第14話

岡山駅から乗車した新幹線は新横浜を過ぎた。品川、東京で終点だと思うと、北川は少し寂しくなった。島根に行き、同僚に発砲され入院。加奈は毎日、病院を訪れてくれた。悪いことも、良いこともあった島根出張もあと二駅で終点だ。加奈は神田の実家へ行くそうなので、東京駅からは一人だ。楽しかった遠足が、家に帰る直前でこみ上げる寂しさと、自宅へ帰る安堵感で満たされる小学生と一緒だな、と自己分析して北川は少し笑えた。

「荷物は今夜の宅配で届くから、きちんと受け取って、整理してね。洗濯物は衣装ケースに入れる事。仕事関係の書類はファイルに入れたから、目を通して明日中に書き込んで」

 「加奈、今回の事、ほんとうにありがとう。加奈が居てくれてなかったら俺の頭も、洗濯物も、仕事の書類も抱えきれなくて、全てパンクしてた。何回言っても足りないけど、お世話になりました」

 新幹線はまもなく東京、とアナウンスされ、乗客は降車支度を始めた。二人はホームに降り立ち、言葉少なで改札へ向かった。外は梅雨らしい雨がシトシトと降っていた。北川は傷口が触れたり、当たると痛むのでアパートまでタクシーで帰ることにし、タクシー乗り場まで加奈が見送ってくれた。また連絡するね、と言う加奈が愛おしくてたまらないのに、気の利いたセリフ一つ言えない自分がもどかしかった。タクシーに乗り込み、自宅アパートの場所を告げ、久しぶりの東京の雨に濡れた街並みを車窓から眺めた。人生の中でも、これだけの濃密な一週間は滅多にないだろうな、と他人事の様に自分の一週間を脳内でリプレイした。鮮明に煙幕から覗く久米の顔。        

普段の久米と違った冷淡な表情で、隠し持っていた銃を抜いた。山崎大臣に気に入られていた久米は演技だったのか?本気で大臣を殺そうとしていたのか?15年前の久米の父親の自殺の真相はあるのか?病院でも、一人で過ごしている時間に考えたが、答えは出ない。テレビの報道も全てを鵜呑みにしてはダメだ。北川は被害者の立場ではなく、久米の同僚として、自分では友人と思っていた久米に、心の闇があったのか、知りたいことは多々ある。昨日の西からの電話で、久米は取り調べを一貫して黙秘し続けていると聞いた。心を閉ざした貝のように何も喋らないそうだ。

 タクシーで自宅アパート前に降り立った北川は、雨に濡れまいと急いで一階の自室ドアのカギを開けた。一か月近くそのままだったので、帰って来た喜びより埃臭さが気になる。  勢いで簡単な掃除と片付けを済ませ、今回の事件の報告書類を鞄から出した。事細かな事件の顛末を書きながら、書類仕事はいつまでも苦手な北川は、疲れたのかウトウトした。一時間ほど過ぎたころ、北川のスマートフォンから呼び出しの電子音が響いた。

「はい、北川です。お疲れ様です」

 西係長からの電話だった。怪我の具合はどうだと聞かれ、話すきっかけの社交辞令だったと後で分かった。本題は、拘留中の久米がマスコミ等の報道通り、一貫して黙秘を続けている事。謁見した弁護士にも黙秘を続け、ようやく口を開き発言した言葉が、北川にだったら全て話す、との事。面会の手筈は整っており、休暇は一日短くなるが明後日の午後三時から、面会は職務とみなす。山崎大臣の当時の金銭要求問題にも触れるので極秘、面会には公安も来る、と言うのが話の全貌だった。面会は事件のあった島根県、場所は松江市の検察庁だ。

「北川君には申し訳ないのだが、明後日は午前七時に本庁まで来てもらいたい。新幹線に乗って、岡山で車に乗り換えて、松江市まで行く。久米容疑者の発言に対する返答も用意しとく。詳しくは移動中に伝えます。警視庁全体も注目してます。よろしくお願いします」

 こんな言い方をされた北川には、断る術がない。明後日の加奈との横浜デートが出来なくなった。加奈も楽しみにしてくれていただけに、なんと伝えたら良いのか。その反面、久米と面会出来るのは、不謹慎だが楽しみでもあった。大臣を撃とうとした理由は、メディアの報道が合っていた場合、黙秘を続けている理由、二十二口径の拳銃の入手、煙幕の理由等、知りたいことが山のようにある。北川だけでなく、警視庁、国民も知りたいはずだ。

 書類を書き上げていたら夜になっていた。夕飯を簡単に済ませ、明後日の事を加奈に何と伝えたら良いのかを考えていた。仕事でとても重要な話があるので、久米との面会が最優先だが、楽しみにしていた加奈の顔を考えると、伝えづらい。北川も、もしかしたら、加奈以上に楽しみにしていたのかも知れない、いや、楽しみにしていたのだ。前の恋人の梓との事もあって、加奈に告白して付き合うとなれば、加奈と梓の関係も壊れるかも知れない。そんな事を考えて、加奈とは、今までの関係を何となく続けていた。北川が加奈に告白して断られたらと思うと、それも足かせになっていて踏み切れなかった。恋人の梓と別れ、良い関係で居る加奈も、北川の前から居なくなる事が怖いのだ。そんな思いと、この考えは、自分的にずるいのではないか、とも思えた。生活の事も面倒をみてくれて、楽しい時間を過ごさせてくれる加奈と、このままの関係を続けるのは加奈に悪い。今すぐにでも結論を出そう、そう思ったら北川はスマホを手に取り、加奈へ電話をした。

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