お◯んちんついてんの!?


 

 どうして、僕は体を揉まれているんだろう――。

 

 プエルは屈強な里の者に体を掴まれ、筋肉をほぐすストレッチを施されていた。これも観光客向けの出店の一つで、体の固いお客さんに対してトレーナーがマッサージをするものだ。本来は有料だが、ジーニアスの後ろを歩いていたプエルが声をかけられ、ジーニアスの「無料だから行ってこいよ」との一声で半ば強制的に連れられてプエルだけが体験することになった。

 

 配慮により男性客には男性トレーナーが、女性客には女性トレーナーが付くことになっているが、プエルがいくら「僕は男です」と主張しても女性トレーナーが付いたために、柔軟指導に集中しづらく羞恥心が強かった。たとえその女性が男顔負けの屈強な肉体美を備えているとしても、女性であることには変わりない。少女のような見た目のせいで女性と話す程度の経験は豊富だが、触れ合うことhほとんどないプエルにとって、これ以上ない緊張をもたらした。


「あ、あの、僕その、もう大丈夫ですっ! ありがとうございましたーっ!」

 

 施術のため股間にトレーナーの手が差し込まれた時、プエルは思わず涙目になってそう叫び、その手を振り払って飛び出していった。プエル・アドラブル十四歳、ここに純潔を守る。うら若き少年にとって忘れられない出来事となった――。

 

 走り抜けた先の広場には、大樽に入った酒がいくつも置かれていた。ここでミズヲノメ様新嘗祭本来の目的である儀式が執り行われている。


 この里の新嘗祭では、儀式といっても神事や祈祷を行うわけではなく、広げた両腕に収まる程度の大きな盃になみなみと注がれた酒を、一人一人が順番に一息で飲み干すという荒々しい挑戦が行われている。飲み干すことに成功した者はその年の一年間を健康でいられるとされるが、誰もがそれを信じているというわけでもなく、楽しいから飲むという者が殆どのようだった。

 

 その中には、見知ったばかりの顔もあった。

 

「あ、キミ昼間の! プエちじゃん!」

 

 声をかけようとした矢先、シノカは紅潮した顔を向けてにまっと笑った。高い位置で結われていた髪がほどけていて、ハイトーンな黒と白のストライプで構成された長髪が美しく流れる。

 

「どうも、シノカさん。新嘗祭のアレ、もう挑戦したんですね」

 

 プエちと呼ばれたことに疑問を抱きながらも、シノカの酒臭さに若干顔を引かせた。

 

「そーそー、プエちも呑んでるー?」


「僕は未成年なんで呑めませんよ」


「マジメか! イマドキの未成年が呑んでないわけないっしょー! ウケるぅ〜!」

 

 シノカは問題発言をしてケタケタと笑った。確かに罰則はなく、裏でこっそりと呑んでいるような若者は多いが、それは暗黙の了解があってこそ成り立っている。堂々と呑むような輩は後々になって何か重大なことをやらかすことが多い。もっとも、プエルは言葉通り呑んでいない。

 

 ※※※ 二◯二四年の日本では〝二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止二関スル法律〟により二十歳未満の飲酒が禁止されています。また、二十歳未満に対して飲酒を勧めることは、たとえ親でも違法であり、刑罰として千円以上から一万円未満の科料とがりょうが発生します。なお、この作品における登場人物の言動は、決してあなたへの飲酒を勧めるものではないことをご留意ください。 ※※※


「ねぇプエちぃ……?」と、シノカはそっとプエルの耳元につやつやの唇を寄せて囁く。妖艶なシノカの猫撫で声にビクッと跳ねた肩へと手を置いて、そのまま続ける。

 

「最初ん時はさぁ、おっさんの前だったからあれなんだけどぉ。プエちのことかぁいいと思ってたんだ〜。お目目キラキラでぇ、お洋服なんかもフリフリでさぁ、プエちみたいな子好きぃ〜」

 

 何の遠慮もなく背中に腕を回して密着するシノカに、プエルは真っ赤になって離れた。

 

「ちょちょ、ちょっと、シノカさん! 僕、その、男なんです! だから……!」

 

「へ? うっそー⁉︎ じゃ、こんなかぁいい子におちんちんついてんの⁉︎」

 

 シノカは無遠慮に放送禁止用語を口にしながら目を見開いた。

 

「ご、ごめんなさい……騙すつもりじゃ……」

 

「それ……まじそれって……」唖然としてわずかに口をぱくぱくとさせたあと、シノカはよだれを溢すほどの笑顔になった。「ちょーおトクじゃぁん! まじ⁉︎ 最高すぎんだけど!」

 

 プエルの手を両の手で握ってぴょんぴょんと跳ねたかと思えば、今度はお姫様のように抱きかかえた。シノカの細腕に包まれるのには抵抗があったが、華奢な見た目に反してしなやかで、そして力強く、軽々とプエルを抱え込む。全体重を容易に預けられる気がしてしまう安定感があった。

 

「おトクって何なんですかぁ! 下ろしてくださいっ!」

 

「あ、ごめん! ちょテンアゲしすぎちった!」

 

 大人しくその言葉に従い、シノカはそっとプエルを地面に立たせた。それからシノカはプエルをじっと見つめる。なまめかしい、熱っぽい視線には慣れず、プエルは視線を逸らした。

 

「な、何ですか……?」

 

「いやぁ〜なんていうか、かぁいいわぁ……」と、シノカは感嘆のため息を放った。「まつ毛バシバシだし、お鼻は通ってるのにちっこくて可愛らしいし、お口もちっちゃいのにプルンってしてるし、体もちっこくて細いし、すっごい小顔だし、透き通ったみたいな声してるし……もうなんかこの世全ての理想よ? プエち、お姫様みたいだもん。いっそ女の子になんない⁉︎」

 

 ごそごそと荷物からメイク道具を取り出してみせたが、数々のメイク道具の中にハサミが紛れていたのを見たプエルは〝切り落とされる〟と直感して距離を取った。

 

「やめてください……冗談でもそういうのは……、ヒュンってなるんで……」

 

「えっ、ごめん、そんなビビんないで? あーし、もっとプエちと仲良くしたくなっちったからさぁ。ほんとごめんね? こわかった? かぁいいねぇ、よーしよーし」

 

 頭をぐりんぐりんと撫で回される〝かわいがり〟に甘んじるさなか、男たちの野太い嬌声にも似た歓声が広場の中心から湧き上がった。


 新嘗祭の儀式で一気飲みに挑戦していたのはジーニアスだった。普通ならば一杯飲めば酩酊状態になってもおかしくないほどの量があるにもかかわらず、連続して飲みまくっているゆえに男たちからの大歓声が上がったのだ。

 

「オラァ! 勝負ら! 勝負しろテメェコラァ!」

 

 その整った顔から血が吹き出すかのごとく真っ赤も真っ赤だったが、ジーニアスは仁王立ちでもふらつく足元を整えながら人差し指を正面の男に突き立てた。

 

「いいらろう、ジーりアス殿どろッ! それがしが相手りらろうッ!」

 

 相手の男もすでに挑戦済みで、目の焦点が合わず大変な顔をしており、舌が回っていないながらも威勢の良い返答をした。隣で肩を貸していた女に気遣われつつ、儀式の間に立つ。

 二人の間に何があったのかは非常にわかりやすく、何もなかったのだろう。ただ、イチャつくカップルが許せないジーニアスの僻みであろうことは想像に難くないことだった。

 

 祭りの楽しげな雰囲気に流されてか、周囲の人々も危険な飲酒を止める気配はない。むしろ「やっちまえー!」「カップルを爆発させろーッ!」などと囃し立てている。

 座り込んだ二人の前に定番の大きな盃が置かれ、酒が器の縁いっぱいまで注がれる。この地酒がまた美味であり、観光客はもちろん里の者も次々と飲んでしまう一品である。

 

 仕切りの者による始めの合図が出されると、二人はぐいっと一気に飲み干した。さらにもう一杯、もう一杯と三回目に飲み干したあと、相手の男の方がごぼごぼと口から酒を吹きこぼしてしまい、そのまま後方に倒れ込んだが、すんでのところで先ほどの恋人に支えられて大事には至らなかった。かくして勝負は決まった――試合に勝って、勝負には負けたのだ。

 

「――っしゃぁあああ! おらぁぁぁ! わーたーしーは最強さーいきょーぉぉぉおおあああッ‼︎」

 

 両手を天に掲げ、雄叫びを上げたジーニアスを取り囲んだ男たちから拍手喝采が送られる。

 プエルも小さな拍手は送ったが、その姿が痛々しくて見ていられなかった。案の定、ジーニアスも遅れて全てを吐き出した。汚く、綺麗な、虹色の川を作り出す様に阿鼻叫喚の渦となった。

 

「ぎゃははははっ!」と、シノカは手を叩きながら涙を伴うほどの呵々大笑をする。「なぁんだよぉ、あのヘンタイおもしれーやつじゃん! いいぞー! さいっこーっ!」

 

 せっかくの女性からの黄色い声だったが、目を回してゲロまみれになりながら仰向けに倒れたジーニアスの耳に届きはしなかったようだ。仕方のない人だ、とプエルはジーニアスを引き摺って連れ出し、寝泊まりのために貸し出された部屋へと何とか送り届けた。

 

 それにしてもこんなにぐでんぐでんになるほど酔っ払って、いざという時に魔法が使えなかったらどうするんだろう――と素朴な疑問を抱くと同時に、今のジーニアスさんになら僕でも勝てそうだな、とプエルは軽く放電魔法トゥルエノを手元で走らせた。

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