義眼職人Ⅵ

 ひどい匂いがして、ボクは目を覚ました。

 酒と、煙草と、沁みついた血の匂い。

 起き上がって義眼を両目にはめ込むと、お世辞にも綺麗とは言えない闇病院のベッドの横に陰気な男が座っていた。

「よく寝る女だな」

「……ヴィンセント……そうか、無事だったんだね」

 ヴィンセントは、例の不機嫌そうな顔でボクを見下ろしていた。

 理由は分からないけど、首輪のような真新しい傷を時折さすって気にしているようだった。

「三日たってもこの病院へ顔を出さないから、心配したよ」

「歌姫襲撃犯の捜索で警察どもが血眼になってやがったからな。堂々と外を歩き回れる状況じゃなかった」

 悪態をついてから、彼はなにかを無造作にボクのベッドの上に置いた。新聞紙に包まれたそれは、ボクが最も親しんだ重さだった。

「これは……」

 新聞紙から出てきたのは、輝くばかりの金色の義眼だった。

 機械仕掛けの左目で細部を拡大して見ると、そこには確かに、肉眼では確認できない大きさで師匠の銘と、この義眼の真の名称が刻まれていた。

「〈天使の呼び声〉……それがこの義眼の名前だ」

 振り向くと、ヴィンセントはつまらなさそうな顔をしていた。

「随分と苦労をかけたね」

「あんたが頼んだんだろうが」

「……うん」

 つっけんどんな言葉に、ボクは小さく頷いた。違う、彼に対して、ボクは言いたいことがあったはずだ。

「ありがとう。君は本来関係ないはずなのに、ボクは君の命までかけてしまった」

 それを聞くと、ヴィンセントは静かに椅子から立ち上がった。義眼になんて本当に興味がないみたいだった。

「もう行くのかい?」

「義眼は渡しただろ」

「待ってよ、そんなあっさり……」

「悪いが、指名手配中なんでね」

 そのまま部屋を立ち去ろうとした彼を、ボクはもう一度呼び止める。

「あの、ヴィンセント」

「なんだ?」

「ありがとう」

 まっすぐヴィンセントの目を見つめると、彼は少し所在なさげな顔をした。

「ボクの人生を取り戻してくれて……本当にありがとう」

「……」

 彼はなにも言わずに部屋を出てしまった。

 急に静かになった病室で、ボクはしばらく彼が出ていった扉のほうを眺めていた。

 手元に視線を戻すと、ボクが望んで止まなかった義眼がそこにあった。

 開いた窓からは、柔らかい日差しが差し込んでいる。

 金色の義眼を透かして見ると、日の光が乱反射して病室に金色の影を作った。

「……やっと、一つだ」

 手に持った義眼が急に重く感じられて、ボクはそれをそっと胸に抱いた。


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