第2話「北の果て『灰狼侯爵家』に向かう」

 灰狼侯爵家はいろうこうしゃくけの領地までは10日前後の道のりだった。

 その間、俺は渡された資料を読んでいた。


 兵士たちは俺を丁重ていちょうにあつかってくれた。

 理由は『異世界人は、侯爵家こうしゃくけに預けられるまでは王家の客人』だから。

 俺の場合は『北の地に捨てられるまでは』になるらしいけど。


 そういう情報についても、借りた資料には書かれていた。

 ランドフィアの歴史や、異世界召喚いせかいしょうかんの儀式に関わることも。


 数百年前までこの大陸には、たくさんの国があったらしい。

 数は二十以上。王も同じくらいいたそうだ。

 さまざまな国々が争い、収拾しゅうしゅうが付かない状態だった。


 そんなとき、魔王が現れた。

 魔王は北にある『魔の山』を拠点きょてんとして、大陸中を荒らし回った。


 それを倒したのが初代大王、アルカイン=ランドフィアだ。

 アルカインは強力な戦士であり、優秀な魔法使いでもあった。

 彼はさまざまなマジックアイテムを作成して、軍隊を強化した。

 俺の首につけられた『首輪』も、『能力測定クリスタル』も、アルカインが作ったものだ。

 他にも、邪悪な敵を封印する杭や、不死身の兵隊──ゴーレムのようなものもあるらしい。


 それらマジックアイテムの力を借りて、アルカインは魔王を討ち果たした。

 人々はアルカインの功績こうせきをたたえて、王位についてくれるように願い出た。

 アルカインはそれを受けて、ランドフィア王国の初代大王になったそうだ。


 魔王は倒されたとはいえ、その恐怖は、人々の中に残っていた。

 それに加えて、初代王アルカインの予言もあった。


『いつか再び、魔王を名乗る者が現れる。人々はそれに備えなければならない。

 どれほど強力であっても、魔王はひとりだ。

 王と貴族が団結すれば、必ず、討ち果たせるだろう』


 ──と。

 だから魔王への対策として、大王は5人の部下に侯爵こうしゃくくらいを与えて、各地を治めさせることにした。


 序列第1位、金蛇きんだ

 序列第2位、銀鷹ぎんよう

 序列第3位、黒熊こくゆう

 序列第4位、赤鮫しゃっこう


 そして、北の果てに領地を持つ、序列最下位の灰狼はいろう


 灰狼が北の地に追いやられたのは大王の死後、反乱を起こしたのが理由だ。

 正確には『反乱の疑いあり』ということで、さばかれた。


 当時の王は慈悲深かった。

 灰狼侯はいろうこうを処刑はしたけれど、子孫には生きることを許した。

 そして灰狼侯爵領を、魔王の拠点だった『魔の山』に近い場所に設定した。


 灰狼の一族と領民は、領地から出ることを禁じられた。

 断りなく領地を出ればばつを受ける。場合によっては、即刻処刑される。


 王宮で儀式があるときは、黒熊侯こくゆうこうが代わりに出席する。

 灰狼の領地にもっとも近いのが黒熊の領地だからだ。

 それで黒熊候は、灰狼候の代官のようなことをしているらしい。


 ……灰狼は北の地に追いやられ、領地を出ることを禁じられている、か。

 だから王宮には、侯爵が4人しかいなかったんだな。

 黒熊候の部下が、俺を灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうに送ってるのも、そういうわけか。


 俺たちが異世界に召喚しょうかんされたのも、初代大王アルカインが原因だ。

 初代大王アルカインは大陸を統一するために、異世界人を召喚していた。

 それでアルカインの死後、彼の偉業を忘れないように、100年後ごとに異世界召喚が行われるようになったそうだ。

 召喚された異世界人は侯爵こうしゃく下賜かしされて、魔物討伐などに活躍かつやくしたらしい。その子孫も普通に生き残ってる。異世界人が貴族に準じるものとしてとしてあつかわれるのは、本当みたいだ。

 俺と一緒に召喚されたひとたちも、それなりに丁重ていちょうにあつかわれるんだろうな。


 異世界召喚が今も続いているのは、伝統行事になったから。

 王家に伝わる伝統行事だから、やり方を変えるわけにはいかない。だから北の果てに追いやられた灰狼侯爵領にも、異世界人は与えられる。

 ただ、使えない異世界人が選ばれてるみたいだけど。


 灰狼候爵家はいろうこうしゃくけの人々は、今もばつを受け続けている。

 それは彼らをふうじ込めるマジックアイテムの存在で──


「間もなく灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうに入る。準備をされよ」


 ──そこまで資料を読んだところで、兵士が俺を呼んだ。

 しばらくして馬車がまり、扉が開く。


 馬車の外で、兵士が俺を手招きしていた。



「この街道の先が貴公が行く場所──二度と出られぬ灰狼はいろうの地だ」



 兵士は俺を見ながら、笑っていた。


 馬車が停まっているのは海と山の間にある、細い道だ。

 西側は切り立った岩山。東側にはがけがある。その下は海だ。


 海からは冷たい風が吹いている。

 波が荒い。砕けた水しぶきが、道の上まで飛んでくる。


灰狼領はいろうりょうに入るまでは、貴公は王家の客人だ。聞きたいことがあれば教えるが」

「二度と出られぬ灰狼の地とおっしゃいましたね」

「ああ」

「それって……通り道が、この街道しかないからですか?」


 気づくと、俺はそんな言葉を口にしていた。


 ふたつの領地をつなぐのは細い街道だ。

 西は岩山で、東は荒れた海。

 街道をふさいでしまえば、灰狼領から出る手段はなくなってしまう。


「つまり、黒熊侯爵家こくゆうこうしゃくけの方々が、街道の出入りを監視されているということですか?」

「『門番』のくせに、よく学んでいるようだ」


 兵士の男性は吐き捨てた。

 まわりの兵士たちも俺を見て笑っている。


「だが、なにもわかっていないな。どうして黒熊侯爵家の者が、わざわざ兵士を配置しなければいけないのだ?」

「……どういうことですか?」

「灰狼領は、初代大王アルカインさまの遺産いさんによって封鎖ふうさされているのだ」


 兵士たちが歩き出す。

 後をついていくと、街道の横に、兵士たちが立っているのが見えた。

 こんな風の強い場所なのに身動きひとつしていない。


 ……いや、違う。あれは人間じゃない。


 遠目には、普通の兵士に見える。

 武器は持っていて、よろいを着ているからだ。

 だけど、かぶとの下に顔はない。皮膚ひふは灰色で、表面はつるつるしている。

 まるで、金属で作られた人形のようだ。


「これは初代大王アルカインさまが作られたゴーレムだ」


 兵士たちが教えてくれる。


「名を『不死兵イモータル』という。これが街道に配置されている限り、灰狼領の者は決して、領地から出ることはできぬ」

「これが……マジックアイテムなんですか?」

「そうだ。与えられた命令に応じて動く、最強のな」


 兵士の隊長が笑った。


「灰狼領の者が外に出ようとすれば、この『不死兵』の攻撃を受けることになる。『不死兵』には剣も、魔法も効かぬ。休みなく働く無敵の兵士だ。貴殿が灰狼領から出ようとした瞬間、容赦ようしゃなく槍を振るうだろう」

「誰かが止めることは……」

「不可能だな。『不死兵』は王の血族と、王位継承権おういけいしょうけんを持つ者の命令しか聞かぬ」

「王の血族と、王位継承権を持つ者の?」

「だから貴殿は二度と、灰狼領から二度と出ることはできぬ……おい! なにをする!!」

「はい?」

「『不死兵』に近づくな! 危険だというのがわからぬのか!?」

「灰狼領から出ようとするものを攻撃するんですよね? 黒熊領の側から近づけば大丈夫だと思ったんですけど」

「だからといって触れようとする者があるか!? ええい! 異世界人はものを知らぬな!!」


 兵士たちが俺の腕をつかみ、街道へと引きずって行く。

 それから彼らは、街道に設置されたさくの前で、俺を解放した。


「この柵の向こうが灰狼領だ。貴公が行くことはすでに伝えてある。逃げれば『不死兵』が貴公を殺すだろう。振り返らずに進め」

「わかりました。ここまで送ってくださって、ありがとうございました」


 俺は兵士たちに頭を下げた。

 それを見た隊長と兵士たちは、笑った。



「──本当に無知だな。これが無能な者への刑罰けいばつだということもわからぬか」

「──見えないところにいろ。さもなければ、死ね」

「──異世界人へのみせしめだ。使えない人間がどうあつかわれるか、身をもって示すがいい」



 海からの強風に負けないように、そんなことをさけんでいる。

 結局、資料も取り上げられた。

 残ったのは服と靴と、少しの食料と水だけだ。


 兵士たちは俺に向かってやりを構えている。

 早く行け、ってことらしい。


 まぁいいや。

 予定通りにここまで来られた。実験もできた・・・・・・

 これからどうするかは、灰狼侯爵家の人と会って決めよう。


「それでは、失礼します」


 俺は兵士たちに背中を向けて歩き出す。

 そうして俺は、灰狼侯爵家の領地に足を踏み入れたのだった。






 ──その後、兵士たちは──



「それでは帰還きかんする」


 兵士たちの隊長は宣言した。

 苦々しい表情だった。


 主君の命令とはいえ、灰狼領の側は気分が悪い。

 ここは捨てられるべき者の住む場所だ。まともな人間が近づくべきではない。


 北西に視線を向ければ、黒々とした山が見える。

 数百年前に魔王が拠点にしていた、魔の山だ。

 その魔の山に一番近い場所にあるのが、灰狼領はいろうりょう

 つまり灰狼領は、魔王が復活したときに最初に襲われる場所でもあるのだ。


 いつか、魔王は復活する。

 そのときに最初に滅ぼされるか──あるいは、死に物狂いで抵抗するか。

 灰狼侯爵領は、そういう役目を背負わされている。


 今も灰狼侯爵家が存続しているのは、そのためだ。


 だから、領地の境目に『不死兵』が配置されているのだ。

 魔王が復活したときに灰狼領の者が逃げようとしたら、殺すために。


 灰狼領の者は必死で戦って、魔王とその配下を食い止めなければいけない。

 王家と、他の侯爵領が魔王への準備を整えるまでの間、時間を稼がなければいけない。


 さもなければ、殺す。

 それが、ここに『不死兵』が配置されている理由だ。


「しかし……あの異世界人は、ずいぶんと落ち着いていたな」


 100年前に灰狼に送られた者の記録を読んだことがある。

 その者は、二度と出られない場所に送られると知ったとき、海に身を投げた。

 灰狼領に入ったあとのことだ。

 その後、王家の許可なく異世界人を死なせたばつとして、灰狼侯爵家は巨額きょがく罰金ばっきんを支払わされることになった。


 なのにコーヤ=アヤガキは、不思議なくらい落ち着いていた。

 運命を受け入れていたのか、それとも、なにか考えがあるのか──


「いや……捨てられるべき者に、考えなどあるわけがないか」


 しかも彼のジョブは『門番』だ。

 ジョブとしては最下層に位置している。そんな人間に知恵などあるわけがない。

 おそらくは自分の境遇を理解できなかっただけだろう。

 なにも考えていないから、落ち着いているように見えただけだ。


 隊長はそう考えて、兵士たちに移動の指示を出したのだが──


「……ん?」


 隊長は『不死兵』を見て、首をかしげた。


「あの『不死兵』は……少しおかしくないか?」

「どうされましたか。隊長」

「『不死兵』の中に、こっちを向いている者がいるのだ。以前からそうだったか?」


 隊長の言葉を聞いて、兵士たちが一斉に灰狼領の方を見る。


 ふたつの侯爵領の境目に並ぶ、10体の『不死兵』。

 そのうち1体が、黒熊領の・・・・方を・・向いていた・・・・・


「どうして『不死兵』が我々の方を向いているのだ? 10体とも灰狼領の方を向いていたような気がするのだが? 違ったか?」

「どうでしょうか? よく覚えていません」


 兵士のひとりは首をかしげる。


「風の影響かもしれません。こんな風の強い場所に数百年も置いてあったら、多少は向きが変わってもおかしくないのではありませんか?」

「…………そうかもしれぬな」

「…………そうですよ」

「だが、奇妙なのは確かだ。侯爵さまに報告すべきだろうか?」

「それは我々にはなんとも……」

「……むむぅ」


 初代大王アルカインが作ったマジックアイテムは絶対だ。

 建国から200年もの間、国を守る力として働いている。

 その能力を疑うのは、王家を疑うのに等しい。


 現に、王宮で『測定用クリスタル』の能力を疑った異世界人が殺されかけている。

 黒熊侯は、それを笑いながら話していた。

 その黒熊候に『「不死兵イモータル」に異常あり』と言えるだろうか……?


「『不死兵』の管理は我々の仕事ではない。役目は果たした。領都へと帰還するぞ」


 隊長は結論を出した。

 彼の指示に従い、馬車と兵団は黒熊侯爵領の領都へと向かったのだった。


 その後──



 ぎぎぎ。



 彼らが立ち去ったあと、『不死兵』の足元で、音がした。

 長年、こびりついた土と砂を払って、『不死兵』が動き出す。

 そうして、ゆっくりと向きを変えていく。

 やがて2体目の『不死兵』が、黒熊領の方角へと向き直る。


 それはまるで、灰狼侯爵領を守るような姿だった。







 ──数時間後。コーヤ視点──




「俺のスキルは『王位継承権おういけいしょうけん』です」


 数時間後。

 侯爵令嬢こうしゃくれいじょうのアリシア=グレイウルフに向かって、俺は言った。


「『王位継承権』スキルとは、魔力や血、遺伝子などが『王位を継承けいしょうする権利があるもの』としてあつかわれるものです。このスキルで俺は初代大王のマジックアイテムに干渉しました」

「……え」

「取り引きしませんか?」


 呆然ぼうぜんとする侯爵令嬢に、俺は続ける。


「灰狼領での居場所と、自由な行動を保証してください。代わりに俺は、あなたが着けている『首輪』を外します。悪い話じゃないと思いますが、どうでしょうか?」



──────────────────────


 次回、第3話は、明日の夕方6時ころに更新します。

 しばらくの間、同じ時間に毎日更新する予定です。

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