後編
悔しさばかり綴りそうですもの、別のお話に変えますわね。
わたくしは家族に打ち明けた時から、ひとつ、考えて調べていた事がありますの。
『わたくしのように世界を渡った人間がいるのではないかしら?』という事ですわ。
そう思ったきっかけが、この国ではなく少し離れた島国にある『さらわれ姫の伝説』を聞いた時ですの。
伝説、としてありますがこちら実話ですわ。あまりに悲しいお話で実話として受け入れ難く、伝説としてありますの。
このお話、じつはわたくしの前世の世界で絵本になっておりますのよ。ええ、本当ですの。
他にも、そうそう前世で生きていた世界に『嫌われ末姫、最後の一日』という18世紀に書かれた物語がありましたけれど、この世界に来て歴史を学んだ瞬間あの小説の国はここだと確信したんですの。
この『嫌われ末姫、最後の一日』の末姫様は、この世界のクーデターののちに滅亡した国、つまり今の我が国の前王国の末のお姫様。お名前もミドルネームまで完全に一致しましたわ。
王太子妃教育で王宮に上がって、婚約者だから閲覧出来るという書物を読んで、確信も一層強くなりましたの。
小説の中では詳細に書かれていた末姫様の生活が、こちらでは婚約者になるまで閲覧出来ない書籍の中にありましたから、わたくしがそう考えてもおかしくはございませんでしょう?
婚姻した暁には閲覧可能な書物が増えるだろうから、その時にまた答え合わせをしようと思っていただけに、そこは本当に残念ですわね。
ノアを言いくるめて……お言葉が悪いですわね。ノアに協力をしてもらって、なんとかしてみようかしらと思っていますわ。
あとは『呪われ愛し子と無邪気な勇者』という絵本。こちらもこの世界であった事を可愛らしく改変して絵本にしたものでしたわね。
ともかく、ですからねわたくし、『この世界から別の世界に記憶を持ったまま転生した人間』や、わたくしのように『別の世界の記憶を持ったままこの世界に転生した人間』がいると結論づけましたの。
時間軸が多少崩れるのは、こんな不思議な事が起きるんですもの、当たり前だと思って終わりにしていますわ。
転生なんてあるんですもの、パラレルワールドや逆行があっても、わたくし「そんなの非現実的だわ!」なんて思いませんわよ。
わたくしが前世の記憶を持っているんですもの。神のみぞ知る、という現象が起きてもおかしくなんてありませんでしょう?
前世で遊んだ乙女ゲーム『あなたと優しい精霊に愛されて』
──────しかしその大元になったのは、この世界か、パラレルワールドか分かりませんけれど、この国でわたくしたちを見て知って、もしかしたら身近にいた誰かが、体験や見聞きしたものを元として前世のあの世界で思い出を残すようにゲームとして作り上げたものではないか。
ところどころ、『ゲームなのに?』と思うほどしっかり貴族の事や王宮での生活が描かれていたのは、それがあるからではないかと、この考えに至ってから思うようになったのでございます。
非現実的でございましょう?でも、この世界にはまるで前世の知識がある方が生み出したのではないかと思うものが、当たり前のようにありますのよ。
それに、偉大なる魔道士と言われた『クルド』様の日記に面白い記述が残っておりましたの。
『賢者様だからこそ知り得た古代の文字』で書かれた、という誰も読めない曰く付きの日記でございますけれど、わたくしには読めましてよ。だって前世で慣れ親しんだものですもの。
──────面白いくらいに魔法を操れるのはなぜかと聞かれてしまうが、答えるには難しい。いちから創作の世界を作り上げる想像力と技術が生み出した素晴らしいCG。それを思い出し想像し魔法を繰り出す。魔法はつまり想像力も要の一つ。しかし、こんな事をどうやって伝えようか。やはりわたしは、教師にはなれないのだ。
晩年に書かれたこれを読んで「きっとクルド様は、ファンタジー映画がお好きだったんだわ。もしかしたらファンタジーゲームかもしれませんわね」なんて想像いたしましたわね。
ああ、そういえば、クルド様が青年時代に書かれた日記にこんな記述もありましてよ。
──────マジやばい。まさか俺があの『カゼランドの砦』を攻略する事になるなんて。こんな事ならもっとゆるくいこうぜって言っておくべきだったんじゃね?現実はもっとだろって言ったやつ、これ知ってて言ったの?現実はマジでヤバいよ、これ。っていうか、あいつ、これ知ってたの?
なんだか不思議でございましょう?当時『カゼランドの砦』は難攻不落の砦でございまして、トラップも多く、この砦を守っている人間でさえ命を落とすと言われている危険な場所ですの。
それを完全攻略したのがこのクルド様でございます。なにやらクルド様と『カゼランドの砦』には前世で繋がりが深いございましたのね。
まあ色々ございましたけれど、わたくしは少しの後悔を持ちながらも今、幸せですわ。
だって愛しいマリアンヌがわたくしの婚約者でございますもの。
わたくしが夫となる立場ですから、マリアンヌには紳士的に迫ってますの。
夜会に出る時はエスコートはもちろん、わたくしのマリアンヌだと知らしめるようにわたくし色のドレスに装飾品を身に付けてもらえるなんて幸せで、初めての時は思わず泣きそうになってしまいましたわ。
ダンスだって出来ますのよ。もちろん男性のパートはわたくしが。
目に入れても痛くない可愛がり方をしておりますから、わたくしとマリアンヌの事はちゃんと周知されていきましたわ。
5つも年上のしかも王太子の婚約者として優秀だったわたくしですもの。マリアンヌの事はそこらへんの男性よりも守れると自負しておりますけれど、危険な目はあらかじめ摘む事も忘れておりません。しっかり摘んでまいりますわよ。
時折手をとって甲にキスをしたり、頬にキスを落としたりしますけれど、マリアンヌはその度に噴火するのではないかと思うほどに真っ赤になって狼狽えますの。
あまりに可愛くてわたくし、内心身悶えておりますわ。
思わず「マリーとわたくしの子は、どちらに似ているかしら?」と言ってしまったら「アンジー様!!」と言って逃げられてしまいましたけれど、だってマリアンヌが可愛いんですもの。想像するくらい許されますでしょう?それが少し、漏れてしまっただけですわ。わたくしもまだまだですわね。
わたくしのお父様なんて『マリアンヌ嬢……』とマリーを憐れんだ顔をするんですけれど、失礼ではありませんこと?わたくしのまっすぐな愛情ですのに、本当に──────
「え?シシリー?……え?マリーがきたの?まあ!」
「お嬢様、その、喋る声がきこえておりましたが……」
「いつかのためにと思って、今日までの事をしたためていたの。時々思い出すために口に出していたから……やだわ、恥ずかしい、外まで聞こえていたのかしら?」
「ご安心くださいませ、何を話しているかまでは聞こえませんでしたよ。ですがお嬢様!もうすっかり淑女でいらっしゃるんですから、『独り言かな?』と思うような声で話されてはなりませんよ!」
「ええ、そうね。もう、恥ずかしいから誰にも言わないでね。そう、それよりもシシリー、マリーはいつものガゼボに案内しておいてちょうだいね。わたくし、すぐにむかうわ」
…………シシリーがいなくなったけれど、マリーがきたのでここでおわりにしておきますわ。
これを聞いているという事は、きっとあなたがこの魔道具に触れた“わたくしとマリーの血を引いている人間”であり、触れた時に現れた日本語の『販売されているものにはだいたい、たれとからしがついている、発酵した豆はなに?』に正しく日本語で回答していたという事でしょうね。
でもこの埃をかぶっていた魔道具が本当に音声を保存したままでいてくれるか不安ですから、これと共に封筒の中身もご覧なさいね。
今までの事、そしてわたくしの知る全てのシナリオを書いてありますわ。
もっとも、全員がエンディングを迎えてしまった今となっては役に立たないとは思うけれど……ヒロインさんの言う次回作にも触れておりますの。万が一の時は熟読なさいませ。
さて、わたくしと同じく前世日本人のあなたが何を思っているか、何を心配しているか、それは分かりませんけれど、わたくし一つだけ言える事がございます。
運命なんて言葉にも、前世にも、惑わされてはいけませんわ。
それは良くありませんの。
運命なんて必要はありません。
だってこの世界は生きているのよ?現実に生きている世界ですのよ?
そしてあなたの運命は、他の何でもないあなたによって作っていくものですわ。
運命なんて要らない、そのくらいの気持ちで、この世界をまっすぐ見つめて楽しんで生きてくださいませ。
わたくし、わたくしの孫か玄孫か、それとももっと先かは分かりませんけれど、わたくしと愛しのマリーの血を引く人が、あのヒロインのようにはなってほしくありませんもの。
もう一度言いますわね。
この世界は現実ですの。全て現実、本当に生きているんですのよ。
あなたもそう、生きているのです。
あなたの言動はあなたの未来を左右するものですの。決してリセットなんて出来ませんのよ。
ちゃんとあなたの足で、あなたの目で、あなたの人生を生きてくださいませ。
そしてあなたにとっての運命を見つけて掴んでくださいます事を、心より願っております。
わたくしは今、とても幸せですわ。
カールトン公爵家
アンジェリカ・カールトン
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