第22話 プロ
歩美と紗季は、アニメーション会社から出ると、二人で早歩きしながら話していた。
「誰だと思う?」
「やっぱ、思いつくのは……雪ちゃんだよね」
歩美は真剣な面持ちで、渡り廊下の方を見た。
「雪ちゃんと、絵菜ちゃんは同じクラスだから、盗める可能性はある」
「盗んでどうすんのよ?」
「そりゃ、自分の書いてる小説の、参考とかにするんじゃない?」
歩美と紗季は早歩きのまま、渡り廊下を渡って行く。
向こう側の校舎にたどり着いた時、「あれ?紗季と歩美?なんで、お前らがここに?」と言う、雪の声が聞こえた。
二人は驚いた顔で左を向くと、そこには、何も知らないというような表情の雪がそこに居た。
「絵菜と一緒にアニメ会社に行ってたんだろ?もう打ち合わせ終わったのか?」
「雪ちゃん」
歩美は物凄い剣幕で雪に近づくと、「カバン見せて!!」と言った。
「はあ?なんだよいきなり……カバンならあたしの作業部屋にあるよ」
雪は親指を後ろに向けると、肩を掴んでいた歩美の両手を離した。
「全く……ほら早く入れって」
雪は作業室のドアを開け、ドアから顔を出し、手招きをする。
「これだよ」
雪はカバンを紗季に向かって投げると、紗季はそのカバンを両手で抱えるようにキャッチした。
「教室にいくつか置き勉したから、軽いだろ?」
「どこがよ……めっちゃくちゃ重いじゃない……」
雪のカバンは他の人に比べ、カバンの端の方がボロボロだった。
歩美は訝しげな顔でカバンのチャックに手をかける。
すると、カバンの中には、大量の教科書とノートと大量のプリントが詰まった水色のファイルが入っていた。
「……これ、ほんとに置き勉したの?」
「もちろん。社会の資料集と、国語の資料集と、あたしの書いた小説のプロット帳と、数学のワーク、理科のワーク、美術のファイル、美術の教科書、美術の資料集、部活の日程表……」
「あーあー、もういいわ。まじもうお腹いっぱい」
カバンの中に入っている、教科書やら、ノートやらを出すと、底には大量の更紙と大量のキャラクターが描かれた白い紙。その紙は汚く折れたまま平たくなっており、紗季がむきになって広げてみると、それらの紙は大量の皺が入っていた。
歩美が手に取った紙は破れている物も多かった。
「うわ、きったな……酷いねこれ」
更紙を広げると、日付は、五月三日。今日の日付だ。
「おかしいなあ……この前、整理したはずなんだがなあ……」
雪が右手で頭を掻いて呆れた表情をする。その様子を見た歩美が苦笑いを浮かべながら、雪の方を見た。
「雪ちゃん、もしかして整理整頓苦手?」
「まあ、別に整理整頓ができなくても死なないしな!!」
そう言って、雪は自分の胸を叩いた。
「……ほんとにもう……で?このキャラクターの紙は何?」
紗季は怒れて皺の入った白い紙を雪に見せた。
「あれ?お前ら、あたしの小説のアニメ見てないのか?」
「はあ?そんなん見てないけど」
紗季はキャラクターの描かれた白い紙をもう一度自分の方へ向けた。
「あたしが描いたんだ。まあまあうまいだろ?」
雪は得意気な顔をする。歩美と紗季はそんな雪の顔を見て、雪に言い放った。
「これ、ほんとに雪ちゃんが描いたの?」
「当たり前だろ?昨日部活で絵菜と一緒に描いてたんだ」
「絵菜が描いたものじゃないの?」
雪は大きくため息を吐いて言う。
「失礼な。大体、絵菜の方が絵上手いし、絵柄も全然違うだろ?」
「確かに、絵菜ちゃんの絵柄は、細かいところまで書かれていて、色の使い方も独特だし、結構丁寧に描かれてるし、線も薄いけど、雪ちゃんの絵柄は乱雑だし、色の使い方がリアルで、線が濃いよね」
「ほら見ろ。てか、なんでそんなこと疑ってんだよ」
雪に問われ、紗季が言い返す。
「絵菜の描いたキャラクターの設定資料が誰かに盗まれたかもしれないの。だから今それを探してて」
「ちょっと待て、なんで真っ先にあたしを疑ってるんだ?確かに、絵菜のアニメ化は凄いと思ったけど、別に妬んでないしな。もっと他の奴を疑えよ、ほら、同じ出版社の漫画家とか、小説家とか」
歩美は同じ出版社と聞いて、目を見開いた。
紗季は歩美の表情に気が付くと、雪に聞いた。
「絵菜と雪って、違う出版社なの?」
「違うよ。それくらい調べろよな」
雪は小馬鹿にするように先と歩美の顔を同時に見た。
「ごめん、雪ちゃん。なんか、心当たりのある人とかいないの?」
「いるよ二人くらい。でも、その漫画家二人、どっちもあんまり有名じゃないからな。良く分からん」
そう言う雪の顔は笑っていて、気味が悪かった。
数分後。
歩美と紗季は事務所へ戻り、ソファに腰掛ける。
「間に合うかな」
歩美が上部にかけてある時計を見る。時計は、カチカチと秒針を刻んでいる。
「大丈夫。間に合うって」
紗季は歩美の背中をさすりながら言う。
ガチャと音がして二人が顔を上げると、目の前には気な男と、丸眼鏡をかけた髪がボサボサの女だった。
二人の男女は、どちらも通学カバンを持っている。
「僕に何の用でしょうか?」
「わ、私、に、何の用、ですか?」
「来てくれてありがとう。じゃあ、そこに座って」
歩美は立ち上がり、両手で向かいのソファを指さした。
二人はソファに座ると、紗季が口を開いた。
「じゃあ、二人とも、それぞれ名前を」
「俺は、
「私は、
二人は通学カバンを机の上に置くと、紗季が二人のカバンに手を伸ばすが、雪がその手を止める。
「待って。朱音くん、カバン小さくない?」
「えっと……置き勉してるので」
「全く……流行ってんの?置き勉」
歩美は訝しげな顔で、朱音のカバンを見る。
「胡桃ちゃんのカバンは大きいね」
「はい。私は置き勉しないので」
「見てもいい?」
「良いですよ」
歩美は二人のカバンに手を伸ばすと、朱音のカバンを覗いた。
中には真新しくて大きい朱色のファイルと、スケッチブック、筆箱だけだった。
「本当に置き勉してるんだね」
次に歩美は、胡桃のカバンを覗いた。
中には大量の教科書とノート、筆箱、スケッチブック、そして、綺麗にクリップでまとめられたプリントたちだった。
「なるほどね。分かったよ。誰が資料集を盗んだか」
「え嘘?」
紗季が驚いて、歩美の方を見る。
「盗んだって、どういうことですか?」
「今、あの髙宮絵菜っていう有名なプロ漫画家の描いた漫画がアニメ化が決まったんだけど、そのキャラクターの設定資料が誰かに盗まれたの」
歩美の説明を聞いた二人の反応はそれぞれ違った。朱音の方は青ざめた表情で、胡桃の方は驚いた表情だった。
「さあさあ、教えてください。なんで盗んだんですか?青砥朱音さん?」
「な、なんで……なんで俺が?」
朱音は青ざめた表情は変えず、歩美に聞く。
「そうよ。なんでこの人が?」
「まず、雪ちゃんのカバン。あのカバンの中には大量の教科書とノート、ファイル、プリントだったよね」
歩美がしたり顔で語り出す。
「ええ。そうね」
「普通にプリント入れてるだけでも、ぐちゃぐちゃになるのに、絵菜ちゃんのキャラクターの設定資料なんか入れたら、ぐちゃぐちゃになって破れてしまうでしょ?」
「で、でも、ファイルがあったんだからそこに入れれば……」
紗季は困り顔で歩美の推理を遮る。
それでも歩美はしたり顔を続け、自らの推理を話し続ける。
「あのファイルはもう他のプリントが入らないくらいプリントが入ってたでしょ?それに、外に出てたプリントの日付を見ると、今日の日付。今日配られたプリントが入らないくらいだし、絵菜ちゃんの描いたキャラクターの設定資料なんか入る余裕はないよ」
「確かに。じゃあ、胡桃ちゃんの方はなんで違うの?」
歩美は胡桃の顔を見ると、胡桃のカバンを指さした。
「カバンの中は、雪ちゃんほどじゃないけど、教科書とノートが大量だし、さっき紗季ちゃんが言ったみたいなファイルは無いけど、綺麗にクリップでプリントがまとめられてる。ファイルでプリントが隠れてるなら分かるけど、そうじゃないよね。
それに、盗んだっていう背徳感があるなら、私達にバレないようにプリントを隠すはずだし、何よりクリップで止めているだけでは、外れてどこかに紛失する可能性もあるよね。犯人の目的が何かは知らないけど、盗むってことはそれは避けたいはず」
歩美は朱音の方に視線を移すと、真剣な顔に戻った。
「朱音くんのカバン二人に比べてものが少ない。それにちゃんとファイルもある。てことは、盗んだ設定資料を綺麗に保存することは可能だよね。
それに彼の持ってるファイルは真新しくて、二人の持つファイルより大きい。設定資料が折れないようにしてたんでしょ?」
「ちょっと、そのファイルの中身、見せてくれない?」
紗季が頼み込むように言った時、朱音は青ざめた表情のまま焦ったように言った。
「待ってください!!俺がやったなんて、そんなこと……」
「君の表情を見ればわかるよ。絵菜ちゃんの資料が盗まれたって言った時、胡桃ちゃんは驚いてたけど、朱音くんは顔色が悪くなってる」
「だ、だからって、そんな。許可も無く勝手にカバンなんか見て、警察に言いますよ!!」
朱音は歩美と紗季を交互に見るとそう叫んだ。しかし、紗季は冷静に言い返す。
「だったら、あなたのそのファイルの中をよく見てもらうことになるでしょうね。私達は探偵で、警察に顔を知られているから。私達が捜査のために確認しようとしただけだって言えば、あなたのファイルの中が怪しいと思われるし」
紗季がそう言って朱音に手を伸ばした時、朱音は青ざめた表情からゆっくり一回瞬きをすると、観念したように口を開いた。
「ちょっと、参考にしたくてね。あのプロの漫画家のキャラクターを見れば、魅力的な物が描けると思っていたから」
「なるほど。じゃ、返してくれる?」
「本当に、すみませんでした。あの、もしかして、髙宮先生に、依頼されたんですか?でしたら、伝えておいてください。『あなたの作品はとても独特で、俺が盗んでしまうほどの物だ』って」
朱音はそれだけ言い、ファイルを紗季に渡して、足早に事務所を出て行った。
「全く、とんでもない野郎ね。窃盗罪よ?これ」
「ま、訴えるかどうかは、絵菜ちゃんに聞くか」
「あの、あの人、逮捕されるんですか?」
突然胡桃が口を開いた。歩美が一瞬びっくりした表情をしたが胡桃の方を見て言った。
「まあ、まだ分からないけど。素直に認めてくれたしね」
「……あの、彼、悪気は無かったと思いますよ。本当に、髙宮先生の大ファンでやってたんだと思います。気持ちは分かりますよ。私も、彼女の大ファンなので」
「……そっか。参考にするよ、その証言」
胡桃は無言でソファから立ち上がり、事務所の扉に手をかけて「さようなら」と言い小さく会釈すると、事務所を颯爽と出て行った。
「私達も早く、絵菜のところ行ってあげましょう。今頃癇癪起こしてるかもね」
「そうだね」
校舎の周りはもう既に暗くなっており、絵菜たちのいるアニメーション会社の教室だけ、明るく光っていた。
数人の社員があくびをしながら絵と文字で頭を抱えながら作業していた。
うたた寝しながらキャラクターの設定資料を描いている絵菜も、もうそろそろ限界のようで、健康的な目の下にはクマができていた。
ガラガラとその部屋のドアが開く。
ドアの開いた先には、息を切らしている歩美と紗季の姿があった。それを見つけた社員が、「あ、あった……髙宮先生、起きてください。見つかりましたよ、設定資料」と、机に突っ伏している絵菜の身体を激しく揺らす。
「絵菜ちゃん?」
「もう……なんで寝てんのよ。こんな時に」
歩美が絵菜の背中に近づいていく。絵菜は全く目覚める気配はなく、寝息をたてて眠っていた。
「ちょっと、髙宮先生。まだ途中ですよ!!起きてください!!」
社員はずっと絵菜の苗字を呼び続けていた。
「……」
絵菜の下に敷かれている、大量のキャラクターが描かれた紙を見つけたとき、歩美は自分の目を疑った。
「これ、全部絵菜ちゃんが描いたの?」
「そうですよ。さすがプロ。この量を一気に描いたんですよ、俺たちに色の指定とか、表情の説明しながらノンストップで描いてたんだ」
歩美は紙を見て、驚いた表情をしてから、優しい表情に戻った。
「なるほど。そりゃファンになるよ。これは」
絵菜が寝ている後ろで、歩美が小さく呟いた。
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