第11話
国王も王妃も、キースが卒業式の日までに考えを改めれば多少契約で縛り付けたとしても一代限りとした伯爵位を渡し、“適当”な領地でそこまで好きになった男爵令嬢と穏やかに暮らせるようにはしてやろう、とそのくらいの気持ちでいた。
アンジェリカから報告を受け、アンジェリカの「国王陛下と王妃殿下という職業でつながるパートナーであれるのなら婚姻しても構わない」と聞いていても、二人はキースとアンジェリカとの婚約は白紙にし、アーロンを王太子にという方向へ舵を切ったのだ。
それでも、もちろんアンジェリカにはそれ相応の慰謝料を払い、希望があればそれを叶えるつもりでいたし、先の通りキースは適当な領地へ送るという形だった。
けれども全て悪い方へ振り切ったキースに、どうしてあんな子になってしまったのかと二人揃って今も──────いや、きっと一生苦しむだろう。
性格、考え方、言動。目に余る時は必ず注意し、何かあれば時間を作って話し合っていたはずなのに、どういうわけかキースはああなってしまった。
アンジェリカは「それも運命なんだと思います。生まれた星の下、決まっていた何かなんでございましょう」とキースの年々悪化する行動について言っていたというが、国王も王妃も、そうであった方がよっぽど納得するほどのキースの“成長っぷり”。
二人がキースに苦言を呈し改善させようとしていた姿は、王宮にいる人間はよく知っていた。
だからこそ誰もが「生まれた星の下、決まっていた何か」というアンジェリカの言葉を知ると納得出来るのだろう。
しかし二人は父であり母である。
「生まれた星の下、決まっていた何か」で片付けるには難しい感情をいくつも抱えている。
今のアーロンはそんな二人のその苦しみを少しでも軽く、和らげたい、と寄り添って過ごしている。
そしてそのアーロンは、いつか「どうしてキースは」と後悔する気持ちが残っても、前を向いて今までのように“楽しい時間を送る事に罪悪感が生まれる事がない人生”を両親に送ってほしいと願っていた。
毎日王宮で勉強、というわけではないノアにはちゃんと“休日”がある。
この日は客が来ると言われノアも正装し客を待っていた。
マリアンヌもお気に入りのドレスを着て、ノアと一緒に待っている。
到着の時間までノアはマリアンヌに勉強を教えていた。
ノアがアーロンの婚約者になった事で、この家を継ぐのはマリアンヌとなっている。
小さい頃から少しずつ、家や領地を守り発展させていくための公爵家当主となる勉強をしているマリアンヌ。
分家から養子をもらってはどうか、などという人間もいるのだがマリアンヌはそれらを全て、父ランベールや母シャルロットに頼み断ってもらっていた。
──────自分がこの家を守りたいのだから、自分が継ぎたい。誰にも譲らない。ここは、ミューバリ公爵家はヴィヨン家が守ってきた場所なの。
そう言った幼いながらに強く輝く目を見たランベールとシャルロットは、マリアンヌのために時には心を鬼にしてマリアンヌが当主にふさわしくなるよう協力をしている。
時にはそれが厳しすぎるけれど、マリアンヌは決して負けなかった。
その厳しさが自分のためで、自分への愛情である事を。父親だって本当は葛藤しながら必要以上に厳しい言葉も投げかけてしまうのを、マリアンヌはちゃんと気がついたから、彼女は根を上げないのだ。
ノアはそのマリアンヌのために、自分が分かる事は教えるし、困っていれば助ける。そして甘やかしてほしい遊んでほしい、そういうサインを見つけたら目一杯そうしてあげようと思いそう行動している。
「お兄様、どなたがくるんでしょう?」
「うーん……誰に聞いても知らないっていうし、知っているだろう人は言えないっていうし、誰だろうねえ」
本から顔を上げたノアとノートから顔を上げたマリアンヌが、仲良く揃って首を傾げる。
「厨房のジェフが領地自慢のリンゴの皮をたくさん剥いていたの」
「うん?」
「きっと今日、リンゴのパイを作るんだわ!」
「うん」
「お客さまにお出しするのなら、きっと素敵な人よ、お兄様」
「そうだねえ。うちの領地のリンゴをふんだんに使ったあのパイは、お父様とお母様の大切なお客さまが来る時にだすものだもんね」
「でしょ!」
だからいい人が来るんだわ。とくったくなく笑うマリアンヌに「そうだといいね」とノアも笑い、それからしばらく経ってようやく二人はこの屋敷で“大切な人”を招く時に使用する応接室へ案内された。
マリアンヌは誰だろうとワクワクしていて、メイドに「お嬢様、落ち着いてくださいませ」なんて言われている。
案内される部屋を思えば大丈夫だと思うが、マリアンヌががっかりしないといいなあとノアは執事が開けた応接室のドアの向こうを見て瞬いた。
マリアンヌは驚いて固まっている。
「ごきげんよう、ノアにマリー」
誰よりも先に立ち上がり挨拶をしたのは、先だって婚約を白紙にされたアンジェリカであった。
全員が着席したところでランベールが言う。
「さて、今日は最終的な確認としてカールトン公爵とアンジェリカ嬢、そして私たちでこの場を設けたんだ」
「最終的な確認ですか?」
ノアの声にランベールは頷く。
マリアンヌは憧れのアンジェリカが来たというだけで、まんまるの目を輝かせていて話は聞いていそうにもない。
「カールトン公爵家と、我がミューバリ公爵家で何か契約を交わすのですか?」
「そうよ」
今度答えたのはシャルロットである。
「一体何の?私たちも同席する必要があるような、何か大きな契約なんですか?」
一応公の場という事でノアも『私』を使う。自然に切り替えるようになった姿をアンジェリカが嬉しそうな顔で見ていた。
「それは私の方から伝えさせていただきたい」
カールトン公爵はそういうと一つ息を吐いて
「娘、アンジェリカとミューバリ公爵家のマリアンヌ嬢との婚約を交わしていただきたいと思っております」
「えッ!?」
ノアの裏返った声が上がり、キラキラした目でアンジェリカを見ていたマリアンヌの目はこぼれそうなほど大きく見開いた。
「わたくしがこちらに『婿入り』……女ですから『嫁入り』でもいいのかしら?でもわたくしが夫役ですもの、婿入りかしら?」
「わッ、わたしのお婿さんに!?アンジェリカ様がッ!?わたしのだ、だん、だんにゃっ、にゃ、さま!?」
「マリー、おちゅ、お、おつ、おちつゅいて」
「ノアもマリーも落ち着いて。二人とも、深呼吸よ」
シャルロットに促され、二人は何度も深呼吸し二人でアンジェリカをジッと見つめた。
アンジェリカはその二人の様子に小さく笑って
「わたくし、もし願いが叶うなら、ずっとずっと、マリアンヌと婚姻したかったの。あなたを奥様にしたかったのよ。でもわたくしはキース殿下の婚約者。あなたを妹のように可愛がる事が出来るだけで幸せだわと言い聞かせて、諦めていたの。でもね、婚約が白紙になったら、その時あなたも婚約者がいなかったら。王妃教育もしていたわたくしなら、マリアンヌが守りたいミューバリ公爵家を守るお婿さんになる条件を満たせるのではないかしらと思って、白紙になるだろうとなってからずっとお父様とミューバリ公爵ご夫妻にお願いをしていたのよ」
マリアンヌを見つめていうアンジェリカに、マリアンヌはのぼせて倒れるんじゃないかというほど顔を真っ赤にしている。
それを隣で見ていたノアだって
(こんな顔で言われたら、真っ赤になるよ!アンジーお姉様、手加減!)
と当てられて顔が赤い。
ノアが今まで向けられていたのは確かに『可愛い弟』への視線だった。
優しい視線も厳しい視線も、温かいものも甘いものも。
可愛い弟へ向けるもので、深い家族愛だった。
これまでアンジェリカがマリアンヌに向けていたのもそうだったとノアは記憶している。
けれどもう邪魔がなくなったアンジェリカが今マリアンヌに向けているのは、身を焦がしている人が愛しい人に向ける恋情の目だ。
この人を手に入れたい、自分のものにしたい。
そういう強く固い気持ちがこもった、心を撃ち抜こうとしている強いものだ。
憧れている人にこんな目を向けられれば、13歳、たまったものではないだろう。
元にマリアンヌは「は、はう」とか「あわわわ」とか、受けている淑女教育なんて遠くの彼方に逃げ出している状態だ。目視で確認出来るのであれば、裸足で、音速で淑女教育というものが逃げ出している姿が見えたはず。
この状況にランベールもシャルロットも、そしてアンジェリカの父親だって、マリアンヌをどこか哀れみの目で見ていた。
だってアンジェリカを見れば判る。
絶対に逃す気はないのだと。
アンジェリカは本当はこういう人だ。
キースの婚約者という枷がなくなれば、もしかしたらマリアンヌに婚約者がいても上手に自分が婚約者になったかもしれない。
彼女は見縊ってはならない女性なのだから。
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