第2話語り手は陳宮へ。曹操よ、後悔させてやる
「公台」
張邈がおれのあざなを呼ぶ。
おれの名は、陳宮。
「
「あわてるな、孟卓。おじけづいたのか」
「そ、そんなことは」
孟卓とは、張邈のあざなだ。
曹操は自分の家族に、「おれに何かあったら孟卓を頼れ」とまで言いおいていた。それなのにこいつは、おれがちょっとおだててやったら、すぐにおれに乗り換えやがった。
おれは張邈に言ってやった。
「心配するな。こちらには呂布がいるのだぜ」
「あいつは、また、裏切るのではないか」
「あいつには敵を与えておけばいいのさ。戦うことで生きている」
「おれたちに、御しきれるのか」
こいつ、急に弱気になりやがった。
こいつは曹操だけじゃなく、袁紹の親友でもある。こいつが呂布と面識を得たことを袁紹は悔しがったそうだ。まあ、強いやつを手に入れれば、戦は多少は有利になるからな。
「おまえは曹操にも、袁紹にも、いい顔をしたいのか、孟卓?」
「しかし曹操は戦がうまい」
「濮陽の城に誘い込んだら、おれに策がある。やつはここが内応すると思って入ってくるのだ。そこに焼き討ちをかける」
「そう、うまくいくかな」
「まあ見ていろ」
曹操よ、後悔させてやる。
曹操が徐州を攻めている。
しかも、今回は二回目だ。
やつの父親が、陶謙が統治するこの徐州で殺された。だからやつは父親のあだ討ちをしている。
やつは住民を数多く殺害したそうだ。
やつは数万人を川に投げ込んで殺害し、川の流れが止まったとか。
それをおれは見ていない。
話というのは尾ひれがつくものだ。それも、よくない話ほど。
まあ、陶謙の軍勢は数が多い。しかも強い。
徐州は穀物がよくとれる。だから洛陽から逃れてきた住民が多く住んでいる。
だから曹操としても、徐州は押さえたい地域であったろう。青州兵を傘下に入れて、彼らを養う必要もある。
結局誰が曹操の父親を殺したかは、今もってわからずじまいだ。
しかし陶謙とて、聖人君子ではない。
陶謙は人に頭を下げない性分だったし、忠義な者を遠ざけた。同盟を組んで略奪を働いた相手を殺してその軍勢を吸収したりしている。
今、将兵の数を増やしつつある曹操とはいずれ、事を構えることになっていただろう。
将兵だけじゃない。
曹操は参謀たちも集めている。
おれのそばで、やつは、旗揚げの時から一緒にいる従兄弟たちと話していたのを思い出す。
「おまえは頭がいいのだから、別に参謀なんぞいらないじゃないか」
そう言ったのは夏侯惇だ。
おまえというのは、曹操のことだ。
「そういうわけにはゆかん」
曹操は言った。
「おれはまだ、目の前のことをやっつけるだけで精一杯だ。この先が、まだ見えん。だから参謀が必要なんだ。それも、多い方がいい」
そんな。
おれは、開いた口がふさがらない。
おれがいるじゃないか。
おれも、参謀だぞ。
おれだけでは、不足と言いたいのか。
夏侯淵が――こいつは目鼻立ちばかりか声も態度もでかい――口をはさむ。
「それもそうだなあ。おれも子孝も子廉も元譲兄も、頭を使うことでは役に立たんからなあ」
曹仁、曹洪、夏侯惇が、うんうんとうなずく。
「子廉は、孟徳兄のために、いつも命がけで戦っているしな」
曹仁が弟の曹洪を見て、言った。普段は無口だけに、たまに口にする一言が、やたらと的を射ていて、思わずそうかと膝を叩きたくなる。
「逆に言えば、おれはそれだけだ、子孝兄」
曹洪が――こいつはほんとうに素直で正直な若者だ――下を向いた。
曹操は笑い、従兄弟たちに柔らかな口調で言った。
「おまえたちがいてくれるだけで、おれは心強い」
すると夏侯惇も夏侯淵も曹仁も曹洪も、にこりと笑うのだった。それが、いつもの光景だった。
その輪の中に、おれは入っていない。
それも、いつものことだった。
そして続々と、参謀たちが集まってきた。
いちいち、誰が来たか、ここでは言わない。
さて、おれが曹操とどうやって知り合ったか、それは次回で語ることにしよう。
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