レストラン

 俺と無藤さんはベンチで休んだ後、昼食をとるためにレストランに入った。


 今、俺たちは頼んだ料理と飲み物が届けられるのを待っているところだ。周りのテーブルは満席で店員さんがせかせかと料理を運んでいるのが見える。


 まだ結構かかりそうだな……。人が多くてざわざわしてるし、早く店から出ちゃいたいんだけど……。


 そんなことを思っていると、不意に無藤さんの方から「ぐぅ……」とお腹が鳴るような音が聞こえてきた。


「無藤さん、お腹空いたの?」


 何気なくそんな質問をすると、無藤さんは頬をほんのりと赤くし、恥ずかしそうに俯く。


「……じ、実は今日、寝坊してしまってまだ何も食べてないんです……」


「へぇ、無藤さんでも寝坊することあるんだね」


「……は、はい、なかなか寝つけなくて……」


「そうなんだ。寝る前にいつもと違うことしたとか?」


「……いえ、そうではないんですが、多分、今日のデートが楽しみだったからです……」


 無藤さんはそう言った直後、はっとしたような表情をし、「あっ! デートの練習がですよ!」と発言の訂正をしてくる。


「うん、言い間違いだってのはわかってるよ。まあ、練習が楽しみってのは意味不明だけど」


「そ、そうですか……」


 無藤さんはそんな相槌を打った数秒後、意を決したような表情をし、俺の手に自分の手を重ねてくる。そして、頬をほんのりと赤くしながら上目遣いをしてくる。


「……し、信慈くんは……楽しみにしてくれていましたか……? ……今日のこと……」


 ……え? か、可愛い……。好きな人とのデートを想定した演技なのはわかっているけど、手を触られながらそんな質問をされるとさすがにドキッとしてしまう。


 少し鼓動を速くしつつ「別に楽しみには……」という本音をこぼすと、無藤さんはどこか悲しそうな表情をする。


「あっ、そうなんですね……」


 無藤さんはそう言った後、しゅんとして下を向いてしまった。なんかよくわからないけど、悲しませちゃったみたいだ。嘘でも楽しみだったって言えばよかったな……。


 そんな後悔をしていると、お団子ヘアをした高校生くらいの女性店員が俺たちのテーブルにやって来た。彼女は手にお盆を持っていてそこには料理と飲み物が載っている。よし、やっと食べられる。


「お待たせいたしました。こちら——え!?」


 店員さんはテーブルに料理を置く途中で無藤さんの顔を見ると、目を見開いて驚いたような表情をした。


「……ゆ、優李?」


「……え? み、実蕾みらい?」


 無藤さんも店員さんと同じように目を見開いている。もしかして学校の友達かな……? 学校から結構距離あるけど、ここでバイトしてるのか……?


「優李、久しぶりだね〜! ゴールデンウィーク以来?」


「うん、そうなるね。実蕾はここでアルバイトしてるの?」


「うん、夏休みから始めたんだ〜! 引っ越した家から近いしね〜」


「あっ、確かにそうだね。それにしても、バイトなんてえらいね」


「でしょ〜! で、こちらは彼氏さん?」


 いや、どう見ても違うでしょ。俺なんか無藤さんと釣り合わなすぎるし……。


「……えっと……それは……まだというかなんというか……」


 無藤さんは頬を赤くしながら店員さんの言葉を否定せずによくわからない返答をした。まだってなんなんだろう?


「ふ〜ん、なるほど〜。そういうことね〜」


 そういうことってどういうことなんだろう? 疑問が次々に頭に浮かんできて、無藤さんと店員さんの会話をまったく理解できないでいると、店員さんが俺に顔を近づけてきて不思議そうに首を傾げてくる。


「ん〜? なんか見たことあるような〜? ……あっ! もしかして優李の部活の先輩ですか〜?」


「うん、そうだけど……」


「あ〜! じゃあ、公園掃除の時に会ったんですね〜!」


 公園掃除の時……?


「じゃあ、お二人さん、楽しんでね〜!」


 店員さんは俺と無藤さんの肩をトントンッと叩くと、無藤さんににやっと笑いかけ、「優李は頑張ってね〜!」というよくわからないことを言って去っていった。


「あの店員さん、友達?」


「はい、私の親友です。中学で同じボランティア部に入っていたんです」


 親友で同じ中学……? ……あっ、そういえば。「親友」「同じ中学」という言葉から、無藤さんの家で見た写真が頭に浮かんだ。その写真で無藤さんと肩を組んでいたのがまさにさっきの子だった。


「あー、なるほど、親友ね。……ところで、さっきその親友さんが言ってた『公園掃除』って具体的に何のことかわかる?」


「多分、一年前に私の中学のボランティア部と北川高校のボランティア部が合同でやった公園掃除のことだと思います」


「あー、そういえばそんなのあったな。……確か俺が熱中症になったやつだ……」


 それで、中学生の女の子に助けられたんだよな。あの子、すごく可愛かった気がするけど、意識が朦朧としててあんまりちゃんとは覚えてないんだよな。


「……あの時は本当に心配しましたよ」


「……ん? 公園掃除の時、無藤さん、いたっけ? 俺、見た記憶ないんだけど」


「わ、忘れてしまったんですか!」


「え? いたの? ほんとに覚えてない」


「……もう」


 無藤さんはそう言って俺からぷいっと顔を背ける。無藤さん、俺なんかに覚えておいてほしかったの……?


 しばらくして料理を食べ終わり、席から立ち上がろうかというところで再び無藤さんの親友が俺たちのテーブルにやって来た。


「お待たせいたしました〜! こちら、カップル限定フレッシュレモネードです!」


 無藤さんの親友はそう言って、テーブルにグラスを勢いよく置いてくる。グラスには先が二つに枝分かれしたハート型のストローが入っていた。


「え? 頼んでないんですけど」


「私からのささやかなプレゼントですよ〜!」


「え? なんで……?」


 唐突なプレゼントに困惑していると、無藤さんは「実蕾、ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。もしかして無藤さん、デートのいい練習ができるって喜んでるのか……?


「うん! じゃ〜ね〜!」


 無藤さんの親友が手を振って持ち場に帰っていくと、無藤さんは真剣な表情で俺の顔を見つめてくる。


「早速、一緒に飲みましょう」


「いや、これはさすがに……。グラスも小さめだし、顔が近くなりすぎちゃうんじゃ……?」


「……それがいいん——じゃなくて、私の練習にもなるので、お願いします!」


 無藤さんがそう言って深く頭を下げてくるので、俺は仕方なくストローの先を手で持つ。すると、無藤さんは嬉しそうに微笑み、俺と同じようにストローの先を手で持った。


「じゃ、じゃあ、飲みますよ!」


「う、うん」


 無藤さんに返事をして思い切ってストローを口にやると、無藤さんがぎゅっと目を瞑りながらストローを咥えているのが間近に見えた。うわっ、やっぱり顔が近すぎる……。


 そう思って顔を熱くしながらも無藤さんの綺麗な顔がすぐ近くにあると、思わず顔の観察を始めてしまう。


 ……無藤さんの睫毛、すごく長くて毛先がくるっとしてる。ほっぺはちょっと赤くなってて可愛い……。鼻は形が綺麗だし、唇は柔らかそう——って、俺、なんてこと考えてるんだ!


 心の中で自分をぶん殴った直後、無藤さんが恐る恐る瞼を開け、恥ずかしそうに俺と目を合わせてきた。そんな無藤さんの瞳は透き通っていて、なぜかわからないけど、目が釘づけになってしまう。そんな俺を無藤さんも見つめ返してくる。


——ドクンドクン


 無藤さんと見つめ合っていると、なぜか心臓が激しく鳴り始める。そんな感覚に困惑しつつ無藤さんと見つめ合ったままいると、いつの間にかグラスは空になっていた。無藤さんと俺はそれに気づくと、慌てて顔を離し、互いに目を逸らす。


 なんでかわかんないけど、ずっと見つめ合っちゃってた……。なんか心臓もすごく鳴ってるし、わけわかんない……。そう思いながら呼吸を整えていると、無藤さんが頬を赤くしながらあどけない微笑みを向けてくる。


「甘酸っぱかったですね」


 無藤さんが可愛らしい笑顔を浮かべながらレモネードの感想を言ってきた瞬間、再び心臓がドクンドクンと鳴り始めた。


 なんか今日の俺、心臓辺りがおかしい。どうしちゃったんだろう……? そんなことを思って首を傾げている俺を無藤さんも首を傾げながら見つめていた。

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