第22話「灰狼候レイソンと打ち合わせをする」

 ──灰狼領はいろうりょうにて (コーヤ視点)──





「はじめに、アヤガキどのにおびいたします」


 そう言ったのはアリシアの父のレイソンさんだった。


 ここは侯爵家こうしゃくけの屋敷の応接間だ。

 レイソンさんは椅子いすに座り、深々と頭を下げている。


黒熊候こくゆうこうゼネルスに、アヤガキどのが『不死兵イモータル』を操れることを知られてしまいました。防げなかったのは、これは我らの失態しったいです」

「いえ、俺もあいつには頭にきてましたから」


 黒熊候ゼネルスは、魔物避けの防壁ぼうへきこわすように命じた。

 それをこばんだら、『不死兵イモータル』で灰狼の人たちを殺そうとした。

 本当にあいつは、人を人とも思っていなかった。


 もちろん『灰狼の民を殺せ』なんて命令が実行されるわけがない。

 灰狼領の『不死兵』は俺が支配してるんだから。


 途中まで『不死兵』がゼネルスの言うことを聞いてたのは、俺が奴と同じ命令を出していたからだ。

『不死兵』の背中には精霊たちがくっついていた。

 俺はティーナを経由して、精霊たちに命令を伝えていたんだ。

 だからゼネルスには『不死兵』が従っているように見えたんだろう。


 できれば奴が帰るまで、そのままの状態で乗り切りたかった。

 だけど、奴は『灰狼の民を殺せ』なんて言い出した。

 それを聞いた俺とアリシアは、覚悟を決めた。


 俺たちは『不死兵』を使って、奴に従わないことをはっきりと示した。

 そのことに気づいたゼネルスは、真っ青になって逃げていったんだ。


 歴代の黒熊候は王家の権威けんいを借りて、灰狼の人たちを苦しめていた。

 その黒熊候が半泣きで逃げたことに、ダルシャさんやシャトレさんもびっくりしてた。


 問題は俺が『不死兵』を使っていることが、黒熊候に知られたことだ。

 黒熊候はたぶん、王家にこのことを話すだろう。


 その対策について、俺とレイソンさんは打ち合わせをすることにしたんだ。


「とにかく、レイソンさまが気に病むことはないんです。悪いのは黒熊候のゼネルスですから」

「ありがとうございます。しかし、アヤガキさまは痛快つうかいな方ですな。黒熊候が逃げ帰るところを、私も見てみたかったですよ」


 レイソンさんは笑った。


 最近はレイソンさんも体調が良くなってきてる。

 精霊たちが、魔力を宿した木の実を持ってきてくれるからだ。


 精霊樹に実る木の実で、健康増進効果があるものだ。

 それを食べるようになってから、レイソンさんは元気になってきた。いいことだ。


「おかげで心が決まりました」

「……レイソンさま?」

「私が灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの使者として、王都に向かいましょう」


 レイソンさんは姿勢を正して、宣言した。


「そして王家の者たちに伝えます。『我々に王家に敵対する意思はない』と。侯爵こうしゃく献上品けんじょうひんを持って訪問することを、王家はこばむことができません。私は無事に王都に入り、王家の方に会うことができるでしょう」

「待ってください。レイソンさま!」


 レイソンさんが王都に行くのは危ない。

 向こうは灰狼侯爵家を見下してる。まともに相手をするとは思えない。

 下手をすると幽閉ゆうへいや、処刑とかもありえるんじゃないか……?


幽閉ゆうへい処刑しょけいはありません」


 俺の考えを読んだように、レイソンさんが笑う。


「王家は初代大王が定めたルールにそむくことはできません。アヤガキどのたちを異世界から召喚しょうかんしたのも、そういう儀式を行うことが決まっていたからです。今の王家が、自分で決めたことではないのです」

「自分で決めたことではない……?」

「現に……魔王対策まおうたいさくをすると言いながら、王家はこの200年間、なにもしていません。魔の山に調査団を派遣はけんすることもなかったのです。王家は私たちをこの土地に閉じ込めて、それで魔王対策をしたつもりになっているだけです」


 レイソンさんはため息をついた。


「王家は自分でなにかを決めることができないのでしょうね。いえ……人のことは言えませんな。私も、似たようなものですから」


 レイソンさんは、遠い目をしていた。

 まるで、古い記憶をたどっているみたいに。


「私は、この地に封じ込められたことをうらみながら、状況を変えようとはしませんでした。ただ民を生かし、えさせないことだけを考えてきました。民の生き方も、娘の運命さえも……変えられなかったのです」

「でも、レイソンさまはみんなにしたわれてます」

「私が運良く、民をえさせることがなかっただけです。黒熊候の依頼を信じた兵たち送り出し……彼らが約束の報酬ほうしゅうを受け取れなかったときも、侯爵として抗議するしかできませんでした。本当なら命がけで黒熊候に立ち向かうべきだったというのに」

「……レイソンさま」

「いや、話がれましたな。とにかく、王家が私を殺すことはありません。そして灰狼候はいろうこう弁明べんめいに行くことには、大きなメリットがあるのです」


 レイソンさんは説明を続ける。


 ──警戒けいかいすべきなのは、王家と他の4侯爵こうしゃくが力を合わせて、灰狼侯爵領を攻撃すること。

 ──そうなったら『不死兵イモータル』と精霊たちでも対抗できない。

 ──それを防ぐために『敵対しない』と伝えておく必要がある。


 ──戦になれば被害が出る。被害が大きくなれば、王家の権威もゆらぐ。

 ──王家もそんな事態は避けたいはず。

 ──だから、王家は灰狼候の使者を受け入れ、無事に返す可能性が高い。


 そんなことを、レイソンさんは話してくれた。


「使者になれる者は限られております。兵士や文官では相手にされません。アリシアはかくが足りないでしょう。かといって、アヤガキどのが行けば、間違いなく殺されるでしょう」

「……確かに、そうですね」


 俺はうなずいた。


「俺が死ねば『不死兵イモータル』は灰狼はいろうの味方じゃなくなりますから」

「そうです。その後は新たに王家の者が来て、『不死兵』と『首輪』を支配することでしょう。ですから、アヤガキどのが王都に行くには危険がともなうのです」


 レイソンさんの言う通りだ。


 王家の連中は、俺の知らないマジックアイテムを持っているかもしれない。

 そんな王家と対決するには、俺にはまだ、力が足りない。


 切り札が必要だ。

 王家が、俺や灰狼公爵家はいろうこうしゃくけにも手出しできなくなるようなものが。

 

「ご理解いただけますね。恩人であるアヤガキどのを死なせるわけにはいきません。私たちは、アヤガキどのを守りたいのです」


 そう言って、レイソンさんは俺を見た。


「だから使者は、このレイソン=グレイウルフ以外にいないのですよ」

「使者って、どうしても送らなきゃいけないんですか?」

「王家の出方を探る必要がありますからな。それに……私は外の世界を見てみたいのですよ」


 レイソンさんは、にやりと笑ってみせた。


「私は灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうを出たことがありません。この機会に外の世界を見てみたいのです。ぜひ、私に、王都までの旅をお許しいただけませんか? 精霊王アヤガキどの」

「その言い方はずるいですよ。レイソンさま」

「おや、そうですかな?」

「……そんなことを言われたら、止められないじゃないですか」

「年の功です。大人の話術というものですな」


 レイソンさんは苦笑いして、肩をすくめた。 


「王都への旅といっても、王宮に入るわけではありません。王都の入り口で書状を渡すだけです。それくらいなら大丈夫でしょう。アヤガキどの。私の望みを叶えてはいただけませんか?」


 レイソンさんは、自分の責任を果たそうとしてる。

 それを止めるのは、たぶん、失礼なんだろうな。


「わかりました。ただし、護衛ごえいをつけます」


 俺は言った。


「レイソンさまには無事に帰ってきてもらわなきゃ困ります。だから俺が護衛をつけます。いいですね」

「護衛としては、兵士を同行させるつもりですが」

「その他にもです」


『不死兵』を連れていくのは無理だ。

 王家の連中に管理権限かんりけんげんを奪われたら、レイソンさんが危ない。

 となると、別の護衛を用意した方がいいな。


「とにかく、できるだけ多くの護衛を連れていってもらいます。絶対です」

「承知しました」


 レイソンさんは深々と頭を下げた。


「私が不在の間は、アリシアのことをよろしくお願いします」

「わかりました」

不肖ふしょうの娘ではありますが、どうか、お側に置いてやってください。私が帰るまでは、ぜひともお願いします」

「何度も言わなくても大丈夫です。約束しますよ」

「うむ。言質げんちは取りましたぞ」

「とにかくレイソンさまは、無事に帰ってくることを考えてください」


 灰狼領から王都までは、馬車で10日かかる。

 レイソンさんは黒熊侯爵領こくゆうこうしゃくりょうに入り、海沿いの街道を通って行くことになる。

 その間、レイソンさんを守ってくれるように、あの子たちに・・・・・・頼んでおこう。


 そんなことを、俺は考えていたのだった。



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 今日は、もう1話くらい更新するかもしれません。

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