閑話 お金がない! ①

side:ジル


 王都の騒乱そうらんから数日後、貴族学院は半年の休校に入った。


 建屋の破損が表向きの休校理由だが、その実はスレーター公爵による組織再編やそれにともなう生徒の編入手続きなどで授業どころじゃないらしい。


 軍部の裏切りは保守派と改革派の一部が起こしたクーデター、ひっくるめてマーカスのせいにしたため、スレーター公爵はもちろん、日本政府やノアが関わっていることは一切知られていない。

 というより転生などという荒唐無稽こうとうむけいな話をしたところで誰も信じないだろう。


 


「ジル様、何をそんな深刻な顔をしているんです?」

「ああ、こういう顔をしていれば賢者にみえるんじゃないかと思ってな」


「そ、そうですね、てっきり私と一緒でお通じが来ないのかと思いました。よかった!」


「お互い……早く春が来るといいな」



 ティナはマイペースだ。

 この陰謀渦巻く広い王都でも彼女のひととなりは基本変わらない。


「ティナちゃん! 安くしておくよ!」

「うちにも寄っておくれ!」


 彼女はつど街の人や商店にかけより、雑談を交わし、笑顔で別れ俺のそばに戻る。


「ジル様、お安く買えましたよ!」

  

「そういえばティナ、先日合コンに誘われただろ? 意中の人はできたのか?」

「はぁ……」


「はぁ?」


 ずいぶん歯切れが悪い。

 一緒に飲んだと言っていた粉ひき屋のイケメンとすれ違ったが、完全にこちらを無視していた。

 

「目が覚めると私しかいなくて……」


「おい、ティナ! そんな状態になるまで飲んじゃダメだ。自分の酒量は知っておいた方がいいかもしれないな。……そうだ、一度ライラやレイラ、スコット兄さんたちと一緒に飲もう。あの人たちなら安全だ」


 危険すぎる。

 こんな酒に無防備とは……男は野獣ケダモノだとちゃんと教えるべきだった。


 優秀過ぎるライラたちなら酒のことやいろいろとその辺りの事情に詳しいだろうし、きっと野獣のかわし方もうまいに決まっている。

 スコット兄さんは酒豪で絶対に潰れることはない。彼らならきっとティナの正体を暴いて…いや、導いてくれるだろう。


 まさかティナが酒にまれるとは思ってみなかったが……なんとか軌道修正してやりたい。


「そういえばジル様、来週一度ボルドにお帰りなるそうですが、お土産はどうなさいますか?」

「あっ! 土産か! 失念していた」


 半年の休校が決まった時点で兄経由の早馬で一度ボルドに帰ることを伝えていた。

 今の王都では貴族にいろいろと制約があり過ぎて自由にできない。

 故郷に帰ってのんびりしたいし、久しぶり皆に会いたい。


 実はエルから商売のことで大事な相談がある、と随分前から催促さいそくも受けている。

 丁度いい機会だしゆっくりと骨休めもいい。そうだ、ヴァンパイアのリンダを連れていこう。



「今日の予定は変更して皆の土産でも探そうか」

「そうですね……ってお土産を買うお金はどうしますか?」


「金? 謝礼金が残っていただろう、あれで買おうか」


「ジル様……すっからかんになりました」


 騎士団からと公爵サイドから少なくない謝礼をもらっていた。

 それがもうない、とはどういうことだろうか。


「一体何に使ったんだ」



「……飲み会の費用です……」



 金貨20枚は残っていたような……1回の飲み会で使う金じゃないだろう。

 もしかしてあのイケメン……彼女にたかったのか? それで視線を外したのかもしれない。

 

 最低の下衆野郎どもだ!



「ティナ、一緒に飲んだ男どもを全員教えろ!」

「お、落ち着いてください! もう過ぎたことはいいんです、私は納得していますから」


「お前が納得しても私が納得していない!」


 ティナが腕をひっぱり止めるも、そんなことで俺は止まらない。

 彼女が口を割らないなら俺が乗り込んでやるっ!

 

 半殺しする前に状況証拠を固めておかないと、何を言われるかわからない。

 飲み会の現場で情報収集を行うことにした。


 たしか『牡鹿ののんき亭』で飲んだと言っていな。

 俺はティナの制止を振り切ってその酒場に足を向けた。





「たのもー!」


 準備中の札は掛かっていたがそんなことはお構いなしだ。

 まずは店主に当日のメンバーを訊きだし、搾取さくしゅした男の正体を掴む。

 なんなら脅してもいい。現場を見ていたのは店主のはずだから。


 室内は薄い酒の匂いと古いテーブルの上に傷だらけ椅子が逆さまに載せてあった。奥に誰かいるようだ。


 1人の中年男性が床を磨いている。



「お客さん、悪いね、今日は夕方からだ」

「いや、飲みにきたわけじゃない。あんたに用があってきた」


「俺に? なんだい? ……おい! 後ろの女……なぜあんたが一緒に?」


 ティナは頭を下げ、沈痛な表情で店主を見ている。

 店主は明らかに動揺している。

 彼ももしかしたらグルなのかもしれない。


 俺はかばうようにティナを下がらせ、本題に入った。



「先週はうちのメイドが世話になったようだな。何があったのか正直に話してもらおうか」


「その女から聞いていないのかっ! あんたら貴族はいつもそうだ! 今さらなかったことになんてできないからな!」


 この店主はおちょくっているのか。

 俺は首を鳴らしながら男に近づいた。


「ジル様、お待ちください!」


 ティナは俺の前にでるとなぜか店主に背を向け、守るように手を広げた。


「え?」


「これ以上は……お願いですからやめてください!」


 お、おい、ティナ、まさか、まさか。

 推定35歳、M字に後退した毛と無精髭、ずんぐりした体型。

 酒場の店主だから包容力はありそうだが……彼が意中の人なのか?

 

 貢ぐにしても……もうちょっと……その……あるだろ!



 俺は冷静に店主を分析する。

 王都で酒場をはやらせるぐらいの手腕、そして天然娘をたぶらかす達者な口。

 彼女を一夜で射止めるほど海千山千うみせんやませんの猛者なのか。



「あなた、どなた?」


「え?」


 またひとり厄介な登場人物が増えた。

 奥から小さな子供を抱えた細身の女性が心配そうにこちらを見ている。


 おいおいおい、既婚なのかよ。

 一気にこちらが不利になった。



「カーナ、大丈夫だ。……二人とも帰ってくれ」


「え、でも店主さん!」

「あなた!」



 二人が同時に叫ぶ。

 当の店主の額から脂汗が光る。

 俺も脇が汗で濡れていた。



「済んだことだ。お嬢ちゃん、もう店には来ないでくれ。たのむ」



「おい! 済んだこととはどういうことだ! うちのティナに謝れ!」


「謝る? 謝るのはあんたのところのメイドだ! どんなツラして来たかと思えば……ご主様も狂人とはな」


 キョウジン?

 一体なんの話をしているんだ?


「おい、ティナ……この店主はやめたほうがいい」


「やめる? 何をです?」


 三人とも呆けたまま俺を見ている。

 もしかして奥さんまで納得済みなのか?


「貢いでしまったものは今さら返せ、とは言はないが……そ、その不倫はよくない、と思うぞ。子供さんもまだ小さいし……お互い納得していてもどこかで―――」


「あんた、何を言っているんだ?」

「ティナが先週、あんたにそそのかされて金貨を貢いだ件だ。……やんちゃが過ぎると奥さんが悲しむぞ」


「あなた! それ本当なの?」

「うわぁぁぁぁん!」


 奥さんが唖然あぜんとしてティナが泣き崩れた。

 いわんこっちゃない。修羅場がやってきたようだ。


 収拾がつかなくなっている。

 昼下がり、静かな店内は緊張の糸が張り巡らされている。

 戦場よりもキツイ。




「カーナ、先週この店をめちゃくちゃにしたのはこの女だ! 金貨はその賠償費用だ!」


「え? 賠償?」


「ごべんなざぁあぁい! じるざまぁ!」


「はんっ! 正直あの程度じゃ足りんぐらいだ! 心に傷を負った男たちは未だに誰も戻って来ない! 顔だけでなく……点数をつけるなんて……この鬼畜生が!」


 え? えええええええ!

 ナニに……点数だと?


 蜘蛛の子を散らすかのように姿を消した男たちはティナから自身の存在にかかわる点数をきっと付けられた子たちだ……。

 俺は無意識に自分の股間に手が伸びていることに気が付き、深呼吸を繰り返すと店主とともに着座した。


 話を促すとトラウマを植え付けられた消費者たちの戻りは鈍く、店の前で泣き出す男もいるそうだ。


「ティナ……ナニに何をしてしまったのか本当にわかっているのかっ?!」


「ごめんなさい……ナニも覚えていないんです」



 その後、小一時間ほどティナに遠回しにシンボルの重要性を説いて、5日ほど店の手伝いをさせることにした。

 店主は俺があまりにも男たちに同情していたのが不思議だったらしく、ときたま女の俺の股間をみていたような気がする。




 



 ◇◇◇

 5日後……


 反省した罪人ティナは、5日の勤めを無事に終えた。

 シラフで天然の姿は好ましいようで、案外女性に人気があったようだ。


 その女たちを目当てに男たちも戻りつつある。最後日は店主に感謝までされ、給金ももらったらしい。


「嬢ちゃん。絶対に酒は呑むな。ここはあんたのような人が来るような場所じゃないんだ。まっとうに生きろよ」

「はい、お世話になりました!」


 どこかで見たことあるような見送りに出くわし、俺は彼女のいなかった5日間に思い浸りながら土産物屋に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る