第18話 自己紹介と揉め事がやっぱり起きた起きた

 僕らは一晩寮で休むと本日から講義を始める。その前に、湯浴びをして身支度を整えると食事を取るため、リトを連れて食堂へと向かった。すでにそこにはソルが暖かいお茶を飲んでいた。

 

「おはようございますアルケー。それにリト様」

「おはようソル」

「おはよう」

 

 ソルは動きやすそうな服装。貴族の娘だけど、煌びやかな物じゃなくて、しっかりカンタービレの仕事としてここにきたんだな。食堂の朝食は自分で取りに行く仕様らしいので「僕らも食事を取ってきますね」とお茶にフルーツだけを食べているソルに一言かけて、パン、スープ。肉料理、卵料理。野菜そしてお茶。一通りプレートに乗せて戻ってくる。遅れて戻ってきたリトのプレートにはこれでもかという程のパン、そしてお皿からはみ出る量の肉と卵料理、野菜もスープも山盛りにして持ってきた。飲み物は当然ミルク。

 

「リト様……それ一人で食べるんですか?」

「うん。ソルも欲しいの? 向こうに一杯あった」

 

 もしゃもしゃとリトはパンに齧り付く。ズズ、バクバクとそれらを一心不乱に食べ始める。そんなリトの食事風景に呆気に取られながらもソルは勝手に勘違いする。

 

「特級魔道具をこんなに使うとお腹が減るんですね。リト様、スタイルもいいし、髪の艶だってどうやって手入れすればそうなるんですか?」

 

 リトの漆黒の髪は確かに艶々している。逆に緋色の瞳はいつも暗い光を宿している。痩せ型のリト。あれだけの動きをするから代謝もすごいんだろうけど、見ているだけでお腹が一杯になる。

 リトが食事を終えるのを待って僕とソルはカンタービレ志望の生徒達の待つ教室へと向かった。  

 ソルと僕は小さな教室、カンタービレ志望者がいない時は魔術師課の座学や魔法薬実験なんかに使われている教室らしいそこに入る。

 教室の中には五人の生徒の姿、男の子が二人に女の子が三人。「えっ、サリエラ様じゃないの……」なんて声が聞こえてくる。そりゃカンタービレの頂点だ。サリエラ先輩の講義を受けたくてこの学園を志望した人もいるだろう。

 そんな生徒達にソルが笑顔で挨拶。

 

「皆さん初めまして! 私はソル・フレイヤです。ここの皆さんとそんなに年齢は変わらない17歳です。私もこちらのアルケー先生も受験可能年齢で一発合格してます。それにアルケー先生は、あなた達の尊敬するサリエラ・カルヴァヤン様の一番弟子で、私と同い歳でゴールドランクの保有者です。それも彼は平民の出です。私がサエリラ様と同じくらい尊敬するカンタービレですよ」

 

 と僕の紹介を大袈裟にしてくれた。

 その瞬間、生徒達はみんな立ち上がり拍手で僕を迎えてくれた。「嘘だろ! 平民出ってカンタービレになれるの?」「でもゴールドランクだよ。二十人くらいしかいないって聞いた事があるし」「……頭が良ければなれるもん」「ソル先生綺麗、アルケー先生も可愛い!」「……いいから授業受けたいんだけど」とそれぞれの感想を持っているみたいだけど、平民出の僕でも受け入れてくれているらしいので僕も挨拶をする事にした。

 

「ソル先生にご紹介頂きました。アルケー・ダニエルです。三ヶ月という短い期間ですが生徒の皆さんに教えてあげれる事は惜しみなく頑張ります。よろしくお願いします。何か質問があればどうぞ」

 

 するとショートカットの女の子が手を挙げる。僕は出席簿を見て、彼女の名前を呼ぶ。「ユラ・シュリンプさん、どうぞ」「ユラ・シュリンプ。十四歳です。アルケー先生とソル先生は付き合ってるんですか?」


 マジか……こんな質問予想だにしてないぞ。ソルを見ると赤くなって俯いている。そこは苦笑して否定するような態度をとって欲しいんだけど……リトは教室の端で欠伸をしてるし、

 

「あはは、僕とソル先生は受験の時とここに向かう時の2回しか会った事がないからそういう関係じゃないですよ」

「えぇ、じゃあ先生はフリーなんですか? それともあっちの女の子が彼女?」

 

 リトを指差すユラちゃん。それに年長らしい男の子がユラちゃんを注意した。「ユラ、失礼だろ。アルケー先生はゴールドランクのカンタービレだぞ」しっかりした子だなぁ。名前はアーク・スタイナー君。す、凄い! この子、隣国の第三王子だ!

 

「あはは、大丈夫だよアーク君、勉強は真面目に厳しく、それ以外は楽しく皆さんと過ごせたらいいなって僕は思ってます。よろしく。あと、あちらのリト……さんは僕とソル先生のボディーガードだから不用意に近づかないでね。ちなみにリトさんは男の子です」


 えぇー! という驚きの声が響く。

 

 自分達と年齢が変わらないリトが僕らの用心棒だと知った彼らにはこれは逆効果だったかもしれない。興味深そうにリトを見つめている。そんな空気を変えたのはソルだった。

 

「皆さん、私たちの事は大体わかったと思うから次は皆さんの自己紹介をしてくださる?」

 

 僕より遥かに先生向きだなと思いながら、それぞれの自己紹介を僕らは聞いていた。お調子者で恋愛話が大好きなユラちゃん、十四歳。魔術師課に双子の妹がいるらしい。そして貿易の国サテラの第三王子アーク君15歳、ぬいぐるみをまだ手放せない12歳のシェリーちゃん、ご両親がカンタービレなんだ。やんちゃなのにカンタービレ志望なのは魔法の素質がないかららしいトラビス君13歳。そしてさっきからずっと僕の事を見つめている長い髪が特徴のリコちゃん13歳。

 彼らの自己紹介が終わったので僕とソルは彼らの魔道具知識について簡単な小テストを行う事にした。これはソルの提案で年齢が違うので同じ勉強をさせては無駄になる生徒とついていけなくなる生徒がいるという学校なんて場所を知らない僕には理解が追いつかなかった考えだ。

 でも12歳のシェリーちゃんと頭良さそうな15歳のアーク君を同じに考えちゃそりゃダメだよな。本当に簡単な内容から勉強していないと知らない事、そして実際のカンタービレ試験にも出てくるような内容。三段階で評価し上位二人を僕が、下位三人をソルが受け持つという事になった。

 まさかの結果になった……

 満点が三人。アーク君、シェリーちゃん、リコちゃん。60点がユラちゃん、そして……0点がトラビス君……この結果には僕じゃなくてソルが頭を抱えていた。急遽僕が上位三人を受け持つ事になったわけだけど、シェリーちゃん12歳だけど侮っちゃダメだな。ソルはソルで三ヶ月でトラビス君を今回の小テストで七割以上、ユラちゃんは満点取れるようにすると奮起している。

 リトは空いている机に突っ伏して寝ている。飽きたとか暇だからというわけじゃなく、ここが危険な場所じゃないからという事なんだろう。生徒のみんなは呆れた顔でリトを見つめているけど、ソルだけは目を輝かせてリトを見る。

 無駄な体力を使わない為だって分かっているからだろう。

 

「じゃあニチームに分かれて授業を行います。毎月クラス分けのレベルチェックはして、できれば三ヶ月目には全員同じクラスになれるように頑張りたいと思います。じゃあユラとトラビスは私の所に来て」

 

 僕もアーク君、シェリーちゃん、リコちゃんの三人に魔道具取扱における二種理論の授業を開始した。これは助手が持っている資格で、年齢制限はない。この三人なら三ヶ月以内の取得が可能かもしれない。

 僕とソルの授業は生徒達が真面目で良い子ばかりなのですんなり進むかに思えたが……やはりというべきか事件は起きた。

 

「トラビスどうしたのその怪我! 顔も腫れて……」

「騎士科の連中にカンタービレになるやつは魔術師や騎士になれなかった落ちこぼれって言われて……」

 

 いくらやんちゃそうなトラビス君でも戦闘技術を磨いている学生相手には喧嘩で勝てなかったんだろう。薬を取りに行くソルを僕は「待って」と止めて、あのアリエルが残した魔道具、リト曰くテープレコーダー、ホワイト・パンジーを取り出すとトラビス君の怪我に向けてボタンを押した。

 カチ!

 

“オールライトヒーリング“

 

 その回復魔法は周囲の魔素を集めてアリエルの詠唱を持って魔法を発現させる。魔法力のない僕でも容易く魔法を使う事ができる魔道具。

 

「痛くないや! アルケー先生凄い!」

「アルケー、それってまさか……ホワイト・パンジー? お亡くなりになったアリエル様から引き継いだって聞いてたけど本当だったのね。凄い魔道具だわ」

 

 他の生徒達も目を輝かせて驚いている。僕は忘れていた。魔道具は人々の暮らしを楽にする為にあるんだ。ほんの少し僕はカンタービレになれて良かったとこの時思った。

 

「ちょっと私、騎士科に一言言ってくるわ」

「ソルさん、揉め事は……」

 

 僕が制止するのに正論を言う。「自分の教え子を守れないようじゃ私はカンタービレの前に人間失格だから!」きっと……こんな貴族ばかりだと世界はよくなるんだと僕は思う。だけど、臨時講師のそれもブロンズランクのカンタービレの言葉を聞いてくれるとは思わない。この場合、一番役職が高い僕が責任を持って抗議する必要があるんだろう。

 

「ソルさん、気持ちは分かるけど、ここは僕が行ってくるよ。ちゃんと謝罪するように伝えるから抑えて待っててくれる?」

 

 僕と見つめ合い、ソルさんは自分が熱くなっていた事に気づいて冷静に「ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃいました」と反省してくれたので、僕は正直な気持ちをソルさんに伝えた。

 

「僕は平民だから、ソルさんみたいな立派な貴族の方がこれからたくさん増えてほしいと思う。生徒のみんなはソルさんみたいな貴族を目指してほしい。リト、ついてきて」

 

 緋色の瞳でリトはみんなを一瞥し、虚な表情のまま「分かった」と一言、僕の横に並んでくれる。なんだろうこの安心感は……僕はこれよりカンタービレ科代表として正当に騎士科の生徒へ謝罪を要求しに行く。

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