花の山

「並木先輩、塵取り持ってきてください。部長もごみ袋お願いします」

 

 掃除を始め、体感十分くらいで、無藤さんの大きな声が聞こえてきた。もうごみ袋が要るなんて、無藤さん、仕事が早いな。


 近くに置いてあった塵取りを持って無藤さんの方に歩いていくと、彼女の掃き集めた花と花びらで大きな山ができているのが見えた。もうこんなに集めたんだ。無藤さん、俺とは性能が違いすぎる……。


「……並木先輩、早くしてください」


 無藤さんの手際に感嘆してその場に立ち尽くしていると、彼女に鋭く睨みつけられてしまった。


「あ、はい」


 俺は無藤さんの鋭い視線を受け、思わず敬語で返事をすると、彼女のすぐそばにしゃがみ込み、手で塵取りを固定する。


 無藤さんが塵取りいっぱいに花と花びらを掃き入れてくれた後、俺は塵取りを持ち上げ、部長が持つごみ袋の中でひっくり返す。


 無藤さんに「動きが遅い」と何度か叱られながらこの作業を繰り返していると、少し疲れが出てくる。


「ふぅ……」


 まだまだあるなぁ……。無藤さんにあと何回叱られることか。そんなことを思っていると、男子二人の「あはは」という楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 その直後、尻に何かがぶつかったような衝撃がして、しゃがんでいた俺は前に倒れそうになる。


「うわっ——!」


——ズシャッ


 体勢を整えようとしたものの上手くいかず、無藤さんの集めた花の山に頭から突っ込んでしまった。


 もう……最悪すぎる……。上半身には肌着がまとわりついてくる感覚がある。雨で濡れた花の山に倒れたので、ワイシャツと肌着が濡れてしまったみたいだ。


「すんません! もう、お前が押すから」


「いや俺、押してないって」


 後ろからは男子たちの会話が聞こえてくる。どうやらふざけていて俺にぶつかってしまったらしい。でも、もっと周り見てほしいな。謝るだけまだマシだけど、びしょ濡れになったぞ……。


「みっきー、大丈夫?」


「並木先輩、大丈夫ですか?」


 ぶつかってきた男子たちに腹を立てつつ、体を起こそうとしていると、部長と無藤さんの心配そうな声が聞こえてきた。


「濡れましたけど大丈————わっ!」


 顔を上げた瞬間、俺の近くにしゃがんでいる部長のスカートの中が見えてしまい、自然と叫び声が出た。


 一気に顔が熱くなったのを感じつつ、部長の方を見ないようにして急いで立ち上がる。すると、さっきの光景がフラッシュバックしてきてしまう。


 ……く、黒だった。レースの生地でリボンが付い————って違う!


 途中で我に返った俺は、頭を切り替えようと勢いよく首を横に振る。


「え? みっきー、どうしたの?」


「……並木先輩、まさか……」


 俺が首を振ったのを不思議に思ったのか、部長は首を傾げながらじっと見つめてくる。一方、無藤さんは殺気を放ちながら俺を睨みつけてくる。


「いや、な、なんでもないです!」


 気まずさが一気に湧いてきて、俺は急いで二人に背を向ける。そして、その気まずさを紛らわせようとワイシャツに付いてしまっていた花びらを手で払っていく。


 俺は何も見てない! 俺は何も見てない! 心の中でそう唱えながら花びらを払っていると、突然、無藤さんの足元が視界に入った。


 や、やばい! 殺気放ってたし、俺のこと問い詰めにきたのかも……!


 一瞬、無藤さんに怯えるが、体を触られる感覚がして彼女が花びらを取ってくれているのがわかった。


 ああ、よかった。花びら取るの手伝いに来てくれただけか……。そう思って安堵したのも束の間、無藤さんは訝しげな表情で見つめてくる。


(並木先輩、もしかして部長のスカートの中、見たんですか?)


 無藤さんは小声でそう尋ねてくる。俺は彼女の質問にドキリとし、鼓動を速くする。


(え? み、見てないよ)


(本当ですか?)


(うん、見てない見てない。部長の黒いパンツなん……あっ!)


(……並木先輩)


 俺がつい口を滑らせると、無藤さんは顔を赤らめ、怒ったような表情になる。いつものクールな姿とはギャップがあるが、今回は可愛い姿ではない。


(ばっちり見てるじゃないですか! 並木先輩の変態っ!)


 無藤さんは箒の柄を握りしめ、俺を鋭く睨みつけると、俺の背後に回った。彼女が何をするつもりかはわからない。でも、直感的に命の危険を感じる。


(ふ、不可抗りょ——!)


——バシッ


 無藤さんに弁明しようとしたが、彼女は聞く耳を持たず、箒の柄で俺の尻を思いっきり叩きつけてきた。


「いったっ!!」


「え? みっきーどうしたの?」


 痛みに叫び声を上げた直後、部長の驚いたような声が聞こえてきて、俺は彼女の方を見る。


「部長! 無藤さんが俺のことを箒で叩——っぱなんでもないです!」


 部長に告げ口をしようとしたが、無藤さんにキッと睨まれてしまい、仕方なく諦める。


 無藤さんのケツバットならぬケツ箒痛すぎる! 悪いのはあいつらじゃん! 無藤さん、ひどい……!


 心の中でそんな文句を言っていると、無藤さんがポケットからハンカチを取り出すのが見えた。


「顔にも少しだけ花びらが付いちゃってますね」


 無藤さんはそう言ってハンカチで俺の顔を拭き始める。そんな彼女の優しい行動に俺の怒りはだんだんと収まってくる。


 無藤さん、急に優しくなるのはずるいって……。これじゃ、許すしかないじゃん。そんなことを思いながら苦笑いをする。無藤さんは厳しいけど、やっぱり根は優しいのだ。


 無藤さんの協力もあり、体に付いた花びらはすぐに取り除くことができた。


「無藤さん、ありがとう」


 手伝ってくれた感謝を伝えると、無藤さんが一瞬だけ体を強張らせ、頬をぽっと赤く染めるのが見えた。


「お、お礼なんか言ってないで早く回収作業に戻りますよ! 部長を待たせてしまってますから!」


 無藤さんはやや震えた声でそう言うと、ぎこちない動きで部長のすぐそばに立った。


 俺はそんな無藤さんの姿に可愛らしさを感じつつ、作業に戻ろうと再び塵取りを手に取った。

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