【10】

「で、あたしに話したいことって何なの?」

小宮山修平(こみやましゅうへい)を部屋に上げた光は、テーブルを挟んで座るそうそう切り出した。

隣の席に座った渚は、腕を組んで黙っている。


「実はですね」

小宮山は少しおどおどした口調で話し始めた。


「こちらの携帯なんですが、沢渡さんの位置情報が分かるように設定されてるんですよ」

「どういうこと?」

「沢渡さんから、もし連絡が取れなくなった時の保険として、僕が預かってたんです。それで、昨日から全然連絡がなくなってしまったので、位置情報を確認してみたんですけど…」

そこまで言って小宮山は口籠った。


「いいから、その先をさっさと言う!」

光が切れて言うと、小宮山はビクッと体を硬直させた。

沢渡から光の短気さは聞いているらしく、かなり緊張しているようだ。


「す、すみません。そのですね。沢渡さんの位置情報が、一か所に留まって動いてないんですよ」

「つまり、そこが監禁されてる場所ってことか」

その時横から渚が口を挟んだ。


「えっ?沢渡さん、監禁されてるんですか?」

「何だ。あんた知らなかったの?」

「全然知りませんでした。えー。どうしよう」

光と渚は、小宮山の呑気さに呆れかえる。


「まあいいや。それであんた、その場所がどこだか分かる?」

「ここです」

光の問いに、小宮山は携帯の画面上の地図を示した。


「地図アプリで調べてみたら、どうも都内にある政治家の邸宅みたいなんですけでど。沢渡さん、何でそんな所に」

それには答えず、光と渚は顔を見合わせた。

「間違いないな」

渚に頷いた光は、小宮山に質した。

「それで、その政治家って誰よ?」


「蘇我大道(そがひろみち)っていう、与党の大物議員です」

「蘇我ねえ。聞いたことあんな」

「そいつの娘が、ストーカーを誘拐させたと」

「えっ?沢渡さん、誘拐されたんですか?」

小宮山は2人の会話を聞いて、目を丸くする。


「まあいいから。そんなことより、あんた。この携帯預かっていい?」

「それはまあ、光さんだったら、沢渡さんも、痛っ」

そこまで小宮山が言った時、光がテーブルの下から向う脛を蹴飛ばした。


「さっきから、あたしの名前を、『光さん』なんて気安く呼んでんじゃない」

かなり痛かったようで、小宮山はテーブルに突っ伏して藻掻いている。

それを横目に見ながら、2人は話し合った。


「これ、伊野のおっさんに連絡した方がいいよな」

「そうだね。それで警察がそこに踏み込んで、事件解決でいいんじゃないかな」


渚の賛同を得た光は、まだ苦しんでいる小宮山に言った。

「あんた、もう帰っていいわ。後は警察に任せるから」


それを聞いて呆気に取られる小宮山に、今度は渚が追い打ちをかける。

「それから、ここ出たら公安が張ってると思うから、多分あんた引っ張られるよ。そん時は、ここで喋ったこと、そのまんま喋っていいからね」


2人は小宮山を追い出すと、早速伊野に連絡する。

伊野は、すぐに電話に出た。


光が今小宮山から得た情報を話すと、伊野は電話の向こうで黙り込んでしまった。

「どうしたん。何かあったの?」

光がせっ突くと、伊野は苦しそうに応える。

「実は、あまり状況がよくないんだ」


「どういうこと?」

「沢渡君の父親が、警察に協力せんのだ。かなりの警察嫌いらしい」

それを聞いて、光はあっと思った。


「でもさ。ストーカーが光の目の前で攫われたのは事実なんだから、それで捜査令状とか取れんじゃないの?」

伊野と光の会話をスピーカー音声で聞いていた渚が、横から口を挟んだ。


「それが無理なんだ。親族や親しい知人などから捜索願が出ていないと、警察としては身動き取れんのだよ。だから父親に接触したんだが」

「待ってよ。自分の息子が誘拐されてんだから、いくら警察嫌いでも協力すんでしょう。普通」


光に追及されて、伊野はさらに苦々し気に応えた。

「それがな。警察だと名乗った途端、要件を言う前に電話を切られたらしい。その後は電話も取らんそうなんだ。直接刑事を家に遣ったんだが、こちらも門前払いだったそうだ」


それを聞いた2人は同時に吐き捨てた。

「そいつアホか?」

「そいつアホだ」

光の問いと渚の答えが見事にシンクロする。

それを聞いた伊野が、深い溜息を漏らすのが、電話越しに聞こえてきた。


「それでどうすんのさ?今頃ストーカーの奴、洗脳されてるかも知れないんでしょ?」

「すまんが、正直言って手詰まりだ。あんたが教えてくれた、ラーメン屋の夫婦も現在行方が知れていない。そちらから証言が取れたら、捜査令状を請求できるんだが」

伊野は無念そうに言う。


「何とかなんないの?例えば、あたしが捜索願を出すとか」

「あんたは沢渡君と親しいのかい?」

そう言われて、光は一瞬言葉に詰まる。

親しいなどとは、口が裂けても言いたくないからだ。


「うー」

光が返事に困って唸っていると、横から渚が口を出した。

「親しいかと訊かれれば、ちょっとくらいは親しいから、それで何とかなんないかな?」


「よし。所轄に連絡して受理させるようにするから、とにかく最寄りの警察署に行ってくれ。ところで、沢渡君の住所は分かるかね?」

「住所までは分からんよ。この辺に引っ越して来たとは言ってたけど」


「分かった。それも含めて、伝えておこう。それであんたらの住所はどの辺りなのかね?」

光はマンションの住所を伝える。

「それでは明日一番で上野署に行ってくれ。今日中に話は通しておく。よろしく頼む」

伊野は早口でそう言って話を切り上げると、電話を切った。


光はすぐさま上野署の所在地を、ネットで検索する。

「ここからだと、30分後くらいはかかるな」

「まあ、そんなもんだろうね。それじゃあ、あたしはちょっと出掛けてくるわ」


渚が突然言い出したので、光は驚いた。

「どこ行くんだよ」

「野暮用」

そう言ってにやりと笑うと、渚は部屋に戻って外出着に着替え、さっさとマンションを出て行ってしまった。

残された光は、不得要領のまま憮然とするしかなかった。


結局渚が帰宅したのは、その日の夜遅くだった。

何故か結構な荷物を背負っている。


「それ何よ?」

渚の帰りを待っていた光は、不審に思って訊いたが、軽くあしらわれてしまう。

「まあ、ちょっとね。それより疲れたからもう寝るわ」

――これ以上訊いても、絶対口割らんな。

そう思った光は、自分も寝ることにした。


***

翌日。

気合で早起きした光は、寝不足の眼をこすりながら上野署に出向く。

伊野からの指示が徹底していたらしく、対応してくれた警察官は皆親切だった。

しかしそれでも結構な時間がかかってしまい、マンションに戻る頃にはお昼前になっていた。


自室に戻ると、驚いたことに渚がダイニングでテレビを見ている。

「あんた今日会社休んだの?」

光が訊くと、「まあね」という気のない返事が返ってきた。


不審に思いながら、光は自分の部屋に戻って室内着に着替えると、ダイニングに取って返す。

「あんた、何か企んでるよね」

渚の正面に腰かけた光は、不審げな顔で問い質す。


すると渚も負けずに不審げな表情で訊き返して来た。

「あたしのことより、あんたの方こそ、また無謀なこと考えてるよね」


「無謀って何よ」

「蘇我とかいうおっさんの家に乗り込もうとか」

渚の一言に、一瞬光はぐっと詰まってしまった。


「やっぱ図星か。やれやれだね」

「何だよ。ちょっと行って様子を探って来ようかなって思っただけじゃん」


その言葉に、渚は軽く首を振りながら、諦めたように言った。

「あんたの場合、様子見だけで済む訳ないからね。しゃあねえ。何で警察に任せんと、自分でやろうとするかね」


「まあ、ストーカーには、<ストリーム>の時に、ちょっとだけ借りがあるからね。返しとかんと何か引っかかるし…」

光の返事に渚は、やれやれという表情を浮かべる。


「それで、例の頭痛は?」

光の危険探知能力のことだ。

「まったくないね。気分爽快だよ」

光はそう言ってふんぞり返る。


「よっしゃ。それじゃあ作戦練って乗り込むか」

「はあ?あんたは関係ないでしょうが」

「まあ、いいんじゃね?あたしもストーカーに借りがない訳じゃないし」

そう言って、渚はにやりと笑った。


それを聞いて光は怒った表情を浮かべたが、内心では渚に感謝している。

実際彼女は、頼りになる相棒なのだ。

ここからヒカナギコンビの大暴走が始まった。

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