第35話吸血鬼の始まり



「はっきり言うと、海は特異体質だね」



死人狩りの帰り、天明の研究ラボへと寄って血液と口腔上皮を取り、先祖や体質について詳しく調べてもらうことになった。



DNA鑑定の結果は、先祖まで精密に調べるために大体2週間はかかるそうで、とりあえずは私の体質について血液を調べてくれる事になった。



顕微鏡で見れば分かるらしく、天明は興味深そうに私の血液を眺めている



研究の事は全く分からない私と猿田は、大人しく、顕微鏡を眺める天明を眺めていた。



暫くして、やっと顕微鏡から顔を上げたと思えば、天明はスタスタと奥の部屋へと行き、片手にコップを持って戻ってくると、なにやら赤い液体が入ったコップを渡された。



「これ、飲める?」


「血、ですか?」


「そう、これ飲んでみて」


コップの中の赤い血液からほのかに甘い香りが漂ってきて、思わずごくりと唾を飲み込んだ






当然、猿田の血だろうと思いごくりとひとくち飲み込むと口に入れた瞬間から広がる甘くてまろやかな風味。



いつもより、癖がなく飲みやすい血を全部飲み干すと、隣の猿田はやけに驚いた声で私の名前を呼んだ


視線を向けると彼はなぜか驚いた表情で私の持つコップを指差していた



「は、お前…俺以外の血も飲めるわけぇ?!」


「え?これ強ちゃんの血じゃないの?」


「ちがうヨ、これはマリの血」


「ええぇ!?…の、飲んじゃった!!」



特に慌てる様子もなく、先ほど手渡した血は犬山の血だという天明に私は声を上げた


当然、猿田の血だと勘違いしていたせいで、抵抗なく飲んでしまったけれど、言われてみれば確かにいつもと味が違った様な気も…する



というか、正直匂いや飲んだだけでは誰の血かなんて判別できない。


純血や混血でもない私は、飲む前に誰の血かを教えてもらわなければ全く分からないレベルだ



「うん、大丈夫だヨ?ん〜やっぱり海は吸血鬼化してるけど、眷属や死人とは違うね」



「でも、これじゃ…俺らと変わらないんじゃないですか?」



「うーん…、確かに主人の血以外も飲めるし、ちゃんと自我もあるからね〜」



「え、なになに?どういうことですか?!私変?」



「変というかさ、普通なら俺以外の血は受けつけないはずなのに、今普通に飲んでたよな?」



「うん…?」



「おかしくね?」


言われてみれば、全く抵抗なく猿田以外の血を飲んでいた。


むしろ、匂いを嗅いだ瞬間から早く飲みたいと思ったほどだ




「はっきり言うと、海は特異体質だね」



いきなり天明に特異体質だと言われても、いまいちピンとこない 


未だに理解できていない私のために、天明はホワイトボードに絵を描いて説明し始めた


キュッキュッと音を立てながら、ホワイトボードに、丸い円を人に見立てて描く様子を眺めた



「これで説明するネ?…この吸血鬼と人間が誓いをたてると、吸血鬼の名前のかかれたくさりが人間の体を縛る。人間はくさりをかけられたら、その相手にはぜったいに逆らえないし、この主人が死んだら眷属も死ぬ」



鎖を見立てて、線を引き眷属に自分の名前を書いて僕のと説明する天明は、なんだが可愛い


それに、少しイントネーションが違う日本語も多々あるけれど、天明の説明は分かりやすくよく理解できた。



「あ!その話は玲から聞きました!…主人の血を吸えなくなるから、枯渇して死ぬんですよね?」


「そう、眷属になったら絶対に主人の血しか飲めない。だけどその代わりに眷属は吸血鬼と同じ力を得る」



「でも、眷属は俺達と違って死ぬまで主人の血を飲まないと生きていけないし、主人には逆らえないわけよ。考えてみれば眷属に自由はないな」



「あ〜!それは知ってます。眷属は奴隷ってやつ?」



「まぁ〜そうだね。でも海は吸血鬼化してるけど奴隷ではないよネ?どちらかと言うと、僕達に似てる。でも違うのは枯渇をふせぐ方法が血なだけ…」


「血かぁ…確かに美味しいけど私も鉄分で補えたらよかったなぁ」



私もここ2週間前に、鉄分だけで補えるかもしれないと、プレーンジュースやバナナ、サプリを貰って試してみた。


けれど、どれも意味がなくやはり私の場合は血でないと枯渇は防げなかった。


「そうだよなぁ、どうせならお前も俺達と同じならよかったのにな」





「ねぇ、海は最近よく喉が渇く?」



「え?…そうですね?前よりは頻繁に渇いてるかも」




天明は、顕微鏡をまた覗きながら私の血を確認すると、何やら試験管を取り出し採取した私の血を垂らしたり、液体と混ぜている


何を調べているのかは、よく分からないけれど、見ている分には面白そうだ





「あ〜やっぱりそっかぁ。僕達も疲れると鉄分不足になるんだよ、でもその都度、鉄分を摂取すればいいんだけど、海はその分毎回血を摂取しないといけないネ。これだと士郎だけじゃ負担になるんじゃない?」



「確かに…言われてみれば最近は飲む頻度も増えた気がします」




「うん、その分士郎も鉄分を摂取する量が増えるネ?けど、海が他の血も飲めるなら士郎だけじゃなくて他にも頼んだ方がいいかも」



「…まぁ、他の血も飲めるならそれもありだなぁ、お前を枯渇状態にしない為には俺以外にも気軽に頼める様になってた方がいいかもな」 



確かに、初めの時と比べると血を飲む頻度は確かに増えている。


初めは、1日に500mlぐらいを1回飲めば、1日ぐらいは普通に過ごせていたはずなのに、運動を始めてからは、やけに喉の渇きが早くなった


結果的に今では、500mlを朝昼晩の3食ならぬ3飲も飲んでいるのだから、あきらかに猿田の負担になっているのは事実。


猿田はいつも忙しそうにしているし、飲む頻度も多くなったいまは、なんだか血をもらうのが申し訳ない


現に今も、何回も貰っているからその分猿田も鉄分不足になり、身体に負担がかかっているはずだ。


猿田はこう見えて、結構優しい性格をしているし責任感もある方なので、嫌だとは決して言わない


でも猿田の血だけでなく、他の血も飲めるのならば、毎回猿田にばかり負担をかけるのは避けたい


でも、ぶっちゃけ猿田以外に血を下さいなんて言いづらい




「そうなんだけど、血を飲ませてって言うのは…ちょっと頼みにくいなぁ〜なんて…」



「そう?じゃあ僕にも頼みにくい?」



「…師匠には言えるかも」


「ふふ、言えるんだ?……でも、僕の血はダメ。僕の血はネ、特殊だから飲むのはやめといた方がいい」


「え!?と、特殊?!」


「まぁ確かに、純血の血は貴重だからな!そう簡単には飲めないっすよねぇ!」


「うん…まぁそんなところ。ん〜…じゃあ王蓮は?」


「へ?!い、いや!ボスには絶対言えないです!」



王蓮にはもっと、頼めるはずがない


ただでさえ、一緒に過ごした事がないというのに、急にそんな頼み事などできない。

大体、未だに王蓮には緊張してしまってまともに話もできないと言うのに…


そんな王蓮の腕にかぶりついて血を吸うなど、考えるだけでも恐れ多い


「てか、ボスは絶対にくれないだろ?!」



猿田の言う通り、あの王蓮が気軽にいいよ?なんて言うはずがないし、全く想像できない


こくこくと、猿田の言葉に勢いよく頷けば天明は腕を組んでうーんと悩み始めた



「そうかなぁ?…じゃあ玲?後は…風太郎とかマリ?」


「あー…確かに!その3人なら頼みやすいんじゃない?」



「そ、そうだね。とりあえず3人に言うだけ伝えてみます!…ただ、その時強ちゃんもきてくれる?」




頼みやすくはあるけれど、1人で言いに行くのはなんだか、気恥ずかしいのでどうせなら一緒に話してくれると助かる


お願いと手を合わせて頼めば、猿田はいいよと二つ返事をくれた。




「良かったね、じゃあ王蓮に頼む時は僕もついていくよ」



「いやいや、ボスには頼まないから大丈夫です」



「そう?残念だな〜」



「まぁ、でも意外と天明さんが言えばワンチャンいけそうではあるけど…まぁボスには言いにくいよなぁ」


「う、うん!言えない言えない!」


まず、緊張してうまく話せないかも!と、言えば天明は目を細めて微笑んだ


猿田は、何やら言っていたが聞こえないふりをした。


「ふふ、かわいいネ」



「お前さ…俺の時と態度違いすぎない??」











「じゃあ、問題は海の体質だね」



「特異体質ってやつですか?」


「うん。…ねぇ海は士郎よりも前に誰か他の吸血鬼から血を貰ったことある?」



「…他の吸血鬼?」


「え、そうなの?」



「強ちゃん以外にってこと??いやいや、貰ったことないですよ!?」


「でも、海の血を見る限り…」



天明はまた、顕微鏡に目を通すと私の血を調べながら、ここにあるんだよねーと独り言を呟いた


なにがあるのか分からない素人の私達は、声を揃えて首を傾げた


「「…なにが?」」


「…あ〜…僕の勘違いかも?」



「師匠の勘違い??」


「え、天明さんが?」


「うん?僕だって間違う事くらいあるヨ?それくらい海の血液は変わってる。今見てる限り海の細胞が士郎の血を取り込んで、自分のものにしてるね」



「「怖っ!」」


「でも、特に士郎の血と混ざって暴走してる訳でもないし、正常な吸血鬼の血液とそこまで変わらないから、心配することでもないヨ」



心配するなと言われても、さすがに猿田の血を取り込んでるのは怖い

まぁ、でもこの私の体質が危険では無さそうなので安心ではある



「とりあえず変じゃないなら安心しました〜」


「変じゃないよ?神話に出てくるエンディも海みたいに突然変異タイプだしネ」




「…神話?か、神さまですか?!」


「エンディ?あ、その名前俺もそれ聞いたことある!」




「え、誰ですか?」





「エンディは、神話に出てくる人物で女神ミルミールと恋をした人間だよ」



「人間と女神様がですか?」


「そう、人間に恋をした女神ミルミールが、エンディが長生きできる様に、彼にも神と同じ力を与えた。そしてこの2人の間にできた子供達が僕ら吸血鬼の始祖様って話」


「し、始祖?」



天明が言うには、勝手にミルミールがエンディに能力を与えたので、それに腹を立てた父が罰として、彼らの子孫は血を吸わなければ生きていけない体質に変えてしまったのだと



ミルミールの父、ドラゴは神話によると、全知全能の神、彼は有名な神様なので私でも知っていたけれど、娘の話は初耳だった



全知全能の神の怒りに触れた2人はその後子供を産むたびに、皆吸血鬼として生まれ、成長するたびに周りに化け物と恐れられた。


人や動物の血を飲んで暮らさなければならない我が子達をミルミールは哀れに思い、せめて子供が生きていける様に彼女は三つの能力を与えた。


それが治癒の力と高い身体能力、そして最後に人よりも長い命と若さ




「それが今の吸血鬼の能力、ですか?」


「そう、これが始まりみたいだよ」



「そんな始まりだったんですね…」



「でも、これも結構美化してるだけで実際は分からない。僕らも永遠の命がある訳じゃないから昔を見てきたわけじゃないし、本当かどうか判別できないからね」


「そっかぁ…てっきり吸血鬼って永遠の命を持ってるんだとばかり思ってました!」


「違うよ、僕達の寿命は大体500年ってところだネ」


「ちなみに混血はそんなに長生きしないからなぁ?」


「そうなの?」



「長くて200年ぐらいじゃね?」




確かに、500年に比べると200年は短くは感じるけれど、私からすれば、それも長いと思う。


人間はそれに比べると頑張って90歳ぐらいだろうし、人と比べると2人の年齢はどちらも長い





「歴史とか神話って面白いですね?」


「うん、面白いよ。その神話で分かりやすく説明すると海が吸血鬼化したのも別におかしくないってことだからね、エンディも元は人間だったわけだから」


「じゃあ、その立ち位置で言えば、俺が女神ってことか?」



「まぁ…そうだネ?」



「…それはなんか、すごく嫌なんだけど」




猿田と私は別に恋していないから、神話の2人みたいにロマンティックな話とは全く違うけれど、猿田から力を与えられたと思えば確かにミルミールとエンディの話に似ている、かも


けれど、やはり猿田が女神というのはいただけない。






 



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