第5話②「僕らの一撃」

「モード変化……『ねばねば』!」


 コマンドワードの発声と共に訪れた――それは凄まじい光景だった。

 床に擬態していた巨大スライムが突如攻撃を仕掛けてきた、といったら想像しやすいだろうか?

 床一面に広がっていた『ぬるぬる』がすべて『ねばねば』と化し、自らの上に乗っていた人たちの足に、腰に、生き物のように絡みついたんだ。


「なっ……!? なんだこれは!?」


 これにはさすがのグラトニーも驚いたのだろう。

 声を上げて後ずさろうとした――が、足首に絡みつく『ねばねば』がそれを許さない。

 過去最大級の緊張感によりもたらされる驚異的な粘着力で、グラトニーの巨体をその場に縛り付ける。

 

「あの時おまえにバカにされた、外れスキルだよ!」


 僕は『ねばねば』を糸のようにして飛ばすと、王の間の天井に某アメリカ映画の『蜘蛛男』さんのように貼り付いた。


「くっ……なんたる面妖な動きか!?」


 王の間の天井高は約十メートル。

 ここにいる限り、グラトニーの攻撃は届かない。 

 

「褒め言葉として受け取っておくよ!」


 弾幕ゲーで言うところの安全地帯安地に位置した僕は、一気呵成いっきかせいに攻め立てた。

『ねばねば球』を作る傍から、グラトニーの顔面に向けて投げつけていく。


 もちろん、一撃でとどめを刺せるなんて思ってない。

 目や鼻に当たればヨシ。

 そうでなくても、口の中に飛び込んだだけで相当なダメージになること請け合いという作戦だ。


 そんなこんなで一発、二発、三発、四発……。


「おのれ……小うるさい奴め!」


 安地の優位を生かして一方的に攻めまくろうという僕の作戦は、しかしいつまでもは続かなかった。


 グラトニーは体にくっついた『ねばねば』を力で(!)引きちぎり、ポイポイと捨てていく。


「くっ……さすがにレベルが違いすぎるか!?」


 考えてみれば、今現在の僕のレベルは十七。

 悪魔貴族のグラトニーのそれがどれほどのものかはわからないが、少なくとも倍はあるだろう。

 いくら『緊張すればするほど強くなる』とはいえ、限度というものがある。


 となると、足腰にへばりついていた分もじきに力で引きちぎられるだろう。

 そうなればグラトニーの移動に制限はなくなり――つまりはここも、安地じゃなくなる。


「見込みが甘すぎたか……やっぱり直接本体を叩かないと……!?」


 長期戦は向こうに分がある。

 体力的にも、生物的にも、レベル的にも。

 ならば狙うは短期決戦だ。 

 今持てる全戦力を集中し、心臓や頭部、呼吸器官などの全生物に共通する弱点を突いて殺す。

 それしかない。

 それしかないのだけど、『粘液』で出来ることは限られていて……。


「『ねばねば』ではとどめを刺せない。『ぬるぬる』で転ばせられるような状況じゃない。『どろどろ』は例外。これ……詰んだ?」


「ヒロおぉぉおぉー!」

 

「ヒロ様あぁあぁー!」


 諦めかけた僕に発破はっぱをかけようとしたのだろう、アイリスとシャルさんが大声を上げた。


「あんたひとりで戦ってんじゃないんだからね! こういう時こそあたしのことを頼りなさいよ! 仲間でしょ!? 友達なんでしょ!?」


「そうですヒロ様! わたし、あなたになら使い捨ての道具の如く扱われても構いませんから! それこそボロ雑巾のように……ってあら? 使い捨て……道具の如く……なぜでしょうお腹の奥が熱くなって……っ?」


 決然とした顔で叫ぶアイリスと、どこか陶然とした顔で叫ぶシャルさん。


「ふたりとも……」


 しかし、ふたりの決意や覚悟に感動している暇はなかった。


「ええい……させるか!」


 体勢を立て直しかけた僕の様子を見てとったグラトニーが、すかさず操り人形たちに指令を下したんだ。


「皆の者、あの女どもを捕らえよ! 両手両足でしがみつき、人質とするのだ! さすればあの小僧もお大人しくなるに違いない!」


 操り人形たちは『ねばねば』を迂回し、アイリスやシャルさんに向かっていく。


 その狙いは明白だ。

 かつてゴブリンの群れがアイリスを狙った時と同様、仲間を狙うことで本来の目標に、つまりは僕にプレッシャーをかけようというのだ。


 そしてこれが、実は一番痛いことだった。

 初めてできた友達を傷つけられるなんて、失うなんて、この僕に耐えられるわけがない。

 守るべき者ができると人は弱くなるってのは……ちくしょう、このことか!


「ふたりとも、僕はいいから逃げて!」


 敵の策略に乗るのはしゃくだけど、僕は叫んだ。

 すべての計算をかなぐり捨てて、とにかくふたりに生きてくれと願った。


 すると、意外なことが起きた――


「今よ! みんな合わせて!」


 僕の言葉を遮るように、コマちゃん先生が叫んだんだ。


 先生の清冽な声に合わせて、『操り人形になっていなかった生徒たち』が動き出した。 

 剣を振るい、槍で突き、弓を放ち魔法を唱え。

 操り人形たちを攻撃し、かく乱していく。

  

「田中くん! この人たちは任せて! 絶対、君たちの邪魔をさせたりしないから!」


 先生は僕の目を見て言った。

 絶対にアイリスやシャルさんへ危害を加えさせないとの、それは力強い約束の言葉だった。


「そうだ! 頼むぞ田中!」


「こっちは任せろ! あとは頼む!」


「キモ男とか言ってごめんね!?」


 他の生徒たちも、口々に言った。

 お願いを、約束を、謝罪を。

 今まで聞いたことのない、暖かい言葉を投げてくれた。


「みんな……っ」


 こんな時、アイリスだったら怒っていたかもしれない。


 あんた、甘すぎるのよと。

 こんな時だけ友達面ともだちづらする奴らのことなんか、信用する必要ないのよと。


「みん……なっ」


 たしかに僕は、甘いのかもしれない。

 今までずっとないがしろにされてきたのに、その場にいることすら認識されずにきたのに、ただこの瞬間の、この出来事ひとつで、すべてを許せると思ってしまった。

 みんなが期待してくれたことが嬉しくて、協力してくれたことがありがたくて、今初めて人間になれたような気すらして、泣きそうになってしまった。

 でも泣いてる暇はなかったから、代わりに自らの頬を張った。

 

「ありがとう……!」


 短く感謝を述べると、アイリスとシャルさんに向き直った。


「ふたりとも、援護をよろしく!」


 細かな作戦を立てている暇なんてなかったので、ふたりのアドリブ力に任せるしかない。


 だけど、そこに関する不安はまったくなかった。

 ふたりは覚悟を決めているし――たとえ失敗して、惨めに負けたとしても――たぶん、このふたりと一緒に死ぬなら怖くない。


「ええい、どこまでも小賢しい真似を!」


 大きく開いたグラトニーの口の中に、闇色をした魔法陣が浮かんだ。

 一枚ではなく複数枚重なり、積層型の立体魔法陣が形成された。

 さぞや強力な一撃が放たれるのだろうと思われた、次の瞬間――


「『主よ、弱き我らに救いの光を……聖光ホーリーライト!』」


 シャルさんが眩い光線を放った。

 悪魔貴族最大の弱点である聖なる光が宙を斬り裂き――

 

「ぬわ……っ!?」


 聖なる光によって目を焼かれたグラトニーは、大きく魔法の狙いを外した。

 積層型魔法陣より放たれた闇色の稲妻は、僕ではなく天井に命中。半径五メートルほどをガラガラと崩壊させた。 


「危なっ……もう少し遅れたら死んでた……っ!?」


 崩壊した天井の隙間から、明るい空が覗いている。

 もう少しシャルさんの『聖光』が遅ければ、普通に死んでいただろう。


「『炎の弟子、アイリス・イー・ヴェルボーが願う! 漆黒の闇の底にて燃え盛る炎魔よ、我が身我が剣に宿りたまえ! 炎魔剣フレイムタン!』」


 呪文の完成と共に、アイリスが僕に向かって掌を突き出した。

 掌から赤い光がまっすぐに射出されたかと思うと、それは僕の腰にぶら下がっている小剣に命中。


「ヒロおぉぉおぉぉぉー! そいつであいつをぶった切りなさい!」


「こ、これは……!?」


 小剣を引き抜いてみると、刀身がゴウと凄まじい炎を帯びていた。


「アイリスの魔力付与エンチャント……そうか、そういうことかっ!」


 サイハーテ村で二人で盛り上がったのを覚えていたのだろう、アイリスが得意の炎魔法を付与してくれたのだ。


「みんな……ありがとうっ」


 グラトニーはまだ目が見えないようで、手を顔面に当てたまま苦しんでいる。

 ということは、次の攻撃は必中――!


「喰らえ悪魔貴族め……!」


 先生たちが操り人形の注意を引き付け――

 シャルさんがグラトニーの目をくらまし――

 アイリスが炎の魔法を込めてくれた――  


「これが僕らの……おまえたちが侮った、人間の一撃だ!」


 僕は天井を強く蹴ると、グラトニーに向かって飛び降り――デカい顔面を真っ向から斬りつけた。

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