第7話 殺し屋

この学園には殺し屋がいる。


最初は皆、冗談だと思っていたが、実際はそうではなかった。



黒髪の美しい女性。暗いバーの店内。

これより似合うものは無い。


「……」


冴香は席に座ったままだ。


「失礼、隣の席、いいかな?」


「どうぞ」


冴香の隣に男が座った。

しばらく沈黙が続いたが、男の方が口を開いた。


「君、名前は?」


「妃冴香」


「へえ。綺麗な名前だね」


「ハハ。ありがとうございます」


しばらく二人は談笑したのだが、あたりは真っ暗、深夜の2時だった。


「もうこんな時間ですね。そろそろ帰らなくては」


「良ければ送って行きますよ」


「ありがとうございます」


夜中、校舎内を歩いていた。窓の外から見える星に目が留まり、男が足を止める。


「じゃあ、それではここで……」


冴香はそう言って、男の方に振り返った。


「……な、なんですか?」


「私はただおやすみの挨拶をしようと思って……」


冴香は太ももに仕込んであったナイフを取り出した。


「き、妃さん?」


男の声は震えていた。近づいてくる冴香に恐怖を覚え、後ろへ後退る。


「さ—て、もう2時ですよ」


「お、お前は一体何者だ?」


冴香は男を嘲笑すると、胸に手を当てて言った。


「私は、殺し屋の"ベル"です。自分で言うのもなんですが、殺しの腕には自信があるんですよ」


「な、何故俺を……?」


男は自分を庇うようにして手を伸ばした。


冴香は人差し指を口の前にすると、


「良い?これは来世への忠告よ。違法薬物には手を出さない方がいいわ」


と言った。


「それじゃ、ゆっくり休んでね。おやすみなさい」


そして大きくナイフを持った手を振りかざした。



4月16日。校内は生徒会選挙により、騒がしくなっていたが、警察署は別の意味で騒がしくなっていた。


「殺されたのは三年生」


「新学期早々、傷害事件といい、今日の殺人といい、事件が多すぎる」


今藤と先輩は、昨日の夜中亡くなった男性の遺体を見ていた。


「凶器は?」


「おそらく刺殺です。恨みを持ったものの犯行でしょうか?」


今藤が隣で言うと、先輩は隣で言った。


「いや、それは無いだろう。それにおかしな点がもう一つ。この時、同じ時刻で被害を受けた女性が居るんだ」


「それがどうしたんです?」


「二人の共通点は≪違法薬物≫の売買人。女性の方は、意識があるまま瀕死の状態」


今藤は手袋をはめると、男性の顔を撫でた。


「その女性は今どこに?」


「今、≪病院≫で、愛川から事情聴取を受けている」


先輩は立ち上がって廊下を歩いていった。

山根は朝登校したのだが、今日は校内がなにやら騒がしかった。


「どうしたの?」


「どうやら、殺人事件らしい。今日の夜中二時に事件があった。二人被害を受けたみたいなんだけど、犯人は恐らく二人、どちらもかなりの手練れのようね」


紗季は黄色いガムテープで貼られた廊下を見ながら言った。


「ねえ。それって、女性の方は助かったんだよね?なんでどっちも狙われたのに、女性は助かったの?」


「さあ。それが分かってないの」


紗季は腕を組んで俯いた。


「今容疑者として挙がっているのが一年生の男子。彼女に危害を加えたのは彼である可能性が高いみたい」


ピンク色のカーテンが風で揺れている。


「さて、教えてください。一体誰に狙われたんですか?」


「それが、いきなりだったうえに、覚えていなくて……でも、話しかけられましたよ」


「なんと言われたんですか?」


「『僕は君の友人の友人に頼まれた復讐屋だ。違法薬物で人生が狂った人は数知れず、君もその薬のせいで人生が狂うなんて皮肉なものだね』と言われました。声は11才くらいの男の子の声でした。驚いてとっさにスマホで録音したんですけど……」


愛川は女からの情報をメモしている。

女性はベッドの上で包帯で巻かれた


「なるほど、ではこの男性はご存じですか?」


「!知ってます。確か名前は、咲田大地(さくただいち)」


「居場所は?」


「おそらく、一年生のところに」



「お前が、咲田大地だな」


「えっそうですけど……」


先輩は咲田の手首をつかみ手錠をかけた。


「違法薬物の密輸の疑いで逮捕する」


「なっ」


「4月16日7時25分12秒確保」


「いや、あの……」


先輩は今藤の方を向くと、「机の中の薬物を全て証拠品として押収しろ。後ろに在る鞄の奥も忘れるなよ」と言った。


「分かってます」


「おい!放せよ!」


咲田は必死に抗おうとしていたが、警官の腕の力には敵わなかった。


「うわー。ほんとに逮捕されちゃったよ」


「まさか、一年生が逮捕されるとは……まあ、どちらにせよ違法薬物で逮捕されるんだけどね」


「ねえ、この学校で言う、違法薬物ってなんだっけ?」


歩美が聞くと、引き出しの中身を回収してきた今藤がこちらに向かい、その内のいくつかを歩美に渡した。


「え、これって……」


「酒だな。本物の……流が用意してるようなジュースのようなものじゃなく、本物の」


「これが違法薬物?」


「ああ他にも、葉巻(たばこ)、漫画、ゲーム、お菓子、それらも違法薬物だ」


今藤は歩美から酒を奪い取ると、再び腕の中に戻した。

歩美は不満そうに頬を膨らませる。


「コイツが担当してたのはどうやら、酒と葉巻のようだ。まだすべてを回収しきれていないから確定ではないが……」


そう言った後、今藤は歩美の方を見てハッとした。


「そうだな。お前ら探偵だろ?これの回収手伝ってくれよ」


「はあ。分かったわ」


「依頼料は1000円ね」


「ああ分かってる」


そう言って3人は教室の中に入って行った。そんな彼らの様子を見て、舌打ちをする者がいた。


(ッチ……まさか、こちらから回収する前に警察が動いていたなんて……ボスが私達に同時に依頼してきたからこうなったのね……じきに私がいる学年の方にも捜査の手が回ってくる……その前にボスから武器庫を調達しなくては……)


冴香はその場を去った。


「良ければ、今回の事情聴取を手伝ってもらおうかな。探偵なら何か気づくだろうし」


「今藤が頼むなんて珍しいね」


「いつもは探偵の事毛嫌いしてるくせに」


「食わず嫌いだったんだよ。それに今回は1000円も払ってるんだし、それくらいの事はやってもらわないとな」


今藤は手袋を取ると言った。



歩美と紗季は、部屋に案内された。その部屋には授業で使う生徒一人ずつに支給されるタブレットがあった。

その画面の奥には、男が二人いた。


「さて。聞きたいことがある。彼女の事を知っているかな?」


「知ってる。仲間だ」


「今日の朝、彼女が瀕死の状態で見つかった。何とか一命をとりとめ、事情聴取を行っているのだが……」


先輩の方は、ずっと席に座ったまま、咲田の方を見た。


「じゃあ聞くが、お前は昨日の夜中何をしていた?」


「僕は、ずっと家で寝てました」


咲田は右上を見ながら言った。


「それを証明できる人物は?」


「い、いません」


歩美は訝しげに咲田の方を見た。


「彼の一人称は、"僕"なんだね」


「ああ。先ほど、愛川が被害者に行った事情聴取で、女が言っていた犯人の特徴に当てはまっている。声も幼いしな」


「なるほど、だから容疑者のうちの一人なのね」


紗季が言うと今藤は黙って頷いた。


画面の向こうの咲田は、両手を机の上ではなく膝の上に乗せていた。両手を互いに握って力を入れているのか、微かに震えている。


「男の方は早く帰りたそうだよ」


「?どうしてわかるの?」


「両手を膝の上に乗せている。これは早く帰りたいという心理の表れだよ」


「へえ。さすが探偵だね」


そして歩美は顎に手を当てると、もう一度言った。


「それと、さっきの、『家で寝てた』というのは嘘である可能性が高い。咲田は右上を見ながら話していたから」


「視線ごときでそんなのが分かるのか。どっかの連邦捜査官のようだな」


今藤は歩美の推理を称賛した。


「家で寝ていたのなら、アリバイになってない。この際、嘘かほんとかはどうでもいいんだが、薬物を密輸していたのは間違いないな」


「はい。それはほんとです」


先輩は静かにため息をついた。


「じゃあ、おとなしくお縄につくんだな」


「なんですかそれ?聞いたことない言い方ですけど」


「え?お縄につくって言葉知らないのかよ」


「知らないですね」


咲田は少し笑って言った。その笑顔はどう見ても、バカにしているとしか、思えなかった。


「……はぁ。どうやら咲田の方は自首したようだな」


「しかし、殺された男の方はまだ謎ね。女の方は咲田がやったにしても、忍者でもない限り、二人同時に殺すなんて無理なんだから」


ガラガラ。


「あら?あなた達何してるの?」


「冴香ちゃん」


「今からここ使うんだけど……って、その画面に映っているのは……」


「知ってるの?」


歩美が問うと、冴香は口元をおさえて言った。


「いや、知らない」


「えっ……」


彼女のそのしぐさに、歩美は言葉に詰まる。


「なるほど……知ってると思ったんだけど、知らないならいいわ」


「今から、松村と二人で話すの。同じクラスで、委員長だから」


「そうか。どちらも5組の委員長か」


今藤は言った。冴香は、頷いた。


「今藤は、仕事でここにいるの?」


「ああ。さっき事情聴取が終わったから」


今藤がそう言うと、冴香はパソコンのコードを抜き、彼に渡した。


「じゃ、さっさと出てって」


「ハイハイ」


3人は教室から出たが、歩美は俯いたままだった。

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