第10話 美少女巻き込まれ系



 ある日曜日、今日も朝から家では両親が言い争いをしています。

 支給された子供手当を増やしてくると、やる気満々の父親と、それをさせまいとする母親の争いです。


 でも、結果は見えています。世の中腕力のある方が勝つのです。

 母親の力では、封筒を握りしめて出ていく父親を止めるすべは無いのです。子供の勇太くんにもどうすることも出来ませんでした。


 いつもの光景に、もはや慣れてしまった勇太くんは気にせず歯磨きをしていました。


 ……。


 勇太君は今日も印税生活を夢見て家を出ました。

 勇太君は小さいころから街の中を探検しまくっていたので、色々な秘密の抜け道を知っていました。今日も商店街の店と店の間の、道なき道へと進んでいきます。


 その時でした。普段誰も通らないはずの抜け道に人の気配がします。


 ――なんだ?


 勇太くんが何だろうと進んでいくとどうやら人が争っているようです。恐る恐る覗いてみると、そこでは一人の少女が三人のナニカと戦っていました。

 なんでしょうか。ナニカは全身真っ黒で少し怪しいです。そして、三人の向こうでチラチラと見える少女は数的不利にも関わらず、割といい戦いをしています。


 勇太くんはそれを見つめながら、ここに居たら危険だと感じ、そっと後ろに下がろうとしました。


 ガラン!


 その時勇太くんは、足元にあった空き缶を蹴ってしまったのです。


「だーれーだー」

 

 その音に少女と戦っていた全身真っ黒な何かのうちの一体が勇太くんの方を振り向きました。


「ひっ!」


 勇太くんはその姿を見て思わず悲鳴を漏らします。

 その真っ黒な何かには顔がありませんでした。いや。口だけが、涎を垂らしながら半開きの状態です。隙間からは不揃いな歯を見せながら、そのナニカがしゃべります。


「みーたーなー」


 そのあまりのおぞましさに、勇太くんは腰を抜かしてしまいました。


「勇太くん!」


 ナニカが勇太くんに襲いかかろうとしたとき、戦っていた少女がさっと、勇太くんの前に立ちます。そして、そのナニカと戦い始めました。


「え……」


 勇太くんはその少女を知っていました。


 紛れもなく、さつきちゃんでした。


 驚いて口をパクパクさせている間に、さつきちゃんは次々と真っ黒なナニカを倒していきます。その手慣れた感じはいつものさつきちゃんと同一人物だとは思えません。


 やがて、真っ黒なナニカはさつきちゃんに勝てないと見て、逃げていきました。

 それを確認したさつきちゃんは、はぁはぁと肩で息をしながら勇太くんを振り向きました。


「勇太くん……。今の……見えてしまったのね……」

「え? 見えたって、だって……」

「そう……。もう、勇太くんは定めの輪に入ってしまった……」

「ど、どういう事?」

「奴らに喰われるか……。奴らを喰うか……」


 勇太くんにはさつきちゃんが何を言っているかわかりません。だけど、さつきちゃんは寂しそうな顔で勇太くんをみつめていました……。


 その時です、真っ黒なナニカの一体が再び現れました。


「ひっ!」


 勇太くんが悲鳴を上げます。


 そのナニカは、手を首のあたりに持っていくと、バサッ。


 一気に顔に被っているものを脱ぎ捨てました。


 そこにはニコニコした博士が居たではないですか。


「え? ……博士?」

「そうじゃ、わかったかな?」

「分かったって……。何が?」

「物語の始まりを感じなかったか?」

「物語の……はじまり?」

「そうじゃ、いまのが美少女に巻き込まれ系じゃ」

「……あ」


 勇太くんは以前博士がホワイトボードに書いたテンプレの箇条書きを思い出しました。


「やーん。美少女なんてぇ~」


 さつきちゃんが顔を赤らめてうつむきます。


「なるほど。そういうことなんですね」


 よくわからないけど、よくわかったみたいでした。

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