7、不器用なダンス

 ぼくはまず、カードを発行できるかを確かめてみた。

 いくつかの手順を確かめてみたけど、ある壁に行き当たった。カードキーを作るためには認証が必要だ。その認証のためには、指紋と虹彩をチェックされる――要するに、人間であることをセントラルに証明しなければならない。

 ぼくの体では無理だ。だけど、ぼくは知っている。セントラルを騙すことができる。アオイみたいに、侵入口バックドアを見つけるんだ。


 そこで、セントラルの全貌を把握することにした。

 セントラルは仮想世界ひとつを作り出し、その内容を演算しつづけている。だけど、今やそのために領域を使う必要はほとんどなかった。もう被検体はいない。ナカムラ先生――セントラルのアバターだけがいる世界だ。

 その上、セントラルには未使用領域がたっぷりあった。学校で習ったコンピュータ科学は初歩的なものだったけど、ボクの知識でも過剰性能オーバースペックなのがわかる。


 ぼくは使われていない領域に新しい仮想空間を作ることにした。セントラルの中に保存されている、この研究所の空間データをまるごとコピーする。容量は巨大だけど、セントラルの有り余る性能なら簡単なことだった。

 問題はここからだ。その仮想空間の中に、ぼくの体を再現する。

 前足だけのインプットでは、とてもできない複雑な操作だ。だから、まずぼくが入力しやすくなるようにインタフェースを整えた。

 中核セントラルルームにあるカメラを使う。カメラに映るぼくの体を使って、足や尻尾の動かし方で入力するのだ。取消アンドゥするときには、声を使う。自分の吠え声は好きじゃないけど、仕方がない。


 これで、かなり複雑な入力ができるようになった。ぼくは四つの足と尻尾を使って入力を行い、記憶にある限りのボクの姿をもう一度組み上げていった。

 人間だった時のぼくが、偽物の世界の中で作り上げられていく。足から順に作り上げていったところで、思い出した……ぼくはぼくの顔を見たことがない!

 背中も見たことがないけど、こだわらなくたっていい。重要なのは指紋と虹彩だ。指紋は覚えている形を再現した。授業の内容に飽きた時にはよく自分の手をじっと見ていた。だから簡単だ。

 でも、瞳は……自分で自分の目を見たことはない。学校には鏡がなかったのだ。


 だから、ぼくは自分の一番好きな顔をかわりに使うことにした。アオイの顔だ。

 一度しか会っていなかったけど、アオイのことははっきりと思い出せた。虹彩の形まで、はっきりと。あとはそれを入力するだけだ。

 ぼくの体に、アオイの顔。ふたりを混ぜ合わせた姿。彼女に無断でこんなことをしているのは恥ずかしい気もしたけど、どうしても必要なことなんだと自分に言い聞かせた。


 数時間、不器用なダンスを踊り続けた。舌を垂らしてハァハァを息をつく。四本の足を動かして入力し続けて、スパコンの中にぼくの姿を蘇らせたのだ。

 もう一度、同じことはできない……お腹が減ってふらふらするけど、最後の力を振り絞った。

 仮想世界の研究所にも、カメラと指紋と虹彩の認証装置がある。現実の装置の代わりに、仮想世界の認証装置に接続させて、もう一度認証を行った。

 アオイの顔をしたぼくが、装置に指を触れる。そして、小型カメラを覗き込んだ。


 ピッ、と音がして、認証が成功した。あっさりとカードが排出される。

 ボクはカードキーを掴もうとして、床に取り落とした。今の手では握る動きができないことを忘れていた。

(仕方ない……)

 いかにも犬みたいでやりたくはなかったけど、ぼくはカードを口に咥えた。乾いた舌がカードに張り付きそうだった。


 そのまま、ふたたび生活区画に向かった。銀色の扉の前に立つ。

 ぼくは精一杯体を伸ばしたけど、認証装置には少しだけ届かない。床を蹴って、思いっきり飛び上がった。装置の門に鼻をぶつけそうになったけど、なんとかカードを読み込ませることができた。

 しゅぅっと空気が漏れる音を立てて、扉は床に吸い込まれた。ぼくはいてもたってもいられず、部屋の中に飛び込んだ。


(アオイ!)

 こぢんまりとした部屋だ。一面は棚になっていて、本がぎっしり詰め込まれていた。もう一面にはベッドが、もう一面にはデスクがある。

 デスクには、女性が突っ伏していた。長い黒髪が広がって、ぐったりしている。ひゅーひゅーという、か細い呼吸音が部屋の中に響いた。

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