オッサンじゃねえかよ…ッ!



「マスタ・プエル。呼ばれた理由は分かってるわね?」

 

 ブレイカーズ大学校の指導室にて、すらりとした背の高い男性――マスタッシュ・ビアードが突き刺すような声で言った。極端なほど胸を張っており、その姿勢の良さからは、筋肉質で男性的な肉体をしていながら、女性的なしなやかさと艶かしさを感じさせた。であるにも関わらず、顔中に蓄えたもじゃもじゃの髭が御伽話に出てくるような泥棒のようだった。

 

「はい。討伐依頼に先生を連れて行かなかったから……」

 

「そうよッ! 一人で討伐しに行くなんて何考えてるのッ! その可愛いお顔にキズでも残ったらどうするのよッ! 治癒魔法じゃカバーできない怪我なんていくらでもあるのよッ⁉︎」

 

「ご、ごめんなさい! でもその、一人で行ったわけじゃないんです! 実は師匠がいまして!」


 正直に一人で行って死にかけたと言うわけにもいかず、咄嗟に口から嘘が飛び出した。ただジーニアスのことを師匠と呼ぶことにしたのは本当であり、完全な嘘ではない。

 

「師匠ぉ〜? ウソだったらその美味しそうな茹で卵みたいなほっぺたにチュウするわよ」

 

「訴えますよ」と冷たく言って、プエルは水晶魔法を起動した。

 

 水晶魔法とは、遠く離れた相手とやり取りができる常在魔法の一種である。仕組みとしては空気中いたるところに漂う魔素を利用し、相手の特有の魔力と接続して呼び出すというシンプルなもので、当初は会話をするだけのものだったが、発明から数十年程度で大きく進化しており、特殊な魔力で構築された魔素空間にさまざまな情報を仕込み、半永久的に記録しておくことができるようになっている。誰でも容易にアクセスすることができ、今では呪文コードによってゲームを作ったり、それをプレイすることも出来る。なお、若者たちには水晶魔法は略して水晶魔法スマホと呼ばれている。


『おう、プエルか。どうした?』


 ジーニアスが呼び出しに応じた。水晶魔法スマホでの会話は本来、当人同士にしか聞こえないが、プエルが今そうしたように、魔力設定を弄れば周囲に聞こえるように細工することもできる。

 

「いきなりすみません。実は昨日のことでジーニアスさんを紹介しないといけなくなりまして。これからパルティーダに来れたりしませんか?」

 

『紹介……? え? うそ、女? もしかして女紹介してくれんの? よぉし、いいぞ! ちょうどいま王都だし勇者像前で待ってるから! 早く来いよな!』

 

 興奮気味のジーニアスは言いたいことだけ言ってさっさと通話を切ってしまった。女といえば女かもしれないしいいか、と目の前のヒゲヅラの成人男性を見ながらプエルは一人頷いた。

 

「今のがそうなのね。師匠ってわりにはなんだかずいぶん若い……っていうかアタシの好み!」

 

「先生の好みは興味ないです」

 

「残念」と、マスタッシュは大袈裟に肩をすくめた。「それで、勇者像の前よね? 先に行っておいてくれる? アタシまだ少し仕事が残ってるから」

 

「わかりました。それじゃあ、お先に失礼します」

 

 指導室を出ると、すでに学生たちは全く残っていなかった。窓から差す光はギラつくような太陽が柔らかなオレンジ色に変わりかけていて、もうすぐ辺りは暗くなることが予想される。早めに終わるといいのだけど、などと考えながら学校を出ると、校門に女子生徒が背を預けていた。

 

 彼女の名はマホ・マギア。両辺で長さの違うアシメボブという髪型をしていて、短い方は耳にかけている。非対称の髪型は彼女の複雑な性格を反映しているようだった。長い方の前下がりになった真紅の髪が風に揺れ、見え隠れしていた方の目から覗いた紅い瞳が一瞬プエルを捉える。プエルが目を逸らして通り過ぎようとすると、彼女は「なに無視してんの?」と高圧的に言った。

 

「え? いや、だって用はないから……」

 

「はぁ? あたしと目合ったでしょうが!」

 

「えぇ⁉︎」目が合ったというよりは睨まれたというのではないか、と喉元から飛び出しかけた言葉をなんとか飲み込んだ。「な、何か用……?」

 

「別に……。ねえ、さっきビアード先生に呼ばれてたでしょ。あれなに?」

 

「あ、あのことなら師匠の話だよ」

 

「師匠? アンタの?」


「うん」

 

「ふうん。有名な人?」

 

「どうかな……でも、すごい人なのは間違いないと思う」

 

「ふぅ〜ん……その人、あたしよりもすごいの?」

 

「どうかなぁ。僕の目にはとんでもない人だってことくらいしか……」

 

「はぁ⁉︎ パッとわかんないわけ⁉︎」


「わかりません! ごめんなさいっ!」

 

 なにも悪いことはしていないが、女性が怒っていたらとにかく謝る。ここまで生きてきたプエルが習得した必須知識の一つである。それに、彼女は隣の席の学生かつ主席の人間でありながら、プエルに対してよくマウントを取るため苦手意識があった。さらに先を急いでいる事もあり、プエルは頭を下げるのとほぼ同時に猛ダッシュした。

 

「なんなのよ、ひとがせっかく……」とため息を吐きながらも、マホはプエルが向かう先を位置把握魔法ジィピィエスを使って水晶魔法スマホに表示させた。



 ――――



 王都パルティーダ。かつての勇者リドル・ブレイクが生まれ、そして魔王討伐の旅に出ることを決意した街だ。当時はそれほど大きな街ではなかったが、勇者リドルを輩出した街として有名になり、いつしか首都となり、王都となった経緯を持つ。ゆえに国としての歴史は浅く、国王の人気も知名度も低いが、勇者グッズは未だ冒険者たちに人気で、この街随一の売れ筋商品となっている。街の中心に立つ勇者リドル像は、待ち合わせ場所としても観光名所としても人気である。

  

「オッサンじゃねえかよ……ッ!」

 

 遅れてやってきたマスタッシュを見たジーニアスは地面に拳を突いて絶望をあらわにした。辺りはすでに暗く、かろうじて雲の隙間からチラつく太陽もどんよりとして見えた。隣の仰々しい台座に悠然と立っている勇者リドル像の表情も曇っているようだった。

 

「失礼ねぇ、こんなイケてるオンナを捕まえて」

 

「ンなヒゲヅラ晒してオンナ名乗れるアンタの神経イカれてるよ」

 

「んもう! イヂワルね!」とマスタッシュは唇を尖らせ、それから隣にいたプエルに視線を向けた。「それでマスタ・プエル、このハンサムくんがお師匠さんでいいのよね?」

 

「はい。ジーニアスさんです」

 

「では改めて。初めましてミスタ・ジーニアス。ブレイカーズ大学校でこの子の先生をしているマスタッシュ・ビアードと申します。以後よろしくお願い致します」

 

「はあ、そりゃどうも」気の抜けた返事をしたあと、ジーニアスは眉をひん曲げながらプエルに視線を向ける。「この状況、何なの?」


「ジーニアスさん、またセロスの森に行きませんか?」

 

「え? なんで? また一人でやりたいってこと? もうやめろよ〜、めんどくせぇよぉ。今のおまえじゃ一人で討伐は絶対ムリだって。才能ねえから大人しく魔力の放出量デカくする練習しとけよぉ」

 

「じゃあそれ教えてください」

 

「なんでだよ、そんな義理ねえじゃん!」

 

「女の子紹介しますから!」

 

「おまえオッサン連れてきただろうが! もう騙されねえぞ!」

 

「そうですか、残念です。僕の知り合いの子にジーニアスさんの話をしたら興味を持ってたんですけど、その話は無かったことにします。ではこれで失礼します」

 

「待てよ」ジーニアスは急に真顔になり、去ろうとするプエルの肩に手を置いた。「やっぱりおまえを放っておくわけにはいかねえ。死なせるには惜しい才能を感じてんだ」


「ハンサムなのにチョロいわねぇ……なんでもいいけど、今回はお師匠さんだっていうミスタ・ジーニアスの実力を見極めに来ただけだから、マスタ・プエルは闘わせないわよ」

 

「おい、おいおい。プエルさんよ」と、ジーニアスはコソコソとプエルに耳打ちをする。「なんか変だと思ってたけど、俺いつからおまえの師匠になったんだ……?」


「話の流れでそうなっちゃいまして……先生か自分の師匠を連れて行かずに一人で討伐に行くと懲罰を受けちゃうんですよ。すみません、話を合わせてください!」

 

「自業自得じゃねえかよ。見た目のわりに図太いヤツだな……」納得はできないが理解はした、とため息を放り、ジーニアスは改めてマスタッシュに向き直った。「いいぞ、俺の魔法を見せてやる。あの森じゃたいした魔法は使えねえけどな」

 

「へぇ……? ずいぶん自信があるのね? ま、怪我だけはしないようにしなさい。一応アタシも見てるけど、魔法医師じゃないからちゃんとした治療はできないわよ」

 

「怪我なんかしねえよ。俺は天才魔法使いジーニアス・ナレッジだぜ。おら行くぞッ!」


 ジーニアスは先陣を切ってセロスの森に向かった。そのあとをプエルが追い、マスタッシュはその後ろからじっとジーニアスの背中を見つめていた。それは決してジーニアスの引き締まったお尻とプエルの小ぶりなお尻を見比べて悦に浸っていたのではなく、否、それも理由の一つではあったが、先ほど口にした彼の苗字について思考していたからだった。


「聞き間違いかしら……? まさか、ね」

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