第9話 見られちゃいけないモノ
無事美海ちゃんの配信が始まる。僕と並んで立ってカメラに向かって微笑みながら手を振る美海ちゃんに配信慣れてるなあ、と思う。百万人ってだけでもすごいのに、緊張とかしないんだろうか。
電子スクリーンに映し出されたコメント欄にコメントが続々と書きこまれていく。ドイツ語らしき言語も書きこまれているからそれは美海ちゃんに任せるとしても、僕が登場したことで美海ちゃんのリスナーは興奮しているようだ。
『すっごい美少女! 誰!?』
『待って、この子JACKの配信に映ってた子じゃない?』
『よくわかんないけどかわいいは正義! こんにちは!』
「今日は突発配信にきてくれてありがとう。わたしの友人を紹介するわ。アマナイリオ。先日転校したのは雑談で話したと思うけど、同じ学校で同じクラスで隣の席なの。仲良しなのよ」
その言葉にコメントはますます加速する。高校まで特定されてて、僕ももうどうにでもなれ精神だ。
「こんにちは、
『僕っ子なんだね! そんなところもかわいい! 彼氏はいるの!?』
「えっと、彼氏はいないですし作る予定もありません。コメントにJACKさんと付き合ってるんじゃとか言ってる人いますけど、そういう関係ではないのであしからず」
『でも連絡先JACK聞いてたみたいだけど?』
「交換しましたけど、それっきりです。恋愛とかそういうのはありません」
うひぃ、質問責めだあ。女の子になると男の人と一緒に映っただけでここまで言われるのか……。不便だなあ。
「あまりわたしのリオをいじめないでね? 最悪ブロックするから」
『はいっ! すみません!』
しかもしっかり訓練されてるし。美海ちゃんも「わたしのリオ」って……。いや、嬉しいけど今は同性だと思うと複雑だ。同性じゃなかったら相手にされてなかったかもしれないと思うと恐ろしい。
というか、美海ちゃん【対魔力】がありながらノリノリで【魅惑】に引っかかっている気がする。もしかして、同性愛の人……?
いやいや、美海ちゃんに限ってそれはありえない。クラスの男子がたまにやってきたときも普通に対応していたし、別にそういうわけでは……。
『美海ちゃんは女の子しか好きになれないもんね。これだけかわいかったら惚れちゃうのもわかるよ』
……え?
「そうね。でも残念なことにリオは元男なの。だからわたしも複雑なのよね。あ、嫌いじゃないわよ。むしろ好き」
「ちょっ、美海ちゃん!」
『元男!? これで!?』
『整形とか手術とかしたの? でもそんなことできるような年齢には見えないし、それにそこまで稼いでる有名人でもないし、どういうこと?』
コメントが疑問で埋め尽くされる。中には元男と知って逆に興奮している人もいる。いったいどうなっているんだ。
だめだ理央。冷静に考えろ。TS薬なる妙薬の存在は口にしちゃいけないかもしれない。あの研究所のこと知ってる人周囲にもいないし。里奈も家に帰ってきたときは研究内容をあまり口にしない。守秘義務があるんだろう。
どうしよう。手術しましたって言ったら自分から志願して女になったみたいに誤解されるし、本当のことを言ったら里奈が危ない。でも、嘘をついたら後々バレるんだ。ええい、ままよ。
「お薬を飲んで気付いたらこうなってました。あ、なんの薬かは言えません。乙女の秘密です!」
ああ、ついに自分の口から乙女とか言っちゃったよ。コメントは薬のことを調べ始める人やああでもないこうでもないと議論する人、ひたすら僕をかわいい嫁にしたいとコメントしている人に分かれた。
「……あ、言っちゃまずかった?」
「うん……。でも、いずれバレてたことだから。僕のチャンネルのアーカイブ見たら僕の男時代の動画残ってるからね」
「そう……。ごめんなさい。でも、あなたのことが好きなのは本当だから」
「う、うん。嬉しいよ」
そういう目で見られてたんだと思うと恥ずかしいけど、こんな美少女に好かれるなら複雑ではあるけど悪い気はしない。かわいい女の子とお近づきになれるのは本望だ。
「さあ、最初の挨拶はこれくらいでいいかしらね。今わたしたちは最近出現したダンジョンに来てるの。誕生日にダンジョンって、と思う人もいるかもしれないけど、リオの新しい道をお祝いするためでもあるから」
『そうなんだ。どう? 難しそう?』
「そんなに難しいという印象は今はないわね。モンスターもよくいるものばかりだし。ボスモンスターの出現条件を探しながら散策かしら、今は」
「うん、それがいいと思う」
「決まりね。それじゃあリスナーのみんな。仲良くね」
コメントが「はーい」という訓練された言葉でいっぱいになり、ちらりと同接数を見ると五万人になっていた。百万登録者、恐ろしい……!
気が付けば、雷鳴を聞きつけたゴーレムやパンサー、ハーピーまでもが周囲に集まってきていた。でも、場所が悪い。雷雲は少し晴れているけどまだ残っているのだから。
「みんな、音量注意ね」
美海ちゃんはそう言ってまた雷を落とす。一体残らず一瞬で鮮やかに倒しきるその手腕はまさに凄腕。尚也さん、これじゃ僕のメンツ丸つぶれです。
【魔術】を使うと魔力残量が減っていくはずなんだけど、こんな大規模な魔法を二回使っても美海ちゃんはけろっとしている。魔力が無尽蔵なんじゃないか、この子。
「さ、そろそろ先に進みましょう。雷ばかり使っているとまた集まってくるから」
「う、うん」
強者は言うことも違う。僕はプライドに傷を負いながら美海ちゃんと共に歩き始めた。
歩くこと二時間ほど。荒野はどこまでも続いていた。たまに泉があって、そこで水分補給をしたくらい。道しるべを残しつつ雑談しながら、そして襲いかかってくるモンスターを主に美海ちゃんが蹴散らしながら進んでいくと、向こうにへこんだところが見えた。
「美海ちゃん、あれ」
「今回は別のダンジョンも併設されてるみたいね。入ってみましょう」
へこみに近づくと階段があり、地下に下りられるようになっているみたいだ。罠とかあったらどうしよう。どっちも【トラップ解除】のスキルは持ってないし……。
そのとき、体がどくんと鼓動した。ギャラハンを倒したときと同じだ。僕はステータス画面を開く。そこには【トラップ解除】のスキルが追加されていた。……TS薬、万能すぎやしないか?
僕がステータス画面を見ていると、隣に立っていた美海ちゃんがひょこ、と顔を覗かせる。僕はびっくりしてちょっとのけぞると、美海ちゃんは「ふうん」と言って顔を離した。
「【剣錬成】に【俊敏】、【魅惑】【剣術】【トラップ解除】……。あなた、学校ではトラップ解除持ってるって言ってなかったよね?」
「今開花したみたい」
「なに、その都合のいい体」
「僕にもわからないんだ。薬を飲んで、初心の窟に入ってギャラハンを倒したときに【魅惑】と【剣術】が開花した。薬の副作用で身の危険を感じたらリミッターが解除されるとか言ってたけど……これもそのうちなのかな?」
「わからないけど、都合がいいわ。こういうタイプのダンジョンはトラップがある可能性が高いから。進みましょう」
僕たちは階段を下りていく。美海ちゃんが真っ暗になったところで光の玉を作って暗闇を照らしてくれる。しばらく歩いて、一歩先の床に違和感を感じた。これ、トラップかもしれない。
「美海ちゃん、歩かないで。たぶんそこ一帯の床、トラップ」
「どうするの?」
「どこかにいいのが……。あった」
僕は道の端に転がっている、石壁が崩れた石ころを拾ってトラップ床に投げる。すると天井から鋭利な針が出てきて天井が落ちてきた。踏んでいたら、今ごろ串刺しの上にぺちゃんこだ。
天井が戻る様子はなく、一回限りのトラップだと断定する。僕は天井だった石壁の上に登って、美海ちゃんに手を伸ばす。
「美海ちゃん、手、掴んで」
「……その、リオ」
「ん?」
「見えてます……」
一瞬なんのことかわからなくて頭をひねってから、パンツのことだと気が付いてばっと隠す。リスナーのみんなには……。
『美少女のパンツだー!』
『リオちゃんサービスってものがわかってるね! 気に入ったよ!』
『しかも白だったぞ』
お祭りになっていた。ああ、僕の純真さようなら……。
それはそれとして、機嫌がいい美海ちゃんを引き上げて石壁を渡り下りる。さすがに連続トラップはないようで、一安心した。
「リオ」
「なに?」
「リスナーのみんなに餌をあげちゃだめよ。今は、あなたはわたしのものなんだから」
ああ、こっちもある意味で終わってた。僕はパンツを見られた羞恥心から、なんかどうでもよくなってははは、と笑うしかできなかった。
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