第46話 いまの俺が愛されるわけがない (アカイ15)

 驚きの顔を見せるシノブに対して俺は必死の思いで訴える。告白をされたが違うそうじゃない、いまはそうであってはならないんだ!


「落ち着いて、いいかシノブ? いまの俺が愛されるわけがないんだ。君が俺を愛するなんて、おかしい。ありえないしあってはならない。気をしっかりと持つんだシノブ! 俺をもっとよく見ろ!」

 こう言いながら俺はシノブの両肩をつかみ揺さぶった。揺れるシノブの表情は硬く怯えている。何を恐れているのかは俺には分からないもののいま分かっていることはただ一つ、自分が愛されるわけがないということのみ。それだけは確信している。たとえ世界中がそうでないと声をあげても運命の女が愛を告白してきても俺はそのことだけには自信をもって言える。


 我愛されず、故に我あり。これは最も確実な観念でありよってここから世界は認識される!


「ありえないってどうしてです? 私はこんなにあなたをお慕いしているというのに……嬉しくないのですか?」

「嬉しくない? 嬉しいに決まっているだろ!」

 支離滅裂な勢いそのままに俺は叫ぶとシノブは衝撃波を受けたかのように仰け反った。


「昇天しそうなほどだよ! だが君のその感情はいまの状況において生じた不安からそんなことを口走っていることは知っている。つまり一時的な気の迷いだ。俺がそれを真に受け浮かれてこのままその言葉を信じて山から下りてみろ、下山と同時に不安が解消され君の愛が醒め、より関係は気まずくより深刻になり、そして俺達の仲はここまでとなる。分かり切っていることじゃないか! いま結ばれちゃ全てが台無しなんだよ。未来予想図がズタボロだよ!」

「いっいいえ分かり切っていません。現に私はあなたのことを心からお慕い申しあげ」

「そんなわけあるかああああ!」

 俺が再度叫ぶとシノブは地面を転がった。


「この、俺の、どこに愛される点があるというんだ! 君の前で何一つとして男を見せていないこの俺が愛されるわけがない! 俺は! 自分を! 弁えている! 俺は何もせずに愛されるなんてご都合主義的な神話は信じない! 愛に根拠がなければならない! 君みたいな美少女と釣りあう程の功績が! よって世界を救うまで俺は愛されない! 世界の存続と俺の愛は=に繋がるんだ!」

 立ち上がり霧に向かって俺は咆え、そのまま両腕を伸ばし両手を広げた。


「いまの俺は、誰にも受け入れられてもらえない。だって俺は……弱くて小さくて惨めだから」

 熱いなにかが頬に伝わるのを感じた。俺はいま泣いているのか……そうだ、泣くに相応しい心だ。己の不甲斐無さと憐れさ。自分を憐れと感じるに相応しいこれまでの境遇。転生先のこの世界でも惨めな醜態を晒してばかりな自らの情けなさに涙する。良いところがまだ見せられていない。こんな存在が愛されるなんて正しくなく、間違えている。


「俺は幸せになりたい。そう幸せになるんだ……」

 呟きと共に溢れだす膨大な量の前世での、悔しさ。自分はいつも失敗していた。生まれた瞬間からだいぶ失敗であったし物心ついたころもまた惨めさばかりが勝っている。栄光など高く遠くにある光であり俺は井戸の底からそれを見上げるだけ。井戸の深みとは人間性の深みではなく穴があったら入りたいの精神による現実逃避の深みなだけだ。そう俺はいつも負け続けてきた。男にも女にも、とりわけ女関係は負けばかり。


 女女女女……俺はいつだって選ばれなかった……クソ女という呪詛は己の身を護る呪術でもあったはず。クソ女だから選ばれなくて良かった……バカ女に引っ掛られなくて良かった……俺はそうやって自分で自分を慰めていたんだ。それが選ぶことのできない男の、防衛本能でもあるのだから。こうして俺はキャンセルされ続けたあげく前世では孤独に死んだが。


「しかしここでは、違う。運命の相手が一人しかいない。女はただ一人で俺はそれに全身全霊を注げばいいだけの話! そうだとも俺を全てを捧げるよ! 救世主である俺は使命によってこの世界に舞い降り、美少女に全てを尽し世界を救えば俺には嫁ができ幸せになれる! その相手がシノブ、君なんだ! 俺の全てだぁ!」

 語り終えた俺が視線を下に戻すとそこには怯えた表情のシノブがいた。どうしてそんな顔をしているのか? もしかして、怖がらせた? と俺は動揺する。やばい、ひょっとして気持ちが悪かったのか? 重かったとか? 全く以てその通りだな、うん。ちょっと興奮し過ぎた。告白されてテンションが上がってしまったのかもしれない。


「いや、違うんだシノブ。いまのはちょっとした決意表明であってその、聞かなかったことにして貰いたいんだが」

 俺が一歩前に進むとシノブが一歩下がる。進むと、退く。試しにこっちが退くと、あっちも退いた。えっ? 駄目じゃん。 


「その、誤解しないでくれ。俺はただ君のことが」

 俺が二歩進むとシノブは三歩下がった。

「違うんだ!」

 突然叫びながら俺が駆け出すとシノブは悲鳴を上げながら身を翻すと、消えた。


 あれ? っと俺が辺りを見渡すとそこには……。

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