第4話 海賊令嬢の品定め①

 私は目の前に座る少年の品定めをする。立ち居振る舞いは貴族として申し分ないが、やたらと汗をかいている。10歳にしては太り過ぎな体格と緊張のためだろう。この茶色の髪と目をもつ少年は見ていてかわいそうになるくらい顔を赤くして緊張している。


 私はアイリス。ゴンザーガ侯爵家の総領として、婚約を結ぶための顔合わせに臨んでいる。侯爵家という家格からみると、もう少し早くどこかの高位貴族の子弟と婚約していても良かったが、ゴンザーガ侯爵家の悪評と私自身の評価も相まって、今日のこの日まで現実とはならなかった。


 ゴンザーガ侯爵わが家の悪評というのは、ゴンザーガ侯爵家が男爵位を得てから侯爵へと至る過程にある。


 そもそもゴンザーガ侯爵家の勃興はポルト・ブレイザー近海を根城にしていた海賊であった先祖が、当時、ポルト・ブレイザーを領地としていた貴族が魔族との小競り合いで討ち死にした混乱に乗じて、ポルト・ブレイザーをその貴族家から奪い取ったことに始まる。


 先祖は王宮に賄賂をばら撒き討伐の決定を遅らせ、更に敵国にも賄賂をばら撒きポルト・ブレイザーを攻め込ませた上で自ら撃退した。

 その際に莫大な戦利品と敵国貴族の人質を得、それを全て王宮に献上している。

 この自作自演と献上品により先祖はポルト・ブレイザーの支配を認められ更に男爵位を賜った。

 我が家に伝わる歴史書によると、当時ポルト・ブレイザーを支配していた貴族は、王家と対立する派閥だったことが大きかったようだ。


 その後、先祖は敵国船に対する拿捕権(海賊行為)を認めさせ、その利益を王宮と分かち合い、有事には海戦で貢献することで百年ほどかけて侯爵まで陞爵しょうしゃくしたのが祖父のときだ。


 数百年かけても同じ爵位であり続ける貴族家が多い中、百年ほどで侯爵にまで登り詰めた我が家は嫉妬の的であり、中でも先祖からポルト・ブレイザーを奪われた貴族家は未だに恨み骨髄のようだ。更に先祖が海賊を生業としていたことと今も敵国相手とはいえ、海賊行為をしていることにより我が家の評判は良いものとは言えない。


 父としては先祖から受け継いだ領地と祖父が得た爵位を盤石のものとするべく、中央貴族であり、かつ、我が家を内側から食い破る恐れがない者を何人も選び出したのだが……。


 その全てに断られてしまった。最後の一人となったイアン・ネヴェルスという目の前に少年を残して。


 元々我が家に対する評判は良くない上に、私は深窓の令嬢のような色白で慎ましい女性とは程遠い。私が父から任されているのは海賊の取り締まりであって海賊行為ではないのだが、そんなことはお構いなく、私は「海賊令嬢」と揶揄されている。このため、婚約相手として敬遠されている。


 そのような理由で敬遠するなら、「どうぞご自由に」と言うところではあるが、こうも敬遠され続けることに何も思わないほど図太い訳でもない。

 だからといって、邸宅に留まって日焼けを落とし、自分を押さえて相手を立てるというのは性に合わない。


 それなら、まだしばらく婚約はしなくても良いと思い始めた私の前に現れたのがこの少年だ。


 貴族の婚姻が利害関係に基づくものである以上、我が家に不利益をもたらす要因が無ければ特に問題はないと私は考えている。

 このため、外見に対するこだわりは百害あって一利なしといえる。外見で領地経営ができる訳ではないからだ。能力の有無も問題にならない。有能であれば我が家の領地経営に参画してもらうが、無能なら何もさせなければいいだけの話なのだから。


 吟味しなければならないものは内面。腹に一物を抱えているか否か。我が家に害なす意図を有しているか否か。周囲の者を尊重できるか否か。私を大切に扱うか否か……。


 繰り返しになるが、貴族の婚姻は利害関係に基づくものである以上、二人の間に愛情は不要。しかし、相手を尊重できない関係性は災厄の原因になりかねない。我が家にはそれだけの権勢があるのだから。


 ◇◆◇

「若い二人で庭でも散策して、親睦を深めなさい」


 私たちの両親たちは、私たちそっちのけで盛り上がっていた。話しぶりからすると若い頃に親交があったようだ。


 それに気づいた父が言ったのがこの言葉だ。


「では……」


 とイアン少年が立ち上がり私のそばまで来て左手を差し出す。私はその手に右手を置く。流麗とまではいえないが自然な動きだった。私は目の前の婚約者候補の評価を少し改め、見慣れた庭園へと向かうのだった。

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