると本人が言っているセフレちゃん達も、こんなマヌケな寝起きの姿を見るのだろうか。
「ん、ありがと」
「今日のカラオケ俺も行くから……」
そう言って、やたらでかい欠伸をした。昨日帰ってきたのも遅かったし、寝不足なのだろう。
セフレと遊んでいたのか、リョージさんに呼ばれたのか。
考えても仕方無い。カケルは大分リョージさん寄りの思考で、言ってみればかなり懐いている。
そして俺は、リョージさんとはなるべく円満に縁を切りたいと思っている。
「そうなん? 俺途中で抜けるけど」
「はあ? お前の誕生日だろ?」
「『俺の誕生日にかこつけて、主催が目当ての女のコ呼びたい会』なんだよ今日のは」
「ええ……知らんけど」
カケルはドン引きしている。俺は顔を洗おうかとゴソゴソ支度を始めた。駅前に集合11時、まだ余裕だ。
「抜けてどうすんの?俺も良さそうな子居なかったら一緒に抜けようかな」
「んー……でも俺その後約束あるから付き合えんよ?」
「約束?」
聞こえた声が思ったより大きくて振り向くと、カケルが困惑した表情で俺を見据えている。
「誰? カノジョ?」
「お前は違うのかもだけどさ、普通カノジョが居たらこんな合コンみたいなチャラチャラした集まりには参加せんのよ」
呆れた。カケルは女遊びに際限が無いが、俺までそんな軟派な男だと思われるのは心外だ。最も、真面目で硬派って訳でも無いが。
「俺はカノジョは作らんの。皆楽しく俺とセフレしてんの。だから合コンに行ってもだーれも困んないの!」
「クズだなあ、淋病うつされてチンコ痛すぎて泣いてたくせに」
「とにかく!」
だからデカい声を出すんじゃ無いよ。びっくりしたのか隣の部屋からガコッと何か事故った音がした。すまんな隣室の奴。
「クソ無神経でクソ薄情なお前がわざわざ約束して誕生日に会うだと!? どんなやべえ女だよ!」
「いや男だけど」
「はあ? 誕生日だぞ? 何? 家族とか?」
「ははは」
家族か。メッセージくれた兄ちゃん意外は全然連絡も取ってないや。何なら兄ちゃんとも何年も会ってない。
「や、前言ったバイト先の人」
「Ωの!? やっぱお前えっちしてんの!?」
ちょっとカチンときた。記憶の中のあのひとが語りかけてくる。真黒な髪と、猫のように綺麗な目で。
『アキラくんは、優しくて良い子だね』
「する訳ねえだろ」
怒りのまま、使いかけのコンドームの箱を投げつけた。0.02ミリの優しさは見事にカケルの頭にクリーンヒットする。ざまぁ。
「痛え!」
「それやるからちゃんと使えよ」
コンドームはマナーであり相手を守るものでもあり、自衛に欠かせないものでもある。安全日なんて存在しないものを数えているバカに理解できるかは知らないが。
「俺だって持ってるもん」
「毎度使わなきゃ意味ねーだろイカレチンポが」
待ち合わせにやって来たのは、皆そこそこ可愛い女のコが五人。こっちも主催と俺とカケルと、あと二人クラスの奴が居て五人である。やはり合コンだ。
俺は浮かない程度に喋りつつ、早々に女のコに両脇を固められて少しゲンナリした。ダメだ。折角来てくれたのにくたびれた態度を見せるのも失礼である。
「あのね、
「えー……わかんない、いつ?」
マイというその子は、太っている訳では無いがちょっとむっちりした体型で、セミロングの髪を明るめの茶色に染めていた。
所謂可愛いコ、程々に肉がついているのが男好きする感じだ。おっぱいも大きいし顔も童顔でかわいい。
さぞモテるんだろうな、と思う。ちょっと大袈裟な仕草に、不思議と自信が溢れている。
ロックオンされているのだろうが、生憎今日はこの後予定があるので、適当に躱さねばならない。
「いつだと思う?」
ふふっと笑った顔は庇護欲をそそるが、これは多分、会ったこと無いんじゃないかな? と思う。その手に乗るか、乗らないか。
「いつだろ、思い出したら言うわ」
「えー? 思い出せるかな?ちょっとだったよ?」
会話の糸口にしたかったのだろうが、とりあえずカラオケに入ってしまえば何とかなるだろう。
十人フリータイム、結構広い部屋だ。花火付きの誕生日仕様のハニートーストはサービスでついたらしい。食パンを一斤丸々使った生クリーム塗れのトーストはバースデープレートらしくパチパチ光る花火が刺さっている。
SNS映えを意識したサービスであろう華やかな皿に、女の子がパシャパシャとスマホで写真を撮る。上手く撮るのに忙しそうだが、幸い俺は画角から逃げられた。
その場のノリでハッピーバースデートゥーユーなんか歌って貰ったりして。
一通りきゃあきゃあ言いながら食べたり飲んだり歌ったり、面倒と思って来たが、始まってみたら案外楽しかった。
女のコ達が流行りのアイドルの歌を歌って居る横で、カケルが好みのコにちょっかいを出している。
「そのパーカーカワイイね、超似合ってんよ」
「えーありがと。SHUEINで買ったんだー」
流行りの外資系の、安い通販の服だ。ハズレも多いらしいが、兎に角安いので女のコにも大人気。らしい。
中にはとんでもない粗悪なものもあるらしい。そういうのに当たっちゃうとどうするんだろう。捨てるなり売るなり、タンスの肥やしにするなりって感じだろうか。
なんにしても、安すぎる故にあまり問題にならないのか。
「ねえ、思い出した?」
「全然?」
「えーほんと?」
例のマイちゃんは俺の足に手を置いて、結構大っぴらにアピールをしてくれている。まあ合コンだもんなあと思いつつ、こういう女のコを全力で出してくるタイプはあんまり好みじゃない。
しかし、ぽよん、と腕に胸が当たって、一瞬どきっとした。
「ねえねえいい事教えてあげる」
「何?」
胸を恐らくわざと当てたまま、コソっと耳に吹き込まれた。カラオケの喧騒で、周りには全く聞こえないだろう。
「わたしΩなの、ナイショだよ……」
グレーっぽいカラコンを入れた目が、妖艶に細められた。
「マジで……?」
「今は抑制剤と中和剤使ってるけど……ねえ、後で抜けようよ」
赤味のかかったピンク色に塗られた唇が、濡れた輝きを放つ。
Ω。本能的に惹かれる響きだ。この子を抱いたらどんな風になるんだろう。
八代さんは、あの蹴破られそうなドアの向こうで、どんな香りを発していたんだったか。
「そうだ」
そう、今日はこれから八代さんと約束があるんだ。
「何が?」
「今日は無理。この後職場の人と約束してるから」
マイちゃんはむくれて、あからさまに気分を悪くした様だった。
「折角来たのに。じゃあ連絡先だけ交換して」
「……いいよ」
それで納得してくれるなら。あと、Ωの子ってだけで、少しだけ興味が出てしまったから。
「えーアキラ本当に抜けんの?」
そう言ったクラスメイトは、口だけで全然引き止める訳でも無くマイちゃんの横に陣取っている。元々お目当てはマイちゃんだったんだろう。俺が帰ってむしろ好都合と言ったところだ。
「うん、先出るわ。今日はありがとうね」
参加費を適当に渡すと、「主役だから良いのに〜」と声がかかった。まあでも高校生の小遣いなんて皆たかが知れているし、奢ってもらうのも悪い。
「また遊ぼうね〜」
マイちゃんはヒラヒラと手を振って、俺はそれに手を振り返してガラスのドアを閉めた。
直ぐに中からまたワイワイ声がする。主役だろうが誕生日だろうが、俺なんて居なくても困らないのだ。
少し胸に冷たい風邪が吹くのを感じて、俺はそれを振り払う様に外に出た。
待ち合わせは五時、俺が昼は友達と会うと言ったら、同じ駅で店を探してくれたらしい。
そういう些細な気遣いが優しくて、大人の人は素敵だ、としみじみ思ってしまう。カラオケでちょっと疲れてしまった。
『わたしΩなの、ナイショだよ……』
女のコの甘い声。疲れた。疲れたけど、興味が無い訳でも無い。男がバカなのかαがバカなのか。
雑念を振り払う。
「志津くん! こっち!」
低いテノールに呼ばれて、ぱっと振り返った。
八代さんは、黒のスラックスに、品の良いシンプルなトレンチコートを合わせていた。
色はチャコール。質の良さそうなそれは、ピタリと身体のラインにフィットしている。
「お久しぶりです八代さん……そのコート似合ってますね」
きっとこれから何年も、この人を温めるのだろう。あの使い捨てみたいな服とは違って。
「そう? ありがと。気に入ってるんだ。友達が選んでくれて」
ツキン、と胸に痛みが走る。一緒に服を買いに行くのは、どういう人だろう。俺みたいな子供じゃダメだろうか。
「お店すぐ近くなんだ! ちゃんとお腹空かせて来た?」
Ωの女のコなんてすぐどうでも良くなってしまった。
どうしたらこの優しいお兄さんと、もっとちゃんと友達になれるんだろう。
続
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