第35話 俺は普通じゃないんだ (アカイ11)

 どうしてできないんだ! 月に向かって俺は咆えたくなった。涙が込み上がり耐えるも溢れてしまったら俺の涙で月が水没してしまう!


 why何故だい? 俺は選ばれたものではないのか? だったら何故この世界に俺を導いたのだ『おおいなるもの』よ! 文句のひとつどころか十から百までは言いたくなるほどの状況である。


 だってそうだろ? 俺は赤ッ恥をかいた、しかもあの未来の嫁の前で! いつもの毎度のことだが俺は死にたくなったぞ! これ以上俺の好感度が下がったらどうする! ただでさえ全然プラスでなくてむしろマイナスなんだぞ!


 あの時シノブは俺の醜態を笑いはしなかったし失望的な態度をとらなかった。出来なくて当然であってあなたの能力が低いということではない。気にしないで、と。その言葉と態度が胸に突き刺さり抉りにかかる! 


 違うんだ……シノブの態度が酷とか見下しているのではなく、俺は女の前でもっと正直なところ年下の女の子の前で恥をかいたことに何よりも傷ついているんだ! 自意識が、痛いんだよ! 俺の自意識が俺を傷つけているんだ! だから俺は床の上をのたうちまわる。それはまるで痛みを分散するために身体中を痛めつけているように。


 前世でのことである、と俺は床上での反復横転中に思い出す、思い出さざるを得ないのだ。いつものフラッシュバックが俺に対して襲いかかってきた! あれは飲食店のバイトを始めた際に高校三年生の女子が先輩となったあの日々を。先輩は身長が低いもののバイトのリーダー的存在であり、こんな自分でも面倒をしっかり見てくれた。エライ子だった。だが俺は彼女の言葉の一つ一つに傷ついた。まだ出来なくていいんですよ。次回頑張りましょ、と優しい言葉を連想してしまう。


 痛い! と俺はベットの脚に頭をぶつけて回転をやめ肉体的な痛みに悶えながらまだ思う。俺が悪いんだ、俺の自意識が悪いんだ。あのバイトリーダーもシノブも年上で出来なく情けない男の面倒をちゃんと見てくれている。だがそれでも俺は頼りない男として世話されるのが耐えられない、ああなんと情けない。


 俺は男なんだ! こんなことなら朝は挨拶抜きの罵倒から始まりお前はクズの劣等遺伝子マンと鞭でしばかれた方が納得できてしまう。だってそうなんだもん。俺は男失格ということでお仕置きされている方がマシなんだ。それはある意味で発破であり男として認められているということ。年下の女に優しく労われるほうが屈辱な時もある。

 

 こんな意識は間違えていると分かっているのにどうしても感じてしまうまるで呪いのようなもの! ああなんという厄介な俺の自意識! 男であることの困難! 男の生き辛さよこの性に生まれ出づる悩みよ! しかしクソッどうしてだ! 俺はふたたび机の上にある石を手に取った。




 それはこういった経緯からである。


「とりあえず基本は念じることです」

 シノブは廊下に机を運びそこで講義を始めた。なんでここで? と俺は思ったもののそこには触れなかった。理由がちゃんとあるのだろうなと自らを納得させながら。


「とりあえずこの試しの石でやっていきましょう。アカイはこの石を魔力や術によってどうしたいです?」

 奇妙な問いが来たがすぐにそのことを理解し感動する。こういうのは本当にあるんだな。


「砕きたいね。つまりそのことをイメージしながら石を握り続ければいいんだな?」

 答えるとシノブは狐に抓まれたかのような表情となった。これで合っているのだな、と俺も徐々にシノブの表情の意味が先んじて分かるようになってきていた。


「そうです、知っているのですか? へっ知らない? ほぉ、まぁいいや。その通りであってそれが究極です。溶かすもの熱くさせるのもそうであり、力を使わずに想像力または精神力で以って。あるいは力を借りるのです」


「大気中に散らばる魔力やらというものからかな?」

 またシノブは驚いた顔をしている。気持ちが良い。ゲームや漫画アニメのおかげとはいえまるで俺は天才みたいじゃないか。そうだこうやって若い女を驚かして感心させることは珍しいしそのうえ快感であった。驚かして喜ばせたい。そうだおっさんが手品にハマるのもそういった心理が働いているのかも。女の子の驚いた顔は可愛いしシノブならもっと可愛い。


「よくそこを理解していますね。勉強しているようで結構。本当は触媒や魔石があればいいのですが、そうはいきません。ではアカイ、どうぞ。あなたの内に魔力の片鱗があれば石はそのイメージ通りに変化しますから」

 よし! と俺は気合を入れ石を握り念じ祈りそして信じた。俺はできるのだ、と。奇跡によって異世界転生した男だ。救世主なんだ。これぐらい出来て当然であり、できなきゃなんのためにこの世界に……あれ?




 結論はお察しの通りである


 できなかった! と記憶と意識が乱れている俺はまた石を握り哀願した。なんでなんだよぉ……と。お前は動かなくなったパソコンか! 役所の手続きか! 俺の時だけ機能しなくなりやがって! いつだってそうだ! 俺の時ばかりいつもいつもそうやって恥をかかせにきやがって! だからああいう操作は嫌いなんだ! いくらあなたのせいではありませんと言われたって俺は罪悪感を覚えてしまうんだよ! もしかして俺の身体から変な電波が漏れて電子機器の不具合を発生させているのかもしれないしさぁ。そしてシノブの判断は早かった。握って数分以内にそう言ったため俺は狼狽した。

「待ってくれ! それは早すぎるのでは」




 アカイの反応に対してシノブは首を振った。

「普通の人間の大半は魔力の片鱗すらありません。あるのならば石はすぐに反応しある意味で叫ぶでしょう。ですがアカイのは何も反応しませんでした、ここまでです」


「そっそんな、でも、でも」

「別にそこまで動揺しなくてもいいんですよアカイ。大半の人間はこれなのだから。あったら大変なことです。すぐさま法王様側から呼ばれて今後は一員として何らかの地位を与えられるのです。研究者や護衛もそれです。我が国の王家はこの魔力の量が桁外れにある一族でして、その力で以って長年この世界に平和をもたらしているということです。よって魔力のあるなしかはすぐに分かるというもの。あなたは悪くはありません。それが普通なのですよ」


「ちがう……」

「いえ、違いませんって。出来ないのは仕方がないので違う何かを」

「そういうことじゃなくて、俺は、普通じゃないんだ」

 だからそんなのは知っていますあなたが普通なら世界はおしまいだしとシノブは反射的に答えそうになったがやめた。アカイの声の調子からしてそういった返しは躊躇われた。黙って待っているとアカイは石を額に近づけている。その覆われた目元を見たシノブはたじろぐ。泣いている? アカイはいま泣いているのだと。どうして、とシノブはますます不可解な気持ちとなった。この人ちょっと自意識過剰過ぎない?


 魔法や術が使えるのはほんの一握りというか一つまみの人間のみ。奇跡の力なのであって、天から授けられたもの。それがなくても大半の人々は暮らし生きている。シノブ自身もその奇跡の力を有してはいるもののないものに対しては全く軽侮の念は起こらない。自分は天から御力を戴きお借りしているのだ。まぁ人よりそれが多めにだけど、とそこだけは多少自惚れが発生しているものの。


 石は反応しない。するはずがない、だがやめろとはシノブは言えない。何も言うことはできない。その涙に触れてはならない気もする。彼は言っていた。君の力になりたいと。うさん臭くて気味の悪い言葉だと聞いた瞬間に思ったものの、今この涙を見た時にシノブは思う。あの言葉は本気なんだろう、と。そしてそれは自分の力になれないことに対する悔しさもあるのではないのかとも想像するも、シノブは迷惑さを覚えた。そこまでしなくていいのに……私はあなたの恋人にも嫁にも妻にも妹や娘にならない存在なのですから、その想いは大きすぎて重い、重すぎるよアカイ。他の女に対してやってください。まぁ世のなか広いし喜んでくれる女の人とか絶対にいますからね。私以外にどうかやって。


「とりあえずアカイ。そのまま部屋に戻って念じ続ければいいと思います。もしかしたら反応があるかもしれませんし。もう夜は遅いので私は部屋に戻ります。また明日に、おやすみなさい」

 小声で返事が来たがシノブは敢えて知らぬ顔をしながら片付け部屋へと戻った。今晩は眠り薬は必要ないな、とも思いつつ部屋の鍵を二重にかけた。

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