第43話 濃霧の中の救世主 (アカイ13)

 濃霧が発生し俺は動揺しながらもどさくさ紛れにシノブの方へと寄った。言っておくがこれは自然な動きである、自然現象、霧が発生したしと自分に言い訳しながら、俺は尻を上げ小刻みに隣へと近づいて行くと、肩が当たった。


「あっごめん」

 おっと不味い楽しげな声が出てしまったと俺は焦るも返事が来ない。まさか無言の批判? でもワザとじゃないんだと言おうとしたが、俺は黙った。ワザとじゃないんだから言う必要はないんだと。ここでなにか言い訳じみたことを言ったらなんだかワザとみたいじゃないか、まぁ期待はしていたけど、ここまでやるつもりはなかったといった複雑な思考のもと俺はシノブの方を横目で見る。


 霧で見えないものの誰かがいる気配がし匂いもする。若い女の香りがそこに、ある。霧の中で俺は気持ちが上がりだし、なんだか多幸感にも包まれた。このまま、ずっと、こうしていられたらいいのにと俺は思い始める。ついでにこの旅がずっと続いても良い。世界で唯一無二な存在である好きな女の子と共に居られるこの時と空間がいつまでも止まり続ければ良いのに。時よ止まれお前は美しい。


 彼女もいまはまだ心を開いてくれず少しガードが固いがそのうちにこちらの心が通じ、ガードが緩まり解ければこちらの思いが通じて……そう妄想しているとスケベ心によってか俺の手が無意識かつ本能的に動き出した。自分でそれを認識しているのに無意識とか本能的とかっておかしくね? 俺もそう思うけど、そういう時ってあるじゃん、分かるだろ? 


 狙いはシノブの手。あの愛おしい手に触れたい。そうだこんな霧が出ているのだ。あちらは不安がっているはず。手を握ってあげてその不安を解消してあげなければ。俺は男でしかも年上。あちらは女の子で年下。親切にしなければ、そうこれは親切心からであって、決して下心から出たものではなく、と一生懸命に言い訳もとい犯罪者の供述みたいな論理を組み立てていると先に俺の指先に何かに触れ、それから握られた。


 握ったのではなく握られた! 握り返されるまたは掴まれる! どっどういうことだ! 逮捕? ちっちがう! 俺はやっていないこれは誤解だ! この人痴漢です! って言わないで! 人生が終わる! 終わっているけどそういう終わり方は嫌だ! もう少しマシな感じで終わらせてくれ! 待て待て話を聞いてくれ! 俺は触っていない! まだ触っていなかったじゃないか! ノータッチブリーブミ―! せめて触ってから捕まえろ! 触っていないのに捕まえるとかなにも良いこと無いだろ! だいたい触りたいという心情を理由に逮捕するとか大問題だ!


 というか逆に握られたのでこの女の人の方が痴女ですと言ったらどうなるのかな? 痴女とかいう都市伝説を発見した第一人者として有名人となった俺の元に全国から痴女が集まって毎日握られて……頭の中で抗弁を叫んだり妄想を展開させたりしていると、突然風が吹いたかのように霧が晴れそのなかから見たことのない女の顔があった。


 シノブの顔で、ある。すごい笑顔である。一度も見せてくれたことのない笑顔。彼女はこんなに美少女なのかとせつなさで胸が痛くなるほどのシノブがそこにいた。いつもの仏頂面は霧と共に溶けちゃったのかな? と首を傾げるとシノブも同じように首を傾げてくれた。すると俺は気持ちの良いぐらい胸のつかえがとれ、心に足が生え跳ねてステップを踏んだ。俺はここで死んでもいいかもしれない、ああここは夢幻の桃源郷か。これがたとえ強めの幻覚であっても俺は全く以て構わらない……そう感じているとその笑みの持ち主は言った。


「アカイ……好きです。私と付き合ってください」

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