第30話 ヴァンパイア(小)

side・ジル


 俺はアイテムボックスから黒塗りの弓矢を取り出し、隠ぺいを自分に掛けると暗闇から暗闇の中へもぐりこんだ。



「シュ!」



 弓を引き搾り放つ。致命傷は避け、脚を射抜く。

 通りすがりに呻いて動けない者たちの意識だけを奪っていく。


 もともと休憩中だったのか、戦闘服を着ていない者が大半だった。

 これでは最初から奇襲は成功を約束されている。


 中には夜目をもっているのか匍匐前進で逃げようとしているヤツもいたが、誰ひとり向かってくるヤツはいない。


 年齢も若者が大半を占めている。



「おっと」



 掃討をしているときだった。

 何よりも驚いたのがその速さだ。光ったと思った瞬間には迫る炎。俺はギリギリ避けたが、爆散した火の玉に蹲っていた二人の若者は飛ばされ、身体に火が点いている。

 

 のたうち回っているため、周囲にも飛び火して被害が拡散していた。



「水魔法を使える奴は仲間を助けろ!」



 叫んでみたものの俺に脚を射抜かれたせいで、丸焼きは増えていく一方だ。


「おい! 火はやめろ!」


 話が通じたのか、火の玉が氷の槍に変わった。


「ちっ!」


「あれを避ける?……あなた……人間?」


「ここでは犠牲が増える。あっちの広間で相手になってやる」


 小さな扉の前で仁王立ちして女は動こうとしない。



「ごめんなさいね、私、ここから動けないの。だって護衛だから!」



 なんて速さ! 俺は腿を掠られた感触だけしか感じなかった。

 その後に後ろでガラスが砕けるような音が続く。



「土魔法も使えるのか! 凄いな!」


「凄いのはあなたよ。どうやって今の避けたのかしら? でも次はないわ!」



 無詠唱がこれほど恐ろしいく、予備動作のない魔法がこんなにも脅威だとは思わなかった。



「フェイクかっ!」


 石礫を避けた先に氷の槍が3本到達していた。

 無理やり身体を捻り、ナイフで弾く。石も氷も物理法則にしたがい、直線で助かった。


「くっあっ!」


 そこへ風の刃。この女はいくつの属性を操れるのか!


 俺は避けながら細身のナイフを反撃で投げている。

 それにも関わらずなぜか手応えがない。

 というより刺さっているのに怯んでいないし、効いていないようだ。



「ははっ! いいわ!」



 接近戦を読んでいたのか、足払いを飛んで躱された。

 後ろ回し蹴りの勢いを上半身に伝え、両手を地に付け旋回力を殺さずサマーソルトをお見舞いする。


「オラァ!」

「ぐはぁぁぁ!」


 胸を踏みつけると足首を曲げ、そのまま後ろの扉に叩き込む。

 骨の折れる音は聞こえたが、当の本人の目は死んでない。


「ちっ!」


 着地と同時に飛び込む予定だったが、風の刃が邪魔する。

 バックステップで距離を取ると視線が合った。



「ゼェヒュー、ゼヒュュー、はぁはぁ……」



 折角、肺まで潰したのに急速に回復しているようだ。

 戦闘不能になるようなダメージは与えたのは間違いない。

 だが、ある思考が巡り、追い打ちをかけるべきかを迷わせた。


「おまえ、ヒューマンじゃないのか?」


「当たり前でしょ。あんな下等生物と一緒にしないでちょうだい。私はヴァンパイアのリンダよ。アレックスは渡さないわ」


 おおおお! ヴァンパイアキターー! ファンタジーっぽくなってきたな。

 なるほどな、この手強さ。爺さんたちは分かっていて先に行ったようだ。

 俺なら倒せると。



「ならばその期待に答えなきゃな」


「何をさっきから笑っているのかしら? あんまり私を舐めていると殺しちゃうわよ? ふははは!」


 あーーー! たまらん! 青白い顔に紅い瞳。二十台にしかみえないけどきっと長生きしているんだろうなぁ。あの煽り最高じゃないか。『ふはははは!』なんて。



「ひとつお願いしても?」



「なによ?」

「私が勝ったら魔法の先生になって欲しい」



「はぁ? あんたバカなの?」

「当たり前だ。ヴァンパイアって……その辺りを察せないピンキリなのでは?」



「し、失礼ね! ほんと噂たがわず脳筋の変人ね。さっさと殺してあげる」

「ちょっと、まだ答えもらってないんだけど!」



 白く美しい脚が顔の真横まできている。身体強化の魔法も超一流。

 予想通り煽り耐性が低い。


 遠距離魔法を使わず、俺の土俵、肉体の強さでマウントを取りに来た。



 どんなに早かろうが蹴りや拳は体へ繋がる。

 ようは体から手脚が飛んでくるだけ。

 どのパーツよりもデカい体を抑えてしまえば……秒で終わる。

 脚をスウェーで躱しつつ隙だらけの太腿を肩でクラッチし、そのまま体を抱えて扉にしたたかに押し込む。



「うごっがっ!」



 ヴァンパイアは強いかも知れないが、この娘は強いか弱いでいったら圧倒的に弱い。

 実戦経験がないくせにプライドが高く、傲慢で高貴。俺には好ましく映った。


「痛いぞ、我慢しろよ?」 


 肺から空気が抜けきる前に束ねていない掴みやすい髪を思いっきり横に引き下げた。

 髪の毛を掴むのは卑怯と教わった諸君は甘ちゃんだ。


「ぎゃっ」



 短い悲鳴が続くがおかまいなし。

 ナックルを付けた拳で口元を殴る。



 暴れ、抵抗しようとするが、片脚は俺の肩に嵌り、扉に挟まれ足が浮いている状態。

 尖った爪でひっかいてくるが目を狙ってこない時点でこいつは近距離戦のセンスはない。

 そうこう殴っているうちに血塗れの前歯がポロポロと落ちていく。

 早く挫けてくれ。あまり殴り続けたくない。



「あと一撃かな?」



 正確な右ストレートが唇を叩く。


「あがっが」


 ヴァンパイアといえばさっきから覗いている犬歯。

 狙いを定め歯茎を叩く。


「や、はめれぇ、うぼうおおおお!」


 緩んだらぐいっと無理やり犬歯を引っこ抜く。

 女は泣きながら小便を漏らした。

 

 ジョボジョボジョボジョボ……。


「ごべんなざい……ゆるじで! やべで!」


「命の奪い合いに、命乞いは“なし”だ」



 俺はもう一本もひっこ抜く。


「いたぁぁ」


 力が抜けたことを確認すると開放してやった。

 彼女は自分のお漏らしの上に落ちて小便まみれになる。


「戦うなら覚悟は最初からしておけよ」


「ごべんなさぁい。うわわわん」


 ブライ家は戦意を失った者には慈悲をかける。精一杯戦った者には敬意を払う。

 そして小便を漏らした女には……見なかったことにしてやるのが流儀だ。


 彼女は大泣きしながら扉の前から動いた。

 俺は極めつつある家事魔法で、そっと近づくと文字通り彼女の粗相をなかったことにしてやった。



「お前のことが知りたい。鑑定を受け入れてくれ。そして私の魔法教師になってほしい」


「ほぇ?」


「何度もいわせるな。いいな?」


 彼女はゆっくりと頷くと右手の指輪を外した。



「ステータス」


名前 :リンダ・ロンシュタット子爵令嬢

年齢 :263歳(女)

続柄 :始祖〇〇〇の孫娘

種族 :偽装(ヴァンパイア)

状態 :洗脳状態(解除可能)

成長 :平均型

統 率:E

武 力:C

知 力:C

内 政:B

外 交:E

魅 力:B

魔 力:S

忠誠度:E

相 性:A

スキル:無詠唱5/短縮詠唱5/魔力操作5/複製魔法5/身体強化5/火魔法5/風魔法5/水魔法5/土魔法5/闇魔法5/召喚魔法5/夜目5/魔法陣5/偽装5/解呪5/礼儀作法4

ギフト:隷属化/変化/吸血/強靭化/飛翔/不死/不老/デイウォーカー/魅了

性 格:臆病/傲慢/社交的/服従欲

称 号:『吸血鬼』

 

 


 洗脳状態か……。

 本当に厄介……。

 

 解除可能?……解除できるのか!


 そ、そうだ! テイムなんかどうだ?

 テイムしちゃってみる?


 「テイム!」


 彼女は前歯のない口をポカンとあけたままだ。

 どうすればいいのか分からないので、とにかくご執心だった牙を返した。


「ありがと」

「気まぐれで抜いただけだ。気にするな」


 「気まぐれで大事な牙を抜くとは愚か者!」とポコポコと叩かれたが、少し嬉しそうだったので良しとする。


 いつの間にか洗脳状態が解けたみたいで、俺のテイムが大活躍したようだ。

 ついでにぶっ倒れている奴らをみると皆、洗脳状態だったのでテイムを掛けたが効いていない。

 

「おっかしーな」


「何をさっきからしているの?」

「いやね、リンダの洗脳はどうやって解けたのかなって」


「私が自分で解いたに決まっているじゃない。どうやっても勝てないもの。わざわざ弱者に従う必要はなくなったから解いたのよ」



「……テ、テイムじゃなかったのか!」

「魔物と一緒にするなっ! それで、私はあなたに何を教えればいいの?」


「その圧倒的な魔法だよ。落ち着いたらうちの領で一緒に暮らして欲しい」


「はぁ? ちょ、ちょっと、あなた何いっているの!」

「そんなに照れるなよ。本気だぞ。いいな?」


 反対している割にはなかなか嬉しそうだ。

 なるほど『服従欲』か。


「ふん! 私はヴァンパイアよ。下賤な人間になど従わないわ」


「それでもいい。必ず私と行くんだ。いいな?」


「……」


「返事は?」



「……はい」



 服従欲なんてすごい性格をしている。だが頬を染めた彼女はいじらしく可愛らしい。

 

 繊細で多彩、超絶スピードは俺の憧れの大賢者を彷彿させた。

 今からでも魔法使いタイプにイメチェンできるだろうか。


 早速、彼女の協力で魔力結界を解いて扉を開けてもらうと、マッドサイエンティストもびっくりな光景がそこには広がっていた。


「なんだ……これは」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る