第38話 馬鹿と忍者 (シノブ27)

 冷たく言ったつもりなのにアカイは嬉しそうな顔をする。こやつはやっぱり気が利かない人なんだなと思いながらシノブはアカイを見つめ、それからすぐに目を逸らした。


「そのあと二時間ぐらい寝てここに来たわけだ。起きたら君がいなくてさ。もしかして悪党が現れて! とか悪い方に想像しちゃったから大急ぎであちこちに声を掛けてね。それで馬車屋に来て見たら」


「隣が冒険者ギルドだとは気づかなかったのですか?」

 問うとアカイは驚きの表情をし首を小さく左右に振った。痙攣的な反射か意思表示か分かり難いのも相まってシノブは内心で舌打ちした。馬車屋だって危険極まりないのになにも考えていない。


「迂闊過ぎです。あなたは次にそこに行こうとしていたのではありませんか? 私の手配書が届いていそうなところにノコノコと関係者が捜しにいくとか、飛んで火にいる夏の虫すぎです」


「いや、その、慌てていたもので。だって君がどこか遠くへ行ってしまったと思うと居てもたってもいられなくなって」

 なんだかこちらのせいにされている感じがしシノブは不快感で腹が痛くなってきた。なんなんだこの男は。全てはあなたが徹夜をしたせいで旅立てなくなったせいだというのに。二時間とかなに? もっと寝て! あとで眠くなってきたとか言い出したら怒りで失神しそう。眠り薬を投与して強制終了させようかな?


「あのですね。先に行くとかでしたら置手紙とかを書いておきますよ。荷物もある状況からして買い物だと思ってください。だいたいまだ二時間も経っていないじゃないですか。そんなに私が勝手にどこかに行くような女に見えます?」

 そうだそこにも腹が立つなとシノブは話すうちに気付いた。まさか私があなたのガマ口をパクッて逃げようとしたとか思ってない? これ借りてるだけだからね。だいたいこちらからそちらへの不信感は小山ほどの根拠があるが、そちらからこちらへの不信感は根拠が、ない。


 そうシノブは思い信じて疑わない。己の無謬性を。


 それは当然でしょ? あなたはこちらを信用しないといけない立場であるというのに。自分を何だと思っているのやら! 怪しさと不可解さが服を着て歩いている存在の分際で疑うってなに? こちらはごく普通の若い女でそっちは歳を喰った異常独身男。こちらは忍者で未来の王妃で一方のあなたは意味不明な中年のおっさんでしょうが! そんなのが生意気に私を疑うとか何様?


「えっ、だってそれは、その」

「なんです? はっきりと言ってくださいよ」

 苛々するな、とシノブが徐々に険のある口調で言うとアカイの声が小さくなるもなんとか聞き取れた。


「……俺が頼りないから」

「はい?」

 意外過ぎる言葉に変な声が出てしまった。最初から分かっていることなのに、なぜ? 頼るほどの甲斐性がいつどこであった? そしていつこちらがそれに期待した!


「魔力がないと分かったからもう俺は駄目な奴だと見切りをつけられて」

 そんなのはあるとは思っていなかったしこの男はどれだけ自己評価が高かったのやら。それよりも私がなんか嫌な女だと思われていることが癇に障る。別にどのように思われようとは構わないけれども、アカイみたいな男に見くびられるのは楽しくはない。将来王妃に返り咲いた際に「へぇ~まさかの君がねぇ、意外だよ」とかなんか言われたら頭に来る。そこのところの認識を改めさせないと駄目だ、とシノブは口調をやわらげた。格の違いをはっきり認識させねば。


「アカイ。私はあのことであなたに対して幻滅したりがっかりしたとかはありません。特に前と印象は変わっていないから大丈夫ですよ」

 シノブは優しくいったつもりだったがアカイは何故か眉を寄せ哀しそうな表情を返してきた。なにそれ? どうして? とシノブは混乱する。優しくしてほしくなかったとでも? 女の子から慰められて傷ついたとか? あんたって本当にクズねと言った方がよかったとか? 私が本当のことを言いだしたらあなたは自殺するしかなくなるけどいいの? よくないでしょ? こんなに気を遣っているのになんなんその反応は?


「だって……」

「だって?」

 反射的に返すとアカイは俯いたまま小さな声で言った。


「そう言うけどそれだと俺という男の価値がないじゃないか。ほら君だったらいくらでも他の強い男といくらでも組めるしさ。正直なところ起きた瞬間にそう思っちゃってだからあちこち捜し回って……」


 なにを馬鹿なことを言っているのやら、とシノブは思った。馬鹿な男だとは分かっているけど、まさかこんな愚かにも程があることを妄想しているだなんて、呆れた。だが堪えろシノブよ、この馬鹿に馬鹿とか事実を告げてみろ。この手の男にありがちな男尊女卑的な感情を爆発させて殴る蹴るの暴行を加えてきて助けを求め交番に駆け込むも、あっちが悪いけど君もちょっと配慮が足りないよねと事実陳列罪で相殺されてしまうかもしれない。駄目だよシノブ、馬鹿とか言っちゃ。我慢。


「なにを馬鹿なことを言っているのやらこの馬鹿」

 その心の声がそのまま口から出ると慌ててシノブは口に手を当てた。

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