第7話
「アンジェリカ!カールトン公爵令嬢アンジェリカ・カールトンはどこだ!!出てこい!!」
目を吊り上げ叫ぶ姿は王族として品性を疑うものだ。
ノアはあんなところにいくらキースが呼んでいても、アンジェリカを連れて行く機にはなれないのだが、当の本人が「さあ、行きますわよ」とノリノリな様子だから諦めてエスコートする。
ノアの背中に刺さる視線は「アンジェリカ様を守ってくださいませ!」と伝えてきた。
中央に陣取る彼らはアンジェリカに危害を加えそうな雰囲気だ。いくら王太子が相手とは言え、ノアは突き刺す視線の持ち主に心の中で「必ず守りますとも」と鼻息荒く答えた。
中央の彼らに対する形でアンジェリカをエスコートすると、キースの顔が歪む。
キースにもとより好かれていないノアは、それを気にする事はない。今更だからだ。
「ごきげんよう、キース殿下」
「何が『ごきげんよう』だ。この悪女め」
「まあ。一体何をどうして、このわたくしを悪女と罵りますの?」
アンジェリカはスッと、扇子を広げ小馬鹿にした笑顔を作る口元を隠す。
「お前が俺の愛しいカレンに、口にするのも悍ましい数々の嫌がらせをした事、全て把握している!」
鼻息荒く言うキースにアンジェリカの表情は変わらない。
確かに、“淑女の武器”として表情を変える時も変えない時があるが、この時のアンジェリカはそうした理由ではなく完全に呆れ返って表情を作る事も出来なかったのである。
「殿下の愛しいカレンさんでしたか?いやですわ。わたくし、その方と関わり合いになりたくないので、自ら関わり合うような事はいたしませんの」
「何を!!卒業間際までいじめ抜いておいて!!!」
「まあ殿下、わたくしがつい最近までいじめていたとおっしゃるの?」
扇子の下でアンジェリカの口がクッと弧を描いた。
「そうだ。お前は取り巻きたちをも使い、これほどの事をしたのだ。公爵令嬢という地位を傘にして、貴様がした数々の悪行許し難い」
キースは後ろに控えていた取り巻きの一人から分厚い紙の束を受け取ると、それを床にバンッと叩きつけた。
「いやですわ。わたくしに取り巻き?わたくしに友人はいても取り巻きはいなくてよ、殿下」
「認めない気か!!」
唾を飛ばし怒鳴りまくるキースの後ろに控える取り巻きたちも、その尻馬に乗り騒ぎ立てる。
アンジェリカよりも身分の低い家の子息が口汚く罵る様に、ノアの目に怒りが灯った。
瞬間、ノアの腕をアンジェリカが一瞬だけ、強く握る。
「ええ、認めませんわ」
それはノアの肩の力を取るには十分の言葉だった。
この発言は言葉通りの意味を持つがそれ以上に、ノアに落ち着くようにと促す色を持つ声である事をノアが気がつけたから。
ハッとしてアンジェリカを見て、別の場所からの視線に気がつきそちらを見るとエルランドがホッとした顔をして見ているのが判る。
(危ない。爆発するところだった……)
自身の祝福を与えた者を大切に思い愛する精霊たちは、祝福を受けた者の感情に大きく左右される。
左右されると言っても、実害はない。ただ怒りを持って膨らんだ魔力に当てられた人間が最悪失禁するくらいだ。
しかし激怒すれば別。
ノアをそこまで怒らせた、激怒させたような相手に、ノアを愛する精霊たちは容赦しないだろう。
精霊は祝福を与えた相手を大切にする。愛したから祝福を与えるのだから、それは当然だ。
しかしだからこそ、祝福を得た人間は誰しも、自分の感情で精霊が暴走するかもしれないという事を理解し、それに気をつけなければならない。
これは祝福を受けた全ての人間が、必ず習い行動すべき事である。
ポジティブな感情であれば花が舞うとか、周りが光り輝くとか、見て楽しめるものだからいくらでも暴走してくれと言うところだろうが、ネガティブな感情は問題となってしまう。
ノアの場合は祝福を与えた精霊が多すぎて、何が起こるか見当もつかない。
だから多くの祝福を受けたノアは他の人よりも一層、なるべくネガティブな感情だけに支配されないように気をつけて生きてきた。
それが一瞬剥がれたのが、今の瞬間。
精霊が見えるエルランドはそれも見えていたのだろう。だからあんな安堵の表情を浮かべていたのだ。
ノアの周りの精霊が落ち着くのに反比例し、アンジェリカへの暴言は続いている。
いくらノアが爆発しないようにしようとしても、聞き流せるものではない。
アンジェリカを庇い前に出ようとしたが、アンジェリカはそれを拒絶し、一歩前に出て扇子をたたみこう言った。
「先ほどから聞いて入れば、ずいぶんと子供のような嫌がらせですのね。わたくし、殿下の後ろに控える誰よりも“しっかりした”家の生まれですの。お分かりでしょう、カールトン公爵家ですのよ?うちに真正面から対抗して引き分けに収められるのがどこかお分かり?ミューバリ公爵家だけですわ、つまり」
「謝ってくだされば良いんです!!」
「あら、カレンさん。男爵家の養子でしかないあなたに、わたくしの発言を遮る権利があるとでも?」
「そうやって身分を傘に!!この学園は平等を謳っているんですよ!!」
カレンと呼ばれたリスを連想させるような、小柄でまあるい目の少女が声を荒げた。
男爵家の養子になってこの学園に入ったのなら、最低限のマナーを理解しているだろうにこの状態は一体とノアは顔には出さなかったが呆然となる。
ここで学ぶにあたって議論する際、同じ教室で勉強するにあたって自分自身を高めるために、広い視野をもち互いに教え合えるように、平等であれと言っているのだ。
平等であれと言っていても、最低限のマナーを理解しそれを行動で示さなければ、卒業後の自分の人生に影を落とす。
(このカレンさん?よりクラスメイトの平民のトモダチの方がよっぽどマナーを知ってるって、どうなんだろう……これがあれなのかな。平民の友達が使ってた『やばくね?』ってやつなのかな)
ノアの思考が飛んでいても、カレンは捲し立てていた。
「とにかく、謝ってください!それだけでいいんですから!!」
「そうだ、謝れば罪を軽くしてやってもいい。アンジェリカ!」
鼻息荒く言い募る二人に、アンジェリカはもう扇子で顔を隠すのはやめたようだ。
完全に無の表情である。スッと畳んだ扇子で床に叩きつけられた紙の束を示すと
「わたくしが仮に殿下を慕い、もしくは仮に王妃の座にしがみついているとして、そんなわたくしが、そこで示されたような些々ないじめをするとでも?わたくしがこの座にしがみついているのなら、とうにあなたもあなたのおうちもなくなっていてよ?殿下の後ろで控えているあなたたちにバレるようないじわるをするとでも?わたくしを見縊らないでいただきたいわ」
「きッきさま!!」
「ねえ、殿下。わたくし、昔からずっと気になっていたの」
アンジェリカの口元がゆるりと上がる。
「どうしてわたくしが、殿下をお慕いしていると思ってらっしゃるの?出会った頃は殿下と家族愛は持てるような間柄になろうと努力はいたしました。でも年々殿下はわたくしを避けて怒り怒鳴り散らして仕事を全て押し付けるだけでいらっしゃる。わたくしね、もうとうに殿下に対しての情なんでひとかけらももっておりませんの。それでも婚約者でありますから、婚約者としてのお勤めだけはしておりましたけど……ご存じ、ありませんでしたのね」
それはもう華麗に微笑んだ。
「正直、そんな殿下とお子をなすだなんて苦痛でございましょう?わたくし何度も殿下にお伝え致しましたわ。婚約を解消なさらないのであれば、このままであるのなら、カレンさんに愛妾にでもなっていただいたら?と」
「誰がカレンを愛妾になんぞするか!!いいか、俺が昔からお前が嫌いで嫌いでたまらないんだ!生意気で、俺を立てる事も知らない!」
「あらまあ」
「いいか!貴様はここにある通りの罪で──────もう、減刑なぞしてやらん!貴様はこのまま、今すぐに国外追放だ!婚約は当然破棄し、俺は、カレンと婚姻をする!」
「まあ、婚約を飛ばして婚姻なさるの?」
「今すぐに出ていけ!!」
言ったとたん、キースの後ろに控えていた一人がアンジェリカに手を伸ばす。
拘束しようとしているその動きに、アンジェリカよりも先にノアが反応した。
アンジェリカを背中に庇い伸びてきた腕を掴むと、ノアのやろうとした事を後押しした精霊が勝手に相手に電流を流す。
ノアもこれには驚いたがそれをおくびにも出さず、さも、投げ飛ばして気絶させようとしました、と言った顔で彼を床に叩きつけた。
まさか華奢なノアに騎士科の取り巻きが投げ飛ばされるとは思わなかったのだろう、会場がシンと静まり返る。
ノアからすれば「ぼくだって男だし」と言いたいだろうが残念、精霊に助けてもらい彼を軽々投げ飛ばしたにすぎない。殆ど精霊の手柄である。
「キース殿下、あなたにレディ アンジェリカを裁く権限はありません。レディ アンジェリカを裁くのであれば証拠と証人を揃え、正々堂々となさるべきです」
真っ直ぐに意見したノアにキースが激昂した。
「男のくせに、貴様のようなやつがッ」
手のひらに持ちうるすべての魔力をためたキースを見て、アンジェリカは焦り周囲への被害を最小限にしようと自身に加護と祝福をくれた精霊の力を借りようとするが、それよりも先にキースの手のひらで溜まっていた魔力が弾けた。
そしてそれと同時に、キースの体から天へ登って行くようにキラキラと白い光が立ち昇っていく。
最後の一粒の光はキースの体から離れるとノアの周りを一周回り、そしてフワリと消える。
この現象を正しく理解しているのはこの場に四人。
キース、アンジェリカ、そしてノアとエルランドだ。
王家の人間と婚約者は、この現象について神殿から派遣される精霊学の専門家から授業を受けて知る。
エルランドは自身が持つ目で理解をした。
「あらまあ、殿下。ついに見放されてしまいましたのね。悪き事をなさろうとしていると自身に返ってきますとあれほど忠告しましたのに。ふふ、これではどちらが悪役か、わかりませんわね」
そう言って微笑むアンジェリカに、キースはがっくりと膝をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます