第3話①「騎士団襲撃!」

 女神官さんは、自らをシャルロットと名乗った。

 年齢は僕とアイリスと同じ十六歳で、王国の国教であるミリア教の信徒であること。

 ずっと修道院で暮らしていたのだけど、苦しむ民衆のために力になりたいと思い立ち、意を決して第三騎士団の補助員として魔物討伐に同行したのだということも。


「ですが、どうにも様子がおかしくて……」


 ベンノさんの家の二階。

 清潔なベッドに寝かされたシャルロットさんは身を震わせ、恐ろし気な様子で当時の状況を振り返る。

 

 森に出現する魔物を討伐し周辺住民に平和と安寧をもたらすはずの騎士団は、しかし森に入っても一切魔物を探さず、近隣の村や通りすがりの商隊に難癖をつけては略奪していたのだという。

 それらの蛮行は食料や金品だけにとどまらず、やがて人にも及んだ。

 犯し、さらい……。


「何よそれ、そんなのまるっきり野盗じゃない」


 国民を守るはずの騎士団の犯した蛮行に、シャルロットさんの手を握っていたアイリスがぷんすかと憤る。


「そうなんです。これはあまりにひどいと思い上申じょうしんすると、今度はわたしが標的になってしまって……」


 美少女かつ胸の大きなシャルロットさんに劣情を催したのだろう、騎士団は白昼堂々彼女を襲った。

 力ずくで抑え込み、服を剥ぎ取ると……。

 

「……ぎりぎりのところで逃げては来られたんですが、その時のショックで男の人が怖くなってしまって……。ですので、さきほどはすいませんでした。わたしを心配してくださったあなたを恐れ、気絶してしまったりして……」


 体を毛布で覆いながら、シャルロットさんは当時の恐怖を物語る。


「いえいえ、そういう事情ならしかたないですよ。心の問題ですし。僕は全然気にしてませんから」


 僕は慌ててフォローした。


 長い修道院暮らしのせいでほとんど男性と接触したことのないシャルロットさんだ。

 そこへきて野盗まがいの騎士団に襲われたとあっては、男性恐怖症を発症するのもしょうがない。


 僕に対してちょっと過剰な反応をしたところで、シャルロットさんが謝る必要はない。

 悪いのは全面的に騎士団だし、精神的損害を受けたのはしょせん僕如きなわけだし。


 なので僕は、努めて明るく振る舞った。

 彼女が少しでも心安らかにいられるように、似合わない愛想笑いなんか浮かべたりして。

 

「それで、シャルロットさんはこれからどうされるおつもりですか? どこか大きな街の教会に寄って、休んで、心の安寧を計るとか?」


「とにかく王都に戻ろうと思います。聖教会の本部に行って、説明して、なんとか騎士団に働きかけようと思っています」


「……っ」


 その返答を聞いて、僕は急に不安になった。


 このままどこかに逃げて潜伏するのならいい。

 そうでないということは、つまり矢面やおもてに立つということだ。

 彼女を襲おうとした騎士団の暴力と、その背後にある権力と、真っ向から戦うということだ。


「シャルロットさん。失礼ですが、それは意味がわかってやってることで……?」


「――もちろんです」


 僕の探りを、シャルロットさんはしかし、ぴしゃりとはねつけた。

 

「どれほどの危険が待ち受けているかわかっていて……なお?」


「…………はい」


 重ねてたずねたが、シャルロットさんの返答は変わらなかった。

 唇を噛み、真っ青になり、膝を震わせてはいるが退く気配はない。

 これがわたしの人生なのだと、まさに不退転の構え。


「……わかりました」


 僕はハアとため息をついた。

 宗教関係者らしい彼女の強情さに呆れると同時に、心底からの敬意を表した。


「シャルロットさん。それ、僕にも協力させてもらえませんか?」


「え」


「ちょっと……ヒロ!? なんでそんな危ないことに首をつっこむのよ!?」


 気色けしきばんだのはアイリスだ。


「同情するのはわかるけど、相手は第三騎士団よ……っ!?」


「危ないのはわかってる、僕が関係ないのも。でも、みんなのために頑張ってる人を見過ごすなんて出来ないよ。それは人としての話で、倫理とかそういう分野のことで……っ」


「それはそうだけどっ、あんたがどうしてそこまでしなきゃ……っ」


「もちろんアイリスを巻き込むわけにはいかないから、僕だけで行くよ。その間アイリスを待たせちゃうけど……っ」


「ちょ、ちょっと何言ってんのよバカ!? あたし、行かないなんて一言も言ってないでしょ!?」


 アイリスはとうとう、顔を真っ赤にして怒り出した。

 僕の頬を左右にむにーっと引っ張ると。


「言っとくけど、あたしたちはパーティで、友達なんだからっ! もし置いてったりしたら、本気で怒るからね! それこそ絶交だから!」


「ご、ごめふごめふ(頬を引っ張られているので上手くしゃべれなかった)」


「……………………お二人は、とても強い絆で結ばれているんですね」


 僕らのやり取りを眺めていたシャルロットさんが、感心したような声音で言った。


「ですが、申し出はお断りいたします。たしかにありがたくはあるのですが……」


 シャルロットさんが僕らに頭を下げた――その瞬間だった。

 

「何か来るぞー!」


「女子供は家に入れー!」


 家の外で、村人たちの声がした。


 窓から覗くと、森の奥から無数の松明の灯りが接近して来るのが見えた。

 今のところ距離が遠く、いったい何が近づいて来るかまではわからないが……。


「『三つ頭の鷹』の旗印……第三騎士団よ!」


 手庇てびさしをして『遠見の魔法』を発動させたアイリスが、緊張感に満ちた声を発した。


「早くみんなに伝えないと! 今から来る奴らは騎士の皮をかぶった野盗だって! そんでもって逃げさせないと!」


 基本的には木こりや狩猟などで成り立っている村なので、この村の大人はみんなガチムチだ。

 だけど武器防具は揃ってないし、さすがに正規の訓練を積んだ騎士団には勝てないだろう。


 ならば全員で森に隠れやり過ごすのが正解だが、とてもじゃないが避難の間に合う距離じゃない。

 騎士団は間もなく村を訪れ、村人の半分は補足されてしまうだろう。

 そうなったらおしまいだ。

 食糧を奪われ、金を奪われ……人の命や尊厳が奪われる。 


「……わたし、行きます」


 震える声で、シャルロットさんが言った。


「わたしが囮になって逃げれば、騎士団は必ず追ってきます。そうなれば狙いは村から外れる。村のみなさんが無事に生き延びられる」


 自分が騎士団に捕まればどうなるか、それらを全て承知した上で、シャルロットさんは淡々と続ける。

 

「お二人は村のみなさんの避難を助けてください。そしてできれば、騎士団の暴挙を然るべき機関に伝えてください。それのみがわたしの望みで……」


「シャルロットさん――」


 あくまで自らを犠牲にしようとするシャルロットさんを手で制すると、僕は言った。


「考えがあります。僕を信じて、任せてくれませんか?」

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